
長年の会社員生活に終止符を打ち、Aさんは自身のコンサルティング会社を設立するという夢を叶えました。退職金と自己資金を元手に、まずは自宅の賃貸マンションの一室を拠点にビジネスを始める計画です。
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事業を始めるには、法人の本店所在地を登記する必要があります。Aさんは、もちろん事務所として利用する自宅マンションの住所を登記するつもりでした。しかし、入居時に交わした賃貸借契約書には、「本物件は住居専用とし、事務所等事業の用に供してはならない」という条項がはっきりと記載されていたのです。
Aさんは少し悩みましたが、「実際にクライアントが出入りするわけではないし、誰にも迷惑はかからないだろう」と判断し、内緒にしたまま、法務局で自宅住所を本店所在地として法人登記を完了させました。
それから数カ月が経ったある日の午後、大家さんからAさんに連絡が入りました。Aさんが利用している信用金庫の担当者が、アポなしでやってきた際に、たまたま大家さんが掃除のために居合わせてしまったことから、登記の件がばれてしまったのです。
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大家さんは「契約書にサインした以上、これは明確な契約違反です」と断言しました。Aさんは、ただひたすら謝罪しましたが、大家さんの怒りは収まりません。Aさんにはどのようなペナルティが科せられるのでしょうか。まこと法律事務所の北村真一さんに聞きました。
登記するだけでも問題になる!
ー事業利用が禁止されている物件で無断で法人登記すると問題となりますか
賃貸借契約書に「住居専用とし、事務所等事業の用に供してはならない」といった条項(用法遵守義務)がある場合、これは貸主と借主の間で交わされた法的な約束事です。この約束を破り貸主に無断で法人登記をおこなうことは、契約で定められた物件の使用目的を守らない「用法遵守義務違反」にあたります。
住居用と事業用では、貸主側の税務処理(家賃収入にかかる消費税の有無など)が異なるほか、不特定の人の出入りによる防犯上・騒音上の懸念などから、契約で明確に区別しているのが一般的です。
ー登記するだけでも問題ですか
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実際にクライアントの出入りや営業活動がなくても、本店所在地として登記した時点で、その物件は公的に会社の拠点として登録されたことになります。国税庁の法人番号公表サイトなどで誰もがその情報を閲覧できるため、対外的に「事業の用に供している」と見なされます。
無断で法人登記するという行為は、契約条項を意図的に無視する行為であり、貸主からすれば「約束を守らない、信頼できない相手」と判断するのに十分な理由となり得ます。即座に契約が解除される可能性は低いものの、契約違反をしているのは事実なので、今後の家賃交渉や契約更新時に不利になるリスクはあるでしょう。
ー貸主から損害賠償を請求される可能性はありますか
無断での法人登記によって貸主が具体的な損害を被った場合、その賠償を請求されることがあります。ただし実際に「登記しただけ」で具体的な損害が発生したことを貸主側が立証するのは、簡単ではありません。損害賠償請求が認められるとしても、その金額は限定的になる可能性もあります。
現実的でもっとも大きなペナルティは「信頼関係の破壊」を理由とする賃貸借契約の解除、すなわち強制的な退去です。とはいえ貸主に指摘され登記をすぐに是正すれば、退去まで求められはしないでしょう。ただし登記を継続していれば、貸主から段階的に警告が重ねられ、場合によっては退去勧告を受ける場合も考えられます。
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住居専用物件での無断の法人登記は、法的に非常にリスクの高い行為だと考えるべきでしょう。
◆北村真一(きたむら・しんいち)弁護士
「きたべん」の愛称で大阪府茨木市で知らない人がいないという声もあがる大人気ローカル弁護士。猫探しからM&Aまで幅広く取り扱う。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)