篠塚和典が語るイチロー 前編
日本人初の快挙となるアメリカ野球殿堂入りを果たし、日米両方の野球殿堂入りを果たした史上初の選手にもなったイチロー氏(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)。そんなイチロー氏が長年使っていたバットは、首位打者に2度輝くなど球史に名を残す安打製造機・篠塚和典氏(元巨人)が使っていたモデルをベースにしていた。
第2回WBCではイチロー氏が選手、篠塚氏がコーチとして共闘。何かと接点のあるイチロー氏のバッティングに対する見解を、篠塚氏が現役時代にバッティングで意識していたことも含めて聞いた。
【イチローと篠塚、バッティングの共通点】
――まずはイチローさんの功績について、ご感想をいただければと思います。
篠塚和典(以下:篠塚) 日米通算4367安打をはじめ、メジャーリーグの年間最多安打記録262本や10年連続200安打以上......この成績を考えれば、アメリカ野球殿堂入りも当然のことじゃないですか。決して恵まれた体格とは言えない体で、長年に渡って大きなケガもせずに試合に出続けましたし、体のケアをしっかりと続けた成果でしょうね。
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――イチローさんが日本でプレーされていた初期の頃は、上げた足を振り子のように大きく動かす"振り子打法"が特徴でした。その打法について、篠塚さんはどう見ていましたか?
篠塚 彼はそれほど体が大きいほうではありませんから、ボールに力を伝えるための手段だったと思います。(左バッターのイチローが)上げた右足を左へ大きく動かしていって、その反動で前に移動する時に体重をボールにぶつけるような感じですよね。ホームランバッターの場合はどっしりと構え、あまり動かずにボールを待って打ちますが、イチローの場合は振り子のような動きをしながら、流れのなかでボールをとらえていくんです。
理にかなっていますし、いろいろな球種に対応するには理想的なバッティングだと思います。動きが止まってしまうと変化球に合わせるのがすごく難しいのですが、動きながらだと合わせやすいんです。
――篠塚さんも現役時代は、動きながら変化球に対応していた印象があります。
篠塚 調子がいい時は、右足を振り子のように動かしてタイミングを取ったりしていましたよ。僕も体が大きいほうではないので、ある程度反動をつけて体重をぶつけていくイメージでした。
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――イチローさんは、どんな体勢でもボールをとらえていた印象です。
篠塚 そうですね。その一方で、きれいな打撃フォームで打ったヒットは思っている以上に少ないと思いますよ。詰まったり、バットの先で打ったり、泳がされてヒットにしたり。そういったバッティングのほうが多かったはずです。
――篠塚さんご自身も、そのようなヒットが多かったですか?
篠塚 やはり、打ち方のバリエーションが多いほうがヒットゾーンが広がりますし、どんな当たりでもヒットになればいいんです。あと、ストライクゾーンを「自分のなかで広げる」ことも重要です。僕はベース板の上を通過するボールだけを打つのではなく、高低でも両サイドでも、ボール1個分くらいずつゾーンを広げて打っていました。
バッティングの練習中に、インサイドやアウトサイドにボール気味に投げてもらったりして練習していましたし、「ワンバウンドになりそうなボールはどういう形で打てばいいのか」といった感覚を磨いていました。彼もそういった練習をしていたと思いますよ。
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【意識していたのは、ヘッドを「遅らせる」こと】
――メジャー移籍後、イチローさんは動きの小さいすり足気味のフォームに変更しました。
篠塚 彼なりに、メジャーのピッチャーと対戦した時に何かを感じ、それで変えていったと思うんです。先ほど、「体を動かしながらのほうが変化球に対応しやすい」と言いましたが、彼の場合はミート力が高いので、それほど動かなくても支障がなかったんでしょうね。当てることに自信があれば、どんな打撃フォームでもいいわけですから。
――ちなみに、篠塚さんがバッティングで一番意識していたことは?
篠塚 一番意識していたのは、ヘッドをいかに遅らせるか、ということです。ヘッドが出るのを遅くしてボールとの距離を取っておけば、どんな体勢でも打っていけるんです。
先ほどお話したように、いつもいい形で打てるわけではありません。泳がされた時にヘッドが前に出てしまっていたら、もう振るしかない。泳がされた時でもヘッドが後ろに残っていれば、そこから調整できるんです。
感覚としては、バットを振り始めて体が正面を向き始めた時に、ヘッドが後ろに残っているのが理想です。「腰を回転し始めた時に、ヘッドが後ろに残っている感覚を常に持つように」「体がすぐに正面を向かないように。体の下だけが回転する感覚で」などと、ミスター(長嶋茂雄氏)にもよく言われました。
――ヘッドが残っていれば、バットを操作しやすくなる?
篠塚 操作しやすくなりますし、「よし、打てるぞ」という気持ちになります。それと、ボールとの距離があるので、それほど力を入れて振らなくても、ヘッドを"落として"当てるだけでボールは飛んでいきます。
――篠塚さんといえば芸術的な流し打ちが印象的ですが、それもヘッドを遅らせることが大事だったのでしょうか?
篠塚 そうですね。ヘッドが前に早く出てしまうとできません。インサイドでも逆方向へ打てるようになれば、ヒットゾーンが広がりますよね。極論、どのコースに来た球も全方向に打てるようにしておくことが理想です。そういうバッティングができれば、エンドランとかチームの戦術を遂行するうえでも役立ちますしね。
【打球を「わざと詰まらせる」時の狙い】
――ちなみに、トップ(スイングを開始させる位置)はどこがよいですか?
篠塚 僕の場合はグリップを後ろへ引く動きを少なくしたいので、構えている段階から左肩よりも後ろにグリップがある状態にしておきます。つまり、トップをあらかじめ作っておき、始動を早くしたいんです。動き出しを早くすることで、ゆっくりボールを見ることができますしね。
いろいろなバッターのグリップの動きを見ていると、だいたいのバッターはピッチャーがボールをリリースしてからグリップを後ろへ引き始めるんです。よっぽどスイングが速ければいいのでしょうが、それでは速いボールに差し込まれてしまいますし、ボールを見極める時間が少なくなってしまいます。
僕の場合は、打ちにいく前から常にグリップを後ろへ引くイメージです。グリップは止めちゃいけないんです。グリップも止まらない、体も止まらない、という流れがすごく大事だと思います。
――篠塚さんはわざと詰まらせる(バットの芯よりもグリップ寄りの部分で打つ)練習をされていたとお聞きします。その狙いは?
篠塚 たとえば、足の遅いランナーがセカンドにいた場合、緩い打球を打ったほうがホームに還りやすいじゃないですか。逆に足の速い松本匡史さんなどがランナーでセカンドにいると、相手の守備位置が前になるのですが、その場合もショートの頭を越える緩い打球やバウンドが高い打球が抜けていけば、松本さんならだいたい還って来られます。速い打球だとなかなか還って来られませんからね。
全部が全部成功するわけではないのですが、ネクストバッターズサークルにいる時から、どんなバッティングをしようか常にイメージを描いていました。
――得意なコースや苦手なコースはありましたか?
篠塚 得意なコースはインサイドです。基本的にどんなカウントでも、インサイドに来る速いボールだけを狙っていました。苦手なコースは特になかったですね。統計をとれば出るのかもしれませんが、自分のなかでは「どのコースのボールでも当てられる」という感覚がありましたから。
(後編:篠塚和典が明かすイチローが使っていた「篠塚モデル」のバットの特徴と、WBCでの練習秘話>>)
【プロフィール】
■篠塚和典(しのづか・かずのり)
1957年7月16日生まれ、東京都出身、千葉県銚子市育ち。1975年のドラフト1位で巨人に入団し、3番などさまざまな打順で活躍。1984年、87年に首位打者を獲得するなど、主力選手としてチームの6度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した。1994年を最後に現役を引退して以降は、巨人で1995年〜2003年、2006年〜2010年と一軍打撃コーチ、一軍守備・走塁コーチ、総合コーチを歴任。2009年WBCでは打撃コーチとして、日本代表の2連覇に貢献した。