
前編:大谷翔平2025の進化と変化
今年のMLBオールスターウィークの時、大谷翔平は自身の打撃についてメジャーに来た当初と現在ではそのアプローチが変わった旨のコメントを発していた。
現在のMLBでは、長打になりやすいバットスピードやバットの軌道角度から繰り出される「バレル打球」が重視されるようになったが、ひも解いていくと、大谷のスラッガーぶりが顕著に見えてくる。
ここでは大谷本人のコメントからデータを交えながら、現在の打撃へのアプローチについて触れてみる。
【「以前なら二塁打の打球が、今はフェンスを越えると想定」】
オールスターゲーム前日、大谷翔平が定例の記者会見で興味深い発言をしていた。
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「メジャーに来た当初、二塁打を狙って打つスタイルだと言っていたが、今も同じなのか?」という問いに、「ある程度の角度でよい打球が上がれば、フェンスを越えるだろうという想定で逆算して打席を組み立てていくので、多少アプローチも変わってきているかなと思います」と答えた。
かつては、どんな強打者も「ホームランはヒットの延長線上にあるもの」と語った。目指すのは外野手の間を抜けるライナー。そのなかで、とびきりよい当たりがホームランになる、そんな考え方だった。
しかし今、MLBを代表するスラッガーで、理想的なアタックアングル(バットの上昇角度/今季は平均16度)でボールをとらえる大谷にとって、打撃のアプローチは次元が違う。
「以前なら二塁打になっていたような打球が、今はフェンスを越えると想定して打席を組み立てるイメージですかね」
この言葉がすべてを物語っている。ニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジもそうだが、初めから「バレル打球」、すなわち、理想的な角度と速度で放たれる長打確率の高い打球を狙ってスイングしているのだ。今や野球用語としてすっかり定着した「バレル打球」。定義は、打球速度98マイル(約158キロ)以上、打球角度が28度前後という、ホームランや長打になる確率が極めて高い打球のことだ。データサイト『Baseball Savant』によると、今季ここまでのバレル打球数は、ジャッジがMLBトップの67本、大谷が64本で2位につけている(7月28日現在、以下同)。
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以前は「首位打者」の称号こそが、優れた打者の証だった。だが、今は違う。
3年連続首位打者のルイス・アラエス(サンディエゴ・パドレス)は、確かに空振りが少なく、バットの芯でボールをとらえる「スクエアアップ」率(43.8%)はMLB1位だ。しかし、平均バットスピードは62.6マイル(100.2キロ)と遅く、打球速度も遅くなるから今季のバレル打球はわずか4本。これでは投手にとって脅威とは言いがたい。
一方、大谷は平均バットスピード76.1マイル(121.8キロ)。目いっぱい振るからスクエアアップ率こそ24.9%と高くないが、当たれば強烈なバレル打球になる。「当てにいく」スイングではなく、「打ち砕く」スイング。これが現代の、MLBのスラッガーたちの真の姿だ。
バレル打球の威力は数字が証明している。打率は約.800、長打率は2.500超、ホームラン率は、なんと50%以上。これが「試合に勝てる打撃」の正体だ。
【大谷翔平が提示するホームランダービーの競い方とは?】
「ホームラン狙いは、フォームを崩す」と敬遠されていたが、それは今や時代遅れの考え方。大谷のようなパワーヒッターは、緻密な技術とともにその精度を高めている。その象徴が「引きつけて打つ」スタイルだ。MLB平均では、打者は体の中心から約78センチ前でボールをとらえるが、大谷は71.3センチ、昨年はさらに後ろの68センチだった。彼はボールをギリギリまで見極め、引きつけてボールを叩いている。ゆえにバット速度が最大になる前に当たってしまうが、それでも彼のスイングは十分に速く、逆方向(左中間やレフト)でも中段席へ放り込める。
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7月19日から23日までの5試合連続本塁打では、センター3発、レフト2発。まさに「引きつけて打つ」芸術だった。大谷は好調の理由を「ここ数日、見え方がいいなというのが一番」と説明している。26日のボストン・レッドソックス戦でも、左腕ギャレット・クロシェットの97.1マイル(155.4キロ)の直球を打球速度198.5マイル(317.6キロ)、36度の角度でセンター越えに打ち返し、今季38号としている。
シカゴ・カブスの鈴木誠也も今季53本のバレル打球を記録し、26本塁打。バットスピードは73.4マイル(117.4キロ)と突出していないが、彼は「前でとらえる」スタイル。コンタクトポイントは約88.4センチとMLB平均よりかなり前だ。これにより、スイングスピードの加速が最もついた地点でボールを打てる。だが前で打つ分、早くバットを振りださないといけないし、空振りも増え、安定性に欠ける。本塁打の向きも引っ張ったレフト方向に偏る。
今季、大谷は100マイル(160キロ)以上の打球速度、角度20度以上という打球を72本放っており、そのうち38本がホームランになった。残る34本はフェンスを越えなかったが、それは単にバレルから1〜2ミリずれたにすぎない。打ち取られたというより、相手投手が運よく助かっただけ。MLBでは、打球速度95マイル(152キロ)以上を「ハードヒット」と呼ぶが、100マイル超はまさに"破壊的"。ちょっと上がりすぎてスタンドに届かなかっただけで、そのパワーは計り知れないのである。
記者会見では、ホームランダービーのルールについても興味深い発言があった。「現行ルールだと出場は厳しいという話をしていましたが、どんなルールなら出たいですか?」と聞かれた大谷は、こう答えた。
「飛距離にフォーカスというか、重点を置いても面白いのかなと個人的には思います」
まったくそのとおりだ。筆者が最も印象に残っているホームランダービーは、2008年のヤンキースタジアム。ジョシュ・ハミルトンが第1ラウンドで28本を放ち、うち3本は500フィート(約152メートル)超え。ライトスタンドの「バンク・オブ・アメリカ」看板の上に消え、スタジアムは騒然となった。優勝したのはツインズのジャスティン・モーノーだったが、彼も「みんなの記憶に残るのはハミルトン」と目を丸くしていた。
制限時間内にバットを振り続ける今のルールでは、選手は疲弊してしまう。ならば「最も飛ばした1本」や「本塁打の平均飛距離」で競う形式に変えるのはどうだろうか?
今や、打球角度・速度・飛距離は瞬時に計測される時代。そのテクノロジーを活用しない手はない。
つづく
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