
F1第13戦ベルギーGPレビュー(前編)
角田裕毅(レッドブル)は激怒していた。
「ピット戦略がすべてでした。僕とチームの間にミスコミュニケーションがあって、完全にタイミングを逃してしまいました」
フラストレーションをにじませた表情のまま、最低限の言葉だけを発して日本メディアの取材にも応えることなく、その場をあとにした。この苛立ちに満ちた心理状態のまま、チームへの批判を爆発させてしまうことは避けたかったのだろう。
雨で1時間20分遅れとなったベルギーGP決勝で、7番グリッドからスタートした角田は、ウェットコンディションのなかでその順位をキープしていた。
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路面は刻々と乾いていき、いつドライタイヤに交換するか。
「かなりドライに近づいてきていると思う」
山から駆け下りるセクター2で角田が無線を入れたその12周目、トップ集団を走るドライバーたちは続々とピットインしていった。
角田はセクター3の全開区間で再び無線で何かを訴えるが、雑音が多くてその内容を聞き取ることは難しく、チームからのピットインの指示はない。
最終シケインに飛び込む直前、角田は無線ボタンを押して「BOX!」と訴える。だが、チームからの返答はすぐにはなく、ピットインの指示が聞こえてきたのは、ピットエントリーをすぎてシケインの出口へステアリングを切るのとほぼ同時だった。
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「なんてことだ! ドライタイヤだって言っただろ!」
1周早くピットインしていたルイス・ハミルトン(フェラーリ)やニコ・ヒュルケンベルグ(ステーク)は、すでにセクター2だけで3秒も4秒も速いペースを刻んでいた。
そんななか、オーバーヒートが進んでグリップを失ったインターミディエイトタイヤで、7.004kmもの長いコースを1周余分に走る損失はあまりに大きかった。
13周目にピットインした角田は、5つもポジションを落として12位まで後退を余儀なくされてしまった。
チームはマックス・フェルスタッペンと同時に12周目にピットインさせるべく、角田のタイヤも用意していた。だが、レースエンジニアから角田への無線指示が遅れてしまった。それが最大の敗因だ。
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【運が悪かったガスリーの後方】
角田はこう振り返る。
「ドライタイヤへの交換をリクエストしたんですけど、チームからの返答が遅すぎて、僕はもうピットエントリーを通りすぎてしまっていました。スパは1周が長いサーキットですし、ああいうコンディションで1周の遅れはものすごく大きい。
あれが決定的でした。あそこでポジションを5つも落としてしまって、その後はずっとアルピーヌ(ピエール・ガスリー)の後ろにスタックするだけのレースになってしまいました」
さらに運が悪かったのは、ガスリーは極端にリアウイングを削ったロードラッグ仕様のセットアップであり、ストレートスピードが圧倒的に伸びていたことだ。
ペースは明らかに角田のほうが速かったが、ケメルストレートでDRS(※)を使っても仕掛けるチャンスさえ生み出せないほどに、DRSの使えないターン1からオールージュまでに大きなギャップを広げられてしまう。あとは44周目まで、ただただガスリーのリアエンドを眺め続けるだけのレースになってしまった。
※DRS=Drag Reduction Systemの略。追い抜きをしやすくなるドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。
戦略どおりに12周目にピットインしていれば、アレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ)やハミルトンらと6位争いを繰り広げ、少なくともポイント獲得は果たせていたはずのレースだった。
だが、フラストレーションを爆発させているだけではダメだ。レースエンジニアひとりの責任でもない。
12周目のピットストップは、ピットクルーに指示が出されて準備も整っていたにもかかわらず、最終シケインに飛び込むまでチームから角田に指示がなかったこと。角田からの「BOX」の声に対し、エンジニアがすぐに答えられない状況だったこと。
ここからわかるのは、レースエンジニアが12周目にピットインすることを把握していなかった可能性と、チーム内のストラテジー部門からエンジニアへの指示伝達や情報共有が徹底できていなかった可能性だ。
角田自身も、シケインへのブレーキングを終えてターンインするタイミングで無線を入れるのではなく、ブレーキングの開始前にピットインの意思を伝えていれば、エンジニアからの反応は間に合っていたはずだ。
つまり、コミュニケーションミスはひとりの責任で起きるものではなく、そこに関わる全員に改善すべき点があり、全員で責任を負うべきものだ。
一時的なフラストレーションを拭い去れば、角田もエンジニアもチームもそれぞれが冷静に問題に向き合い、すでに改善に向けて次の一歩を踏み出しているはずだ。
◆つづく>>