
F1第13戦ベルギーGPレビュー(後編)
◆レビュー前編>>
ベルギーGPで角田裕毅(レッドブル)のマシンに投入されるはずの新型フロアは、金曜の朝に間に合わなかった。
前戦イギリスGPでマックス・フェルスタッペン車に搭載されたものと、それが壊れた場合に備えたスペアに加え、角田車にも搭載するには合計3枚のフロアが必要だ。だが、その3枚目の完成が遅れてしまったのだ。
そのため、金曜フリー走行とスプリント予選、そして土曜午前のスプリントレースは旧型のフロアで走ることを余儀なくされた角田は、アンダーステアでスライドしやすいマシンに苦しむことになった。
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しかし金曜の夜、ようやく3枚目の新型フロアがスパ・フランコルシャンに到着。チームはスプリントレースから予選までの実質3時間しかないインターバルの間に、これを角田車に投入することを決断した。
ベルギーGPからチーム代表として現場指揮を執るローラン・メキース代表は、一部で言われたようなフェルスタッペン用のスペアを角田車に搭載したわけではなく、時間との戦いというリスクテイクだったと説明する。
「パーツをマシンに組み込むための作業時間が非常にタイトだったため(予選に間に合わないという)リスクが伴ったが、チームクルーがすばらしい仕事を成し遂げてくれた。ぶっつけ本番で予選に臨むというのはドライバーにとっても決して望ましい状況ではないが、チームとしてそのリスクを負ってトライする価値があると判断したんだ」
初めて走る仕様のマシンでいきなり予選に臨むのはあまり乗り気ではなかったと、角田自身も明かす。だが、新型フロアの効果はてきめんで、金曜に苦しんでいた中速コーナーでの不安定さは消え、角田らしいシャープなステアリングさばきにもマシンが破綻することなく、ついていくようになっていた。
Q2では5番手タイムを記録して第6戦マイアミGP以来となるQ3に進出し、Q3最後のアタックはまとめきれなかったものの7位。フェルスタッペンとは0.381秒差。あと0.083秒ゲインできていれば5位もあり得た手応え十分の予選に、角田の表情にもようやく笑顔が戻った。
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「旧型は一度スライドし始めると、どんどんスライドしてしまって取り戻せないなど、もう少しセンシティブなところがありました。だけど、新型は全体的にグリップが高くて、もっとアグレッシブに扱える印象です。似たような挙動はあるんですけど、同じスナップでも全然違いました」
【角田にとって、とても大きな一歩】
メキース代表も、ぶっつけ本番でマシンに適応してみせた角田を高く評価した。
「裕毅は見事にマシンに適応し、非常に強力な走りを見せてくれた。パフォーマンス的にも大きなステップを果たすことができた。本当にすばらしい仕事だったと思う」
マシン仕様の差を換算すれば、フェルスタッペンとの実質的なタイム差が着実に縮まっていることは見えていた。
しかし、結果という誰の目にも見える形にならない日々が続いていた。第7戦エミリアロマーニャGPの予選での不用意な大クラッシュから始まった負のスパイラルに、ようやく終止符を打つことができた。
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「新型フロアとの差がどのくらいなのかは、何戦か前からデータ上で見てはいました。(見た目上の)リザルトでは大きな差になっていても、そのマシン差を踏まえたうえでマックスと自分の(純粋なドライバーとしての)タイム差を見れば、そんなに大きくないことはわかっていた。
エンジニアたちと進めてきた改善すべき方向性が正しいということもわかっていました。だけど実際に、それを結果で示せたのがよかったと思います」
フェルスタッペン車からわずか1戦遅れでフロアを完成させて、タイトな時間のなかでマシンに組み込んでメカニックたちと、あくまでデータ上でしか把握できない性能に合わせ、最適なセットアップを導き出したエンジニアたち。そして、結果につなげた角田自身。彼らにとって、これはとても大きな一歩だったと言える。
ただし、まだスタート地点に立ったにすぎない。
これからフロントウイングもフェルスタッペンと同じ仕様へと進化すれば、マシンの差は完全になくなり、あとはドライバーの差だけがラップタイムで比較されることになる。そのフェルスタッペンという「怪物」との差を縮め、戦っていくことが本来の挑戦だったはずだ。
決勝ではほんのわずかなボタンのかけ違いで、入賞を果たすことができなかった。
だが、そのことにフラストレーションを爆発させている場合ではないだろう。予選結果に喜んだり、決勝結果に苛立ったりしている場合でもないだろう。
角田が今やらなければならないことは、自分がようやく立てたスタート地点から、一歩ずつ、一歩ずつ、ほんの少しずつでも前に進み続けることだ。そのためにチーム一丸となって、重箱の隅を突くような努力をし続けることだ。フェルスタッペンという怪物が立っている頂(いただき)は、そうやって登り詰めたものなのだから。
この先に待つ挑戦は、あまりに険しい。その重みがわかるのは、これからだ。角田裕毅はようやく、そのスタート地点に立ったのだ。