『笑ゥせぇるすまん』秋山竜次の「喪黒福造」なぜリアリティがある? 藤子不二雄(A)の“下から目線”

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2025年07月30日 13:00  リアルサウンド

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『笑ゥせぇるすまん』(藤子不二雄A/中央公論新社)

 笑いと恐怖、教訓と破滅――。「Prime Video」で実写ドラマ『笑ゥせぇるすまん』の配信が7月18日よりスタートしている。主演はロバートの秋山竜次。あの「ドーン!」の喪黒福造をほぼ“素”のままで演じるという挑戦が話題を呼んでいる。


参考:【漫画】藤子不二雄スピリット感じる『宇宙でアルバイト』


 同作は1960年代〜70年代に「漫画サンデー」で連載され、1980年代から90年代にかけてアニメが放送されているが、読者や視聴者の中には喪黒福造=「怖い人」という印象があるかもしれない。しかし、今回の実写版があらためて示したのは、「喪黒とは何者か」よりも、「なぜこのキャラクターが生まれたのか」という問いである。もちろん、その答えは原作者・藤子不二雄Ⓐ(安孫子素雄)にある。


 藤子不二雄Ⓐは、かつて藤子不二雄としてコンビを組んでいた藤本弘(のちの藤子・F・不二雄)と対照的な作家だった。人付き合いが苦手だった「F」が家に閉じこもり、SFや未来道具を描いた“理想派”であったのに対し、新聞社での勤務経験があり、女性からもモテたという「A」は、夜の街に出て人に会い、酒を飲み、くだらない話を聞き、それをネタに漫画を描く“現実派”だった。


 よく比較されるのが、「キャラクターの重心の違い」だ。Fの代表的キャラクターである「ドラえもん」「キテレツ」「パーマン」などは、基本的に“子ども目線”かつ“浮遊感のある”存在で、実際に空を飛ぶこともできる。設定は荒唐無稽でも、キャラクターたちは軽やかに夢を語り、希望に向かって進む――。


 対して、Ⓐのキャラクターたちは地に足がついているというより、“地べたを這っている”と言ったほうが近い。「喪黒福造」「怪物くん」「忍者ハットリくん」に代表されるⒶのキャラは、背が低く、顔が大きく、ビジュアルからして重心に安定感がある。これは世の中を“低いところから”見つめることから生まれてきたのだろう。


 今回の秋山版ドラマでは、そんなA的リアリズムを保ちつつ、現代の社会構造を巧みに織り込んでいる。脚本に参加したのは、宮藤官九郎、マギー、細川徹、岩崎う大ら。それぞれが異なる角度から年の差恋愛、SNS依存、地下アイドル、パワハラ、サブスクなど現代の“心のスキマ”をあぶり出し、過去作をなぞるのではなく、今を生きる我々自身を映し出している。


 その中で、秋山演じる喪黒は恐ろしく自然体だ。特殊メイクも誇張演技もないのに、それでいて、「いる。こういう人、いる」と思わせられる。これは秋山がコントで磨いてきた“観察力”と“他人への共感”の賜物だろう。


 秋山の演じる喪黒に感じるのは、人を突き放す冷酷さじゃなく、同じ穴のムジナ感。高みから裁くキャラクターではなく、“こっち側”の人間が、たまたま一歩先に堕ちた人を見ている――そんな距離感が、実写化の説得力につながっているように思う。社会全体がギリギリの生活感を抱える現代において、Ⓐ特有の目線の低さがリアリティを生み、観る者の胸に刺さるのだ。


 NHK大河ドラマ『光る君へ』で俳優として開眼した秋山の「ドーン!」には、コントとは違う“重たい実感”が込められているように見えた。


(文=蒼影コウ)



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