ジェンダーギャップを乗り越えるための広告展。『わたしたちはわかりあえないからこそ展』レポート

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2025年07月30日 19:10  CINRA.NET

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Text by 家中美思

『わたしたちはわかりあえないからこそ展』が、8月31日まで東京・新橋にあるアドミュージアムにて開催されている。

時代や国を越えた広告の展示を通して、広告によるジェンダー表象やジェンダー平等へのアプローチを考える同展示。キャプションはジェンダー表象研究家の小林美香が監修を担当している。入場無料。

展示は複数のセクションで構成され、それぞれに「決めつけをやめる」「声をあげる」など、ジェンダーギャップに対してできる行動がキーワードとして設定されている。また、会場内にはミニゲームやタブレット、フォトブースもあり、来場者同士がコミュニケーションを取り合いながら参加できるつくりになっている。

わかりあえないからこそ、必要になる対話。周囲とのコミュニケーションを促す展示会をレポートする。

世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表するジェンダーギャップ指数ランキング。2025年の発表で、日本は148か国中118位に位置していた。ジェンダーギャップは「健康」「教育」「政治」「経済」の4つの指標で測られるが、日本は特に、「政治」「経済」の分野で遅れをとっている。これは、日本の国会議員の女性比率や女性管理職の割合が低く、男女の賃金格差も未だ残っている現状を表すものだ。

こうした問題の背景の一つには、「女性はリーダーには向いていない」「男性より稼ぐ女性はかわいくない」といった無意識の固定観念があり、こうした固定観念が生まれる原因の一つに、広告があるのではないか——この展覧会は、そんな問題意識をもとに企画されたものだ。

電車やテレビ、SNS……さまざまな媒体を通じて、私たちは膨大な広告情報を無意識にインプットしている。そしてそうした広告には、ジェンダーステレオタイプを助長する表現が見られるものも少なくない。例えば、乳児向け商品の広告に映っているのは男性ではなく女性であることが多い。子育てと女性のイメージを直結させてしまう。

広告からジェンダー平等を考える本展示では、中央に大きなステートメントが掲げられている。

「わかりあえないからこそ。わたしたちは想像する。わたしたちは問いかける。わたしたちは対話する。わたしたちは何かを生み出す」「わかりあえないからこそ生まれるコミュニケーションの可能性を探求してみませんか」

このステートメントは、固定観念を強化する方向にも働きうる広告が、使い方次第では相互理解を促すものにもなりうることを示しているように思える。

私たちは完全にわかりあうことはできない。しかし、そこで諦めるのではなく、「だからこそ」想像し、問いかけ、対話をすることで生まれる可能性があるのではないか——展示を通して過去の事例を知るだけではなく、現代の私たちがそれをもとにコミュニケーションをとり、学びあうことの重要性を示唆するようだ。

展示では、CM、雑誌、企業のコーポレートサイト、チラシなど、さまざまな広告を見ることができる。

2000年以前の広告が展示されたブースでは、50年ほど前から制作されてきた、ジェンダー平等を訴える広告が展示されている。

「複写機の広告というとすぐ女性がでてくることに女性はもっと怒るべきです。」というコピーが記された複写機の広告(1970年)や「なぜ年齢をきくの」と書かれた伊勢丹の広告(1975年)、「就職の年だけ、男だったらいいのに。」と書かれた人材派遣会社の広告(1997年)など、女性が向けられる視線による苦しみを反映した広告が並んでいる。

国連サミットで持続可能な開発目標(SDGs)が採択されたのは2015年。2030年までの達成を目指す指標のひとつに「ジェンダー平等」がある。ここでいうジェンダー平等とは、職場での男性と女性の割合を均等にすることだけではなく、「男らしさ」「女らしさ」などの偏見や差別、不平等をなくすことも含まれている。

こうした社会的性差に世界が注目する前から、「女性らしさ」を求める視線に反発する広告が作られていたことがわかる。

展示では、2000年以降の広告も展示されている。続けて見ていこう。

東京大学によるジェンダーバイアス是正のためのプロジェクトで2024年に作成されたポスター。2枚重ねになったポスターの1枚目には、東大の男女比率が8:2であることが書かれている。

それを1枚めくると、「#言葉の逆風」として並んでいるのは、「東大トップよりおバカでかわいい子がいい」「女子は研究に向いてない」といった言葉たち。女子学生比率の低さの要因の一つとなっているジェンダーバイアスの数々だ。

現状に諦めず問い続ける姿勢に希望を抱く一方で、50年経ってもジェンダーバイアスに苦しめられている女性たちがまだまだたくさんいることを実感させられる。

データや事実を示した広告も展示されている。赤塚不二夫原作『天才バカボン』のキャラクターを使用した広告は、同作品のセリフにちなみ、「これでいいのか?」と社会の実態に疑問を投げかけている。

2019年に発表されたインディード・ジャパンによるこの広告には、「男性育休取得の約3割が5日未満」「2382年、女性経営者がやっと半数を占める予定」といった事実が調査データとともに示されている。

ほかにも、閣僚の75%が男性であることを示した広告や、育休を取得した男性の98.4%が「取得して良かった」と感じている事実を示した広告などから、データを使用した客観的事実を示す広告コミュニケーションの試みがうかがえる。

さらには広告という枠組みを越えて、雑誌や写真、教科書を通じた取り組みも紹介されている。

ポーランドのポルノ雑誌『Twój Weekend』は、2019年刊行の「最終号」でフェミニズム・ジェンダー平等を特集した。

キャプションによると、当時ポーランドでは学校で性教育が行われておらず、男性はポルノ雑誌から性について偏った情報を得ていたという。

じつはこの「最終号」は、ジェンダー平等を進める3社が買収により刊行したもの。ポルノ雑誌を男女ともに大切な性教育の雑誌に塗り替え、性差別や女性の権利についての対話を促した事例だ。

インターネット経由でユーザーにストック画像を提供するShutterstockも、写真という媒体を通じてジェンダーイメージの刷新に取り組んでいる。

ストックフォトの世界では「家事や育児=女性」「ビジネス=男性」といったステレオタイプに忠実な写真が多い。2019年に撮影・公開された写真は、男性2人が子どもを育てている様子や、男性がキッチンに立ち家事をする様子などをとらえ、新しいイメージを示した。

また、教育分野での取り組みとして、アメリカで開発されたアプリ「Lessons in Herstory」も紹介されている。

AR技術を活用し、スマートフォンを教科書にかざすと、教科書には記載されていない女性の偉人たちの物語が浮かび上がる仕組み。アメリカの教科書に登場する歴史上の人物のうち、女性の割合がわずか11%という事実への問題意識から開発がスタートしたのだという。

教科書の人物に男性が多いと、歴史に残る偉業を成し遂げたのは男性ばかりなのだと思ってしまう。女性の能力への偏見にもつながるこうした認識を変えるために、女性の歴史を語ること、残していくことが重要なのだと考えさせられる。

会場には3か所、来場者同士がコミュニケーションをとることのできる、参加型のブースがある。

例えば育休取得率などさまざまな分野での男女の割合を問うクイズ。育休取得率の男女比を、天秤におもりを乗せることで回答・答え合わせができ、一緒に来場した人とコミュニケーションをとりながら考えることができる。

10個のおもりを「男性・女性」の天秤に乗せることで、さまざまな分野における男女比を問うクイズに回答。タブレットで解答が示される

本展示では、わかりあえないからこそとるべきアクションを、データや数字で表したり、新しいイメージを見せたりすることで来場者に提案している。出口付近に用意されたフォトブースでは、来場者が「今日から実践できるアクション」を宣言することができる。

わたしたちはわかりあえないからこそ、何をすべきなのか? 会場では「せんきょに行く」「相手を想う」「しろうとする」「分かち合う」(原文ママ)など、来場者が思うさまざまなアクションが共有されていた。

フォトブースに設置されたメガホン。メガホンを持った自分の写真とともに明日からできるアクションを宣言できる

ジェンダー平等は、一部の人の思いや力だけでは実現できない。同じ属性の人だけではなく、多くの人を巻き込んで対話しながら取り組んでいくべき課題だ。

一緒に来場した人同士、話し合いながら見学する様子も多く見られた本展示。友人や家族、パートナーと参加し、話し合いながら見学することで、コミュニケーションがもつ新たな可能性に気づくことができるかもしれない。
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