【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】G2P-Japanアメリカツアー2024〜ハミルトン、ダーラム、チャペルヒル(6)

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2025年07月31日 07:40  週プレNEWS

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私が2017年にアメリカのメリーランド州で目にした「素数ゼミ(おそらく17年ゼミ)」、の抜け殻。

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第134話

221年に一度とされる、きわめて珍しい「素数ゼミ」のイベントを体験することは叶わなかった。しかし、人混みあふれる帰路の空港でふと目にしたのは、たしかに「素数ゼミ」のはずだった......。

※(5)はこちらから

* * *

■「素数ゼミ」の裏話と後日談

実は私は、2017年に一度、この「素数ゼミ」をアメリカ・メリーランド州で見たことがある。前回のコラムの冒頭に載せた写真は実は、2017年に私が撮った「素数ゼミ」だ。

2024年4月15日付の日本経済新聞に、詳しくまとめられた記事が出ていたのでそちらを引用すると、「2017年、本来は2021年に発生するはずの17年ゼミが4年早く羽化する事態が生じていた」とある。

私が2017年にメリーランドで見たのは、おそらくはこの17年ゼミだったのだろう。

......と、「17年ゼミと13年ゼミが羽化するのは、それぞれ17年周期と13年周期なのでは? 今年それが羽化するなら、前回はそれぞれ、17年前(2007年)と13年前(2011年)だったのでは? それが2017年になぜ?」とも思ったのだが、それについてもこの日経の記事にまとめられていた(これ、素晴らしくよくまとめられた総説記事です。セミ好きは必見)。

それによると、「このセミは米国固有の種で、13年ゼミは4種、17年ゼミは3種がいる。さらに地域ごとに出現する年が異なり、ローマ数字で分類された『ブルード』という集団が13年ゼミは3グループ、17年ゼミは12グループある」という。

つまり、「13年ゼミと17年ゼミで『特定のグループ』の組み合わせが現れるのが221年に1度」というだけで、ローマ数字で分類されたグループを問わなければ、「13年ゼミ×17年ゼミ」という組み合わせ自体は、どうやらさほどレアなイベントではないようだった。

ちなみに、この2024年の組み合わせ、「今回の大発生では17年ゼミの集団『ブルードXIII』がイリノイ州を中心に、13年ゼミの集団『ブルードXIX』がイリノイ州以南で一斉に羽化する」ということであった。

たしかに、133話に載せた地図を見直してみても、青(13年ゼミ)と赤(17年ゼミ)の点が混在するのは、イリノイ州だけであった。

■帰途に着いて

日本とノースカロライナ州の時差は15時間。ほぼ昼夜真逆である。そのため、朝起きると、ほぼ1日分のメールが溜まっている。その数は毎日100通を超え、週明けの月曜日には200通ほどになる。

アメリカ東海岸では、時差ぼけで早朝に目が覚めると、まずはそれらを片付けるところから一日が始まる(あるいは、メールを片付けている中で睡魔に襲われて、再び寝落ちしてしまうこともままある)。

初めてのノースカロライナ州。この州は、アメリカの中で言えば「南部」に分類される地区であり、それもあってか、黒人の比率が、今まで訪れたことのあるアメリカの街よりも比較的高かったようにも思う。

実際に訪れてみて、体感として感じたのは、排他的な雰囲気は微塵もない、街の人たちの「温かさ」だった。ロストバゲージして意気消沈する私に声をかけてくれたフロントマンをはじめ、Mと繰り出したバーの店員や、いろいろな場面で会う人々が、みな陽気に挨拶をしてくれる印象を受けた。

■オヘア空港の奇跡

急な用務が入ってしまっていたため、「CREID」の会議を1日パスして、ひとり先に帰途に着く。

帰路の中継地はシカゴ。オヘア国際空港に着いたとき、機内から空港に移動する通路で、小さく黒い虫の死骸を見かけた。

それはたしかに「素数ゼミ」だったと思う。後ろから多くの乗客が空港になだれ込んでいたので、足を止めて写真を撮ることができなかったのは痛恨の極みではあったが、それはたしかに、小さな黒いからだに赤い目をしていた。

――思い返してみると、たしかにシカゴは、イリノイ州の都市である。133話に載せた地図を見返すと、私が目にしたそれは、おそらく13年ゼミだったのだろうと思う。

■オヘア空港のラウンジで思ったこと

そして、最後にまったく余談になるが、乗り継ぎ待ちのために滞在していた、シカゴ・オヘア空港のラウンジでのこと。空港のラウンジでは、どんな飲み物も食べ物も、基本的に無料である。オヘア空港のラウンジの場合、バーカウンターで欲しい飲み物を注文するシステムになっていた。

ここで気づいたのだが、飲み物を注文するカウンターに、ドル紙幣がぼんぼん投げ込まれていた。それも1ドル札などではなく、10ドル札や20ドル札がごろごろ転がっているのである。

繰り返しになるが、ラウンジのすべての飲み物はタダである。つまりこれらは本来、支払われる必要のない紙幣たちである。それが、一杯注文するたびにぼんぼん投げ込まれ、カウンターに転がっている。

こんなところからも国力の差をまざまざと見せつけられた気がして、いたたまれなくなった私は、いそいそポケットをまさぐり、5ドル札をそっとカウンターに置き、IPAを注文するのであった(結局私が払ったのは最初のその5ドル札1枚だけで、その後は何も払わずに、数杯のビールをいただいた)。

このチップのおかげでバーテンダーたちは潤い、それをまた別のところで、チップやなにかの形で支払うのだろう。そうやってお金が回ることで、経済が回るのだ。

文・写真/佐藤 佳

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