ビニール傘はなぜ盗られるのか。その回答のひとつを衝撃的なコマで描いているのが漫画『ムカデコウモリ怪人デスベノム』。怪人の両親から人間の部分だけが遺伝し、普通の人となってしまった主人公の苦悩が描かれる内容となっている。
本作は龍村景一さん(@YumboGoldLove)のデビュー作となる短編集『ツッパリ探偵怪人メルヘン心中』の一篇。Xで約8000のいいねを獲得した、この人気作について作者へのインタビューで迫りたい。(小池直也)
――Xでの反響はいかがですか。
龍村景一(以下、龍村):単行本が発売されるので、そのなかから一篇を上げたんです。アクチュアルな問題として老老介護を捉えてる人が多いようで、ぼちぼち賛否の意見はありました。
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――着想について教えてください。
龍村:自分ひとりではなく、いま一緒に本を作っている編集さんとゼロから立ち上げて一緒に完成させた最初の作品ですね。「70歳の青春」というキーワードから連想して漫画を作りました。そういう作り方は初めてでしたが難しくて、生みの苦しみがありました。
――ストーリー展開はどのように考えていったのでしょう。
龍村:主人公がひどい目にあう展開は、編集さんからの「これはもっといじめましょう」「もっといけますよ」という後押しによるものです。かわいそうだと思う僕のストッパーは見事に外されています(笑)。
ただ胸糞の悪い漫画にはしたくなかったんですよ。僕は95年生まれで平成の胸糞漫画をたくさん読んで育ったので、違う方向性はないのかなと。
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――胸糞漫画自体はハッピーエンドなどへのアンチテーゼとして出てきたと思います。
龍村:80~90年代の浮かれた感じや空虚な空気に対抗していたという意味ではリスペクトなんです。その上でもういいかなと思っていて。敵対関係を超えた友情が残るようなラストにできればとイメージしていました。
――隔世遺伝で能力を持たない怪人を主人公にしたのはなぜ?
龍村:被害者性の高い主人公なので、何も悪いことをしていない人物にしてしまうと物語に厚みがでないと思ったんです。だからあくまで人類の敵で加害性を持っている存在にしました。
あれは、のび太なんですよ。『ドラえもん』第2巻に収録された「ぼくの生まれた日」では、ママは成績優秀でパパは運動ができるのにどちらにも似なかったという場面が出てきます。
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――主人公と母親だけでなく、終盤に登場する新人ヒーローとの関係も含め、ふたつの世代格差がありますね。特に後者についてはいかがですか。
龍村:あの新人ヒーローは「ニレンジャー」というんです。彼らは彼らで怪人がいなくなった世界で存在意義を失ったヒーローたちなんですね。街をブラブラしてパトロールするくらいしかやることがない、という虚無感があるのかなと。何となくではありますが、あのシーンにはそういうイメージを込めています。
――作画について意識したことは?
龍村:お年寄りを描くときは特有の骨格の変化、鼻や口、目の感じを描いてシワを貼った若者にならないようにしています。
――30年ぶりに会った母親の部屋の場面も強烈でした。描き込みも多いです。
龍村:このシーンは昔自分が住んでいた部屋の3Dスキャンの画像をもとに、AIで生成した画像や3Dの素材などを組み合わせています。だからゴリゴリ描いた見開きというよりも構成的に作ったものなんですよ。キャラクターや傘はしっかり描いていますけどね。
ゴミ箱に入った傘は僕の経験談。身近に認知症の人がいて、悪気もなく傘を持って帰ってきてしまうんです。コンビニで傘を盗られたと思う時って、必ずしも悪意のある人が持ち去っているわけではなくて。帰ってきてから「あれ、傘が増えてるな」と感じているんです(笑)。
――生成AIに抵抗がないのですね?
龍村:もちろん特定の作家を狙って学習させたり、悪意のある使い方には反対ですし、学習されたくない人の意思は尊重されるべきだと思っています。
ただ美術の歴史を振り返ると、カメラが発明されて普及し始めた時に美術界で「絵画の領域を写真が奪う」というパラダイムシフトが起きました。でも絵画はなくならなかったし、逆に問い直されて印象派やキュビズムなどが登場する。
それに似ていると思うんです。だから生成AIをその歴史性と照らし合わせて考えられたら、賛否という対立軸だけでない捉え方ができるんじゃないかなと考えていますね。
――単行本『ツッパリ探偵怪人メルヘン心中』の作者視点からの読みどころを最後に教えてください。
龍村:初めて商業誌で描かせてもらって、初めて出版社から出させてもらうデビュー短編集です。初出の短編も入ってます。「商業誌で描くってどういうことだろう?」など色々なことを自分に問いながら、答えを形にしていった作品ばかり。
描きながら自分も変化しているので、最初と最後で全然印象が違うかもしれません(笑)。そういった目まぐるしさも含めて楽しんでもらえたら嬉しいです。
(文・取材=小池直也)
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