総合診療医はどこにいる?日曜劇場『19番目のカルテ』監修・生坂政臣医師が解説

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2025年07月31日 09:04  TBS NEWS DIG

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「体がだるいけど何科を受診すればいいのか分からない」「通院しても一向に改善しない」――そんな悩みに、誰しも一度は直面したことがあるのではないだろうか。医療の進歩とともに診療科が細分化される中、戸惑う人も少なくない。

【写真をみる】“丸腰”でも戦える強み『19番目のカルテ』監修医師が解説

その声に応える存在として近年注目されているのが、「総合診療医」だ。臓器や年齢、性別を問わず、“人を診る”医師として2018年に制度化され、「19番目の専門医領域」として正式に発足したこの診療科は、まだ多くの人にとってなじみが薄い。

その実像を正面から描く日曜劇場『19番目のカルテ』(TBS系)で、総合診療科の監修を務めるのが、生坂政臣医師。千葉大学医学部附属病院の総合診療科を立ち上げ、現在は一般社団法人日本専門医機構で総合診療領域の担当委員長として制度運営にも関わっている。「人を診る医師」とは何か。現場と制度、両面からこの分野を見続けてきた第一人者が語る、その真価とは。

知られざる“19番目の専門医”とは?

内科、整形外科、眼科、皮膚科……病院の診療科は臓器や症状ごとに細かく分かれ、医師も各専門に特化していく。現在、制度上の「専門医」は18の基本診療領域に分類されているが、2018年、新たに19番目の領域として加わったのが「総合診療科」だ。

制度が始まってから7年目を迎えるが、全国の専門医数は今も1000人未満と少なく、都道府県によっては医療圏ごとにすら配置されていない現状がある。

生坂先生は、制度創設の経緯について「日本専門医機構が総合診療専門医の養成に着手したのは2018年からですが、実はその前の2013年、厚生労働省が総合診療専門医を専門医として19番目に位置付けたのが始まりでした」と振り返る。

「新しい領域ということもあって、専門医全体の中で総合診療に進む人の割合はまだわずか3%ほど。毎年およそ1万人の医師が卒業し専門医を目指しますが、その中で総合診療医は約300人しか養成されていないのが現状です」と実情を明かす。

この診療科は、1つの臓器や年齢、性別に縛られず、患者全体を診る姿勢が求められる。「専門がないことが専門なのではないか」と揶揄されることもあると生坂先生は苦笑する。だが、実際には「7つの資質・能力」を明文化しており、そこには包括的統合アプローチや地域志向、患者中心の医療、公益性などが含まれる。

「総合診療医は“十人十色”です」と生坂先生は言う。その理由について、「総合診療医は全ての領域の基本知識を身につけているので、その後の現場のニーズに合わせて分化しやすいんです」と説明する。例えば、小児科医がいない地域に派遣された場合、最も不足している小児医療を中心に診療を行う。大半のよくある健康問題は総合診療医が対応できるため、専門的な判断が必要とされるケースのみを小児科専門医に紹介する。「その地域の住民から見ると、総合診療医は“小児科医”に見えるわけです」と語る。

また、大学病院に設置された総合診療科では、診断がつかない患者の“受け皿”として機能することもある。「どこに行っても診断がつかない人が様々な医療機関をさまよっていれば、その方々を受け入れる場所として大学に診断に特化した外来を設置することもあります。これも総合診療の一形態です」。

そのため「町の診療所で働く医師ですか?」という問いにも「イエス」、一方で「大学病院にもいますよね?」にも「イエス」と答えることになるという。「基本知識を習得する3年間を経た後、それぞれの勤務地に応じて不足する診療科を補うように進化する。だからこそ医師像は“十人十色”になるんです」と付け加える。

さらに、「『最後の砦』ともいわれますが、確かにそういう役割もあります。ただ、総合診療医は多くの場合、ファーストコンタクトの医師。地域の診療所などで最初に患者さんに接して、140以上の疾患に対応できる。何でも相談できるかかりつけ医となり、そこから必要に応じて専門医に紹介しています」と話す。

「もちろん大学病院にいて診断が困難な例を診たり、僻地で必要な医療を提供したりもします。足りないものを補える存在、それが総合診療医です。使い勝手がいいという言い方は語弊があるかもしれませんが、それだけ柔軟だということです」。

柔軟性は非常時にも発揮されている。「コロナ禍では感染症専門医や呼吸器内科医だけでは足りなくなりました。その時に総合診療医が助っ人として全国で活躍しました」と生坂先生。「感染症の専門家ではないけれど、基礎的な知識をもとに幅広く対応できる。それが強みです」とも強調する。

日本の医療制度がフリーアクセス、つまり患者が自ら診療科を選ぶ仕組みである点も関係しているという。「自分が何科を受診すればいいか分からない。そんな時にまず相談できる“医療の入り口”になるのが総合診療医です」。

目指したきっかけは原因不明の痛み

医学生時代、顎に原因不明の痛みを抱えて約2年もの間苦しんだ経験が、生坂先生を総合診療医の道へと導いた。口腔外科や内科など複数の科を受診しても診断はつかず、複数の運動部への所属やストレスも重なって心身ともに限界を感じた末、休学してアメリカに渡った。

「アメリカでも発作に見舞われ、たまたま開いていた診療所に飛び込んだら、“あなたの病気は三叉神経痛”と診断され、処方された薬がすぐに効き始めて。2年間の苦しみが一瞬で消えました」。その時診察してくれたのが、総合診療医だった。

三叉神経痛は脳神経内科に属する病気だが、「医学生だった私でも、顎の痛みと、この病気を結びつけられなかった」と語る。日本では受診する科を患者自身が選ぶ必要があるが、「アメリカでは総合診療医がまず診て、必要なら専門医に紹介する。そういう仕組みのメリットを痛感しました」。そうした経験から、生坂先生は「なんでも診られる医師になりたい」と志を定めた。

総合診療医の強みは“丸腰”

生坂先生は総合診療医になって良かったことについて「どのような健康問題でも、“これは自分の領域じゃないので診られません”と患者さんに言わずに済む。それが何より大きい」と答える。

医師としての初期には、外来や救急の現場で「専門外」を理由に断ってしまったこともあったという。新幹線や飛行機での「ドクターコール」もためらった。「呼ばれても、自分に対応できる症状かどうか分からないから怖かった。でも、アメリカで総合診療科の研修を受けた後は、その不安がなくなりました」。

強みは、「“丸腰”でも戦える」点にあるという。「総合診療医に必要なのは“目と耳と口”。つまり、見て、聞いて、話すことができれば診療ができます」と語る。実際に大学病院での診療でも、問診が9割以上を占めるという。

「診断にはさまざまな検査機器が不可欠と思われがちですが、問診だけでも十分な情報が得られます。表情、声のトーン、話の内容。それらを丁寧に拾うことで、診断に至ることが多い」とも。

この「丸腰」の力は、被災地でも実証された。東日本大震災が起きた宮城県・石巻での診療でも、「大学病院と同じ医療を提供できた」と言う。「目と耳と口があれば、道具がなくても戦える。私はよく“剣道より空手の感覚”と言っています」。

一方、時間をかけて診察することができるのも総合診療医の特徴だが、「時間さえあれば解決するわけではない」と生坂先生は指摘する。重要なのは「患者の話を引き出すためのスキル」であり、その1つが生坂先生ならではの表現でいうところの“憑依”の技術だ。

「患者さんの話を聞きながら、その人の生活や苦しみを自分に取り込む。まさに“憑依”するように問診を進めます」。そのためには単なる世間話では得られない、具体的で的確な情報を引き出す必要がある。「ラポール(患者との信頼関係)形成のための会話と、診断のための問診は別物。無駄な質問は一切ありません」。

こうした技術は「日々トレーニングして磨いている」と明かし、「診断の精度を高め、患者さん1人1人の最適解を導き出す」ことに全力を注いでいる。

世間話と問診は別物だけど…最大のデメリットと未来像

診療において最も重視されるべき問診が、日本の診療報酬制度では正当に評価されていない――これは生坂先生が長年感じてきた大きな課題だ。「問診をどれだけ丁寧にしても、報酬にはほとんど反映されません。問診単独の評価が存在しないのが現状です」と語る。

「問診は全ての医師が行う基本。診断の7割は問診で決まるといわれています。このスキルを磨くことで無駄な検査や過剰な専門治療を避け、医療費の抑制にもつながる」。とりわけ超高齢社会を迎えた日本では、効率的で持続可能な医療体制の鍵になると指摘する。

しかし、問診の評価は難しい。「沈黙」などの高度な技法が含まれるため、表面的な時間や行為では測れないからだ。生坂先生は、「沈黙は、ただ喋らないこととは違う」と語る。「沈黙の時間を意図的に作ることで、患者に考えさせ、気づかせる。そのタイミングを見極めて使うのは非常に効果的であり、問診の中でも重要な技術の1つです」と強調する。

「ある上司に“時間をかけるから診断できるんじゃないか”と言われたことがあります。しかし、たっぷり時間をかけて問診したからといって誰もが正解にたどり着けるわけではない」とも。

患者ごとに適した聞き方は異なり、それを瞬時に見極めるには豊富な経験と技術が必要だ。「今後、AIなどの技術を活用して問診の質を評価できる仕組みが生まれれば、総合診療医の価値も正当に見直されるはず」と期待を寄せる。

そのうえで、日本の医療制度の持続性についても言及。「国民皆保険制度という素晴らしい仕組みを持つ日本ですが、医療費と介護費の増大は深刻な課題です。ワンストップで診られる総合診療医の存在が、制度維持の鍵になると私は考えています」。

「医師から見ても国民から見ても、総合診療医の役割はまだベールに包まれている。しかし、この分野に対する期待が高まれば、現行の制度を維持しつつ、さらに良い方向へ進めるはずです」と前を向く。

「監修を務めたドラマを通して、総合診療医の存在が広く知られることを願っています。知ってもらうことで、医療制度そのものが良くなるきっかけになると信じています」と生坂先生。

制度としてはまだ若く、医師数も限られる総合診療医。しかし、生坂先生の言葉からは、その存在が今後の国内医療の持続可能性に深く関わっていくことが読み取れる。患者の最初の相談相手として、また限られた医療資源を有効に活用するオールマイティーな助っ人として、総合診療医への理解と関心が、今後さらに高まっていくことが期待される。

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  • 動物病院じゃ普通やて。しかも動物種もコロコロ変わる。
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