サイバー大学の教育革新 株式会社が創る新しい「大学のかたち」とは?

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2025年07月31日 10:30  ITmedia ビジネスオンライン

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サイバー大学の川原洋学長

 2007年に開学したサイバー大学は、株式会社立かつ完全オンライン型大学として、これまでの高等教育とは異なる道を切り拓いてきた。学長自らがソフトバンクグループで長年ITビジネスに携わってきた経験を有している。


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 教育現場へと転身した背景には、「ITと教育の融合によって、新しい学びのスタイルを実現したい」という思いがあった。大学でありながら株式会社であるという独自の立ち位置を生かし、教育の新たな可能性を切り拓いてきたサイバー大学。川原洋学長に今後の展望を聞いた。


●教育を革新する授業とは? 質を保証するための体制に迫る


――サイバー大学は、全ての授業をオンラインで提供する日本初のデジタル大学です。その特徴的な教育方法について教えてください


 一般的にオンライン授業というと、多くの大学ではZoomなどを使ったライブ型の授業がイメージされがちです。特にコロナ禍以降、日本の大学はその方向に一気に進みました。一方サイバー大学は、最初からオンデマンド型(非同期)の授業を採用しています。オンデマンド型では学生と教員が同じ時間に集まらないため、学生からの質問への対応や学習サポートが個別に迅速に実行できる仕組みを構築しています。この体制が整っていたおかげで、コロナ禍でも通常通り授業を継続でき、影響をほとんど受けませんでした。


 オンデマンド型の授業は、ライブ配信とは全く異なるもので、教室の様子をそのままカメラで配信する形式ではなく、あらかじめデジタル化された教材を、学生が自分のペースで視聴するスタイルです。そのため、雑談のような「余白」がなく、非常に効率的に進行します。その結果、通常90分かけて実施する授業が、オンデマンドでは30分ほどで終わってしまうこともあります。ですから、他の大学で教えられた先生が、本学に転職されてまずびっくりするのは、自分が用意してきた講義、コンテンツがあっという間に終わってしまうことです。授業内容としては、必要に応じて、板書する様子を収録するなどの工夫をするケースもありますが、スライドに沿って説明する形式が中心です。


――オンデマンド形式で教育をする際の工夫とは?


 サイバー大学の授業では、最初に学習目標を明確に提示します。その上で、毎回、これまでの復習、本題の講義、最後のまとめという流れで構成しています。この授業設計には「インストラクショナルデザイナー」と呼ばれる専門スタッフが関与し、教員の授業内容や資料が学習目標に合っているか、スライドの図表や文字列が見やすいか、前提となる知識が語られているかなど整合性やコンテンツの品質を細かくチェックします。組織的に授業を制作することによって教育の質は高く保たれます。


 スライドや話し方にもスタイルガイドがあり、収録後の編集(ポストプロダクション)で内容がさらに整えられます。これは授業を単なる「コンテンツ」にするのではなく、大学として教育の質を一貫して保証するための体制です。私たちは文部科学省から正式に認可を受けた大学として、教員の任用から授業内容まで、教育の質の保障に責任を持って取り組んでいます。


 サイバー大学は、大学でありながら株式会社でもあります。企業として理念もありますが、大学の教育理念を守り、バランスを保ちながら運営をしています。内部監査も毎年実施し、その結果はWebサイトで公開しています。このように、授業も運営体制も高い透明性と厳格な品質管理のもとで、教育活動に取り組んでいます。


――教育の質の確保には、どのように取り組んでいますか?


 本学の場合は、学期の終わりに全学生が授業を評価する仕組みになっています。評価項目も多岐にわたり、かなり細かく見られます。もしある分野について気になる評価があれば、すぐに授業内容や指導方法を見直します。さらに、その評価結果は建設的なフィードバックとして学内で共有し、教員同士が互いの授業から学びあえるようにしています。


 このように、本学では教員に緊張感を持って授業を担当してもらっています。実際に、学生評価を参考に授業改善に力を入れる教員もおり、より良い授業づくりにつながっていくと捉えています。


――サイバー大学は株式会社立であり、一般の大学とは異なる事業も展開しています。株式会社立のメリット・デメリットとは何でしょうか?


 サイバー大学は、大学でありながら株式会社でもありますので消費税や法人税を払っており、税制面での優遇はありません。さらに、私学助成金の対象外であるため、財務的には完全に自立した運営をしています。そのため、授業料収入に加えて、大学事業で培ったノウハウを生かした教育プラットフォームを学内で開発・運用し、他大学や企業向けにサービスとして販売しています。教育機関としての公的責務を果たしながら、持続可能な事業として成立しているということは、他の大学とは大変異なる事業形態だと思います。 


 「なぜ株式会社立として運営しているのか?」という点については、一つ目に資本調達をしやすい点が挙げられます。オンライン教育の発展には最新の技術基盤やその他の投資が不可欠ですが、株式会社として資金調達が可能です。過去において株主構成は変わりましたが、現在はソフトバンクグループが100%出資しています。


 もう一つの特徴は、先ほど少し触れましたが、大学の正規教育事業以外に、IT企業としての顔も持っていることです。自社開発した教育プラットフォームや教育コンテンツを企業法人や他大学にもサービスとして提供しています。プラットフォームの利用契約社数は240社ほどですが、ユーザー規模としては150万人を超えます。このように、正規高等教育機関としての質の高い教育サービスを提供しているだけでなく、学習環境も含めて企業に対しても、いわゆるDX人材・AI人材育成のために直接教育サービスを提供できるビジネスモデルは株式会社立大学であるからこそ可能と言えます。


――企業の雇用もメンバーシップ型からジョブ型への移行が増えつつある中、従来の学位や資格よりも学習内容を細分化し、短期間で特定のスキルや知識を習得できる学習プログラムである「マイクロクレデンシャル」の重要性が高まっています。サイバー大学では、国内の大学・大学院を含めて初めて学位プログラムにマイクロクレデンシャルを導入した大学だと思いますが、学生の反応はいかがですか?


 専門教育の分野と、レベルアップ的なスキル獲得、そして本当に「仕事ができる能力」という話は必ずしもイコールではありません。そこをどう両立させるかが課題です。本学ではIT総合学部を設置し、テクノロジーとビジネスを専門分野としています。これらの分野を志望する学生でも、その方向性はさまざまです。「私はAIエンジニアになりたい」「プログラミングでシステムを構築したい」「情報セキュリティを極めたい」という学生もいます。一方「起業したい」「企業の企画部門で活躍したい」という学生もいます。


 そういう異なる志向を、同じ大学の中で両方学べるようになる。要は「専攻」と「副専攻」というイメージで、科目群を設計しています。


 そして、その修了レベル別に「ブロンズ→シルバー→ゴールド→プラチナ」のオープンバッジで可視化できるようにしました。例えば「企業経営を目指す人は、最低この3科目」「情報セキュリティの人は別の4科目履修を」といった具合に、目標に応じたカリキュラムを用意しています。現代社会ではIT人材にもビジネススキルが、ビジネス人材にもITスキルが問われる──社会に出たら必ず両方が問われますので、人間力、職業人の基盤づくりとして文理の枠を超えた学びが非常に重要です。


 また、もっと深く学びたい、新たな知識を身に付けたいと、卒業後にオープンバッジを取りに再入学するケースが増えています。実際、2025年3月に卒業した約550人の卒業生を含むこれまでの卒業生のうち、約100人が再入学していて、在学中に取り損ねた科目を、あらためて学びに戻ってきました。このような傾向は、学内で新たなマイクロクレデンシャルを新設するに従って、今後ますます増えていくと思います。企業側でもジョブ型雇用を進める中で、こうしたスキルの可視化は高く評価されています。


――リスキリングの必要性が高まりつつあります。この役割を担うために授業料マッチングファンドを開始されたそうですね。


 特に地方の中小企業では人材獲得に非常に苦労されているようです。リスキリングの必要性は感じているものの、それ以前に従業員の基本的なITを含むリテラシー教育に手が回っていないなどの話をうかがうことが多くあります。この社内教育には、サイバー大学の学部教育が有効だと評価してくださる企業の要望を受け、地方の中小企業の人材育成支援として「授業料マッチングファンド」を立ち上げました。従業員の方々の学納金のうち、事業主さまが負担される授業料と同額を本学も負担する制度です。本学として企業さまの人的資本経営戦略に関わる教育を、財務的にもお手伝いする取り組みです。


 現在、中堅社員や幹部社員の教育研修や福利厚生の一環として本学のプログラムを導入いただいている状況で、山梨県甲府市の企業さまからは「高卒採用の新入社員に大学進学の道を示せる。これを採用時のメッセージとしても活用したい」というご相談をいただき、授業料マッチングファンドによる進学支援が決まりました。地元では新入社員のほとんどが高卒採用で、彼らに大学で学位取得の道を示せれば大きな魅力になるというご判断でした。しかし、うれしい誤算といいますか、高卒の中堅社員の方々が、自分たちも学位を取得できるチャンスと捉えて、一緒に入学されました。


 こうした取り組みは、従業員のスキルアップだけでなく、定着率向上にもつながりますし、会社へのロイヤリティも高まると感じています。特にテクノロジー企業では、技術の進化のスピードに合わせて「この先、自分の仕事はどう変わるのか?」といった危機感を持つ社員も多いものです。ITは、経営層から現場で働く社員まで関心が高い分野ですので、本学のカリキュラムを活用したいというニーズは大きいです。


 今後の展開としても、この取り組みを通じて、就労社会人の教育機会の拡大と、DX推進や業務へのAI活用に対応できる高度IT人材の育成を加速していきたいと考えています。企業内のキャリア形成の最適化や、産業界全体の競争力向上にも貢献することが本学の使命です。


(篠原成己、アイティメディア今野大一)



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