イチローと描く市場拡大 ワコールの研究力が生んだスポーツウェアの実力

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2025年07月31日 11:01  ITmedia ビジネスオンライン

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「Team CW-X」キャプテンのイチローさん

 大手下着メーカーのワコールが、スポーツウェア市場に新たな価値を提示しようとしている。1964年に人間科学研究開発センターを設立して以来、ワコールは「美しさ」と「機能性」を科学的に追求し、膨大な体型データと研究成果を積み重ねてきた。


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 そのノウハウは、身体の動きをサポートするコンディショニングウェア「CW-X」にも生かされている。CW-Xは1991年7月に誕生。2002年3月からはイチローさんをアドバイザリーパートナーとして迎えている。


 7月3日には、ワコールがイチローさんをキャプテンとする「Team CW-X」(チーム シーダブリュー・エックス)による新企画「CW-X×イチローさん“over 51” スポーツテスト」を11月19日に開催することを発表した。これまでも衣服による身体のコンディショニング価値を訴求し続けている。


 ワコールはなぜスポーツウェア市場に挑むのか。なぜイチローさんとの関わりが続いているのか。CW-Xのブランディングを統括する、CW-Xブランドマネージャーの松井孝明さんに聞いた。


●下着メーカーの枠を超えたワコールの挑戦 実力は?


――ワコールといえば女性用下着のイメージが強いです。CW-Xのようなスポーツウェア市場を、どう捉えていますか。


 1964年に人間科学研究開発センターを設立しました。設立の背景には「女性の美しさをどう追求するか」という課題が根底にありました。当時、量産化が進む中で、製品を作る際の基準となる体型データが十分になかったわけです。例えば、身長160センチの方でもバストサイズはそれぞれ異なります。そうなると、誰を基準に製品を作るのかという課題が生まれ、まずは体を正確に測ろうというところから始まりました。


 このように、ワコールのものづくりは美しさや健康、心地よさといった観点からスタートしています。その後、人間科学研究開発センターができて数年経つと、研究成果として「美の指標」といった新しい基準を発表するようになりました。


 例えば、理想的な体のバランスを「ゴールデンカノン」として発表したり、女性の体型がある分岐点で変化する「スパイラルエージング」という考え方を提唱したりしてきました。また、「平成新人類」と呼ばれる平成生まれの方々の体型の特徴を、過去の世代と比較するような研究もしてきました。


 直近では、バストの無重力状態での理想的な形を調べるために、飛行機を使ったパラボリックフライトで無重力環境下のバストを撮影し、負荷のかからない状況での理想的なバストケアについても研究しています。このような流れの中で、静止しているときの美しさだけでなく、「動き」にも着目するようになりました。


 1987年ころには空前のスキーブームがあり、その時、たまたま研究員の妹さんが、スキー中に転倒しヒザの靭帯を伸ばしてしまいました。幸いその時一緒にいた人にテーピングをしてもらい、そのままスキーを続けることができたというエピソードがありました。


 「テーピングを取り入れたウェアが出来れば専門的な知識がなくてもテーピングの効果を体感できる。いつまでもスポーツを楽しめるのではないか?」という思いから、ウェアにテーピング機能を取り入れるための研究を開始しました。そして、スポーツにおいて「コンディショニング」という概念が重要だと考えるようになり、製品開発にもその発想を取り入れるようになりました。


 つまり、ワコールは単に美しく、着け心地の良いものを作るだけでなく、機能性を追求し、スポーツ領域にも「コンディショニング」という新しい価値観を持ち込むことでチャレンジを始めたわけです。スポーツウェアを単なる衣服としてではなく、身体の状態を整えるためのツールとして捉え、研究開発を進めてきた経緯があります。


●イチローと築いた信頼とブランド価値


――イチローさんとの関わりはどのように始まったのでしょうか。


 きっかけはイチローさんがまだメジャーリーグに行く前、オリックス時代にケガをしたことがあり、その際にトレーナーの方から紹介されたのが最初だそうです。まずは試しにCW-Xを着用したところ、良い感触を持ったと聞いています。


 その後、イチローさんがメジャーリーグに挑戦する際、「いかに故障せずに戦い抜くか」を真剣に考え、他社製品も含めてさまざまなウェアを試したそうです。その中から最終的に当社の製品を選び、そこから本格的なお付き合いが始まりました。メジャー移籍のタイミングからアドバイザーとしても協力していただいており、2002年からは正式にアドバイザリー契約を結んでいます。


――多くの製品を試した中で、イチローさんが最終的にCW-Xを選んだ理由はどこにあると考えていますか。


 イチローさんは股関節の重要性を非常に意識している方です。また、体の感覚が非常に鋭敏で、自身のコンディションや動きに対して常に高い意識を持っています。そのため、無駄な動きを排除し、ストレスがかからないことを最も重視しているのだと思います。当社の製品は、まさにそうした「ストレスのない動き」をサポートすることを目指して設計していますので、そうした点を評価していただけたのではないかと考えています。


――「ストレスがかからない」「無駄な動きをしない」という点について、CW-Xの商品はどんな工夫をしているのでしょうか。


 当社のCW-Xは、関節や筋肉の働きをサポートする構造を採用しています。例えば、年齢を重ねると肩甲骨周りの筋力が衰え、姿勢が前方に傾きやすくなります。その状態で腕を上げてみると、実際には思ったほど上がらないことが多いのですが、筋肉や関節ポートすることで、より自然で無理のない動きを実現できます。


 私たちは「疲労軽減」「体幹の安定」「可動性の向上」という3つの観点から商品開発をしています。筋肉は単独で動くものではなく、関節と連動して動くものですので、その関係性をしっかりサポートすることで、無駄な動きを抑え、正しい力の伝達を助けることができると考えています。イチローさんのようなトップアスリートが求める「無駄のない動き」「ストレスのかかりにくい着用感」を追求することが、私たちの商品づくりの根幹になっています。


●幅広い職域に訴求を


――やはり選手は違いを敏感に感じ取るのですね。今、CW-Xで新たな取り組みを進めている狙いは何ですか。


 ビジネス的な観点から言うと、CW-Xをもっと幅広い人に知ってもらいたい思いがあります。まずはランニングや野球など、しっかりと取り組んでいる方々に、あらためて伝えていきたいと考えています。次に、年齢を重ねた幅広い世代にも、この商品を届けたいと思っています。そして海外展開です。


 「幅広い」というのは、以前はスポーツコンディショニングと呼んでいたものを、今は「ボディコンディショニング」と捉え直しています。例えば、体を動かす仕事をしている方、カメラマンや自動販売機にペットボトルを補充する方、あるいは長時間手術をする医師など、スポーツ選手以外にも体に負荷がかかる仕事をする人はたくさんいます。そうした方々にもコンディショニング機能のある商品をもっと広めていきたいと考えています。


 スポーツをする人だけでなく、日常的に体を動かす全ての人に向けて、CW-Xを提案していきたいです。取材などで動き回る記者の方にも、訴求していきたいですね。


●アスリートから日常生活者へ拡大する市場


――イチローさんは、スーツ着用時でも下にCW-Xを着ていると話していました。こうした使い方が広がれば市場も大きくなりますよね。


 そうですね。やはり体を動かすということは、日常生活でも仕事でも避けて通れません。例えば、変な癖がついたまま動くと、どうしても疲れやすくなります。正しい姿勢で体を整えてから動かすことや、安定した状態で動き出すことが重要です。カメラマンの方が下からのアングルを狙うときなど、無理な体勢を続けると体に負担がかかりますが、CW-Xのようなウェアを着ることで、体を正しい状態に保ちやすくなります。ですから、スポーツ選手だけでなく、幅広い方々に使ってもらえる可能性があると考えています。


 2023年11月から新しいブランドスローガン「Be a better you」(今日より良い自分に)を掲げて活動を始めました。アスリートを中心に展開していますが、スポーツ以外の分野で体を動かす方にも体験してもらいたいと思っています。


●高品質を支える製法 競合との差別化は?


――CW-Xの価格帯は1万6500円から2万円くらいですが、この価格設定についてどう考えていますか。


 価格については、主に材料費と製造工程を反映しています。CW-Xには2つのタイプがあり、一つは生地を重ねて縫い合わせ、テンションの差を作るタイプ。もう一つは一枚の生地に特殊な処理をして、厚みや伸縮性に強弱をつけるタイプです。これはテーピングの発想から来ていて、固定が必要な部分には強いテンションをかけ、関節が曲がる部分には伸びる設計にしています。


 タイツの中でバランスよく強弱をつけることで、着用時は少しきつく感じても、動き出すと体にしっかりなじむようになっています。縫製にもこだわりがあり、タイツのライン部分は1本ずつ丁寧に縫い上げているので、加工に時間がかかります。こうした工程や素材へのこだわりを価格に反映しています。


――競合他社についてはどう見ていますか。


 最近では、スポーツメーカー各社がコンプレッションウェアを展開しています


 ただ、当社のCW-Xは関節や筋肉のサポートに特化した独自のライン設計を持っています。他社も同じには見えますが、アプローチや考え方は異なります。私たちは早い段階からこの分野に取り組み、独自の技術とノウハウを積み上げてきました。


●40〜50代男性に魅力をもっと届けたい


――ワコールやCW-Xの現在のユーザー層としては、どのあたりが強いのでしょうか。男女比や年齢層について教えてください。


 商品ラインアップ全体で見ると、スポーツブラなどを展開しているため女性向けアイテムの点数が多く、売り上げの成長性も高いです。ただ、スポーツタイツなどCW-Xの主力商品に限ってみると、男女ともに同じくらいの頻度で販売しています。特に多いのは40〜50代の方ですが、20〜30代の若い世代にも広がりつつあります。年齢層のピークはありますが、幅広い世代の支持を得ているのが特徴です。


――今後は40代・50代への訴求が中心になるのでしょうか。


 まさにこの世代の方々にこそ、CW-Xの機能やコンディショニングの考え方を訴求したいと思っています。35年以上の歴史を持つブランドとして、体を意識することの重要性や、長く健康でいるためのサポートをしっかり伝えていきたいです。CMなどの広告手法も検討していますが、まずは機能や原理が正しく伝わることを最優先にしています。着用感が合わない方もいらっしゃるかもしれませんが、コンディショニングの考え方自体を、幅広い世代の方々に訴求していきたいですね。


(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)



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