三菱電機は独自のデジタル基盤「Serendie」(セレンディ)を軸に、2030年度までにDX人材2万人体制を目指している。2025年4月には「DXイノベーションアカデミー」を設立。DXマーケティングやデータエンジニアリングなど7分野の専門育成を強化した。既存社員のリスキリングや新卒・中途採用、大学との連携など、多面的な人材戦略を展開する。
この基盤を支えるのが、全社的なデータ活用と生成AIの導入だ。2023年からグループ12万人を対象にAI戦略プロジェクトを推進。社内文書検索や設計支援、現場の効率化など幅広い業務で生成AIの活用を進める。Serendie基盤上でのAIプラットフォーム活用も始め、エネルギー需要予測や運用最適化など高度なデータ分析も展開中だ。
三菱電機がDX人材とAI活用を強化する狙いは? なぜ三菱電機「Serendie」は立ち上がったのか データドリブンによる価値創出の狙いに引き続き、同社執行役員で、DXイノベーションセンターの朝日宣雄センター長に聞いた。
●DXイノベーションセンターが支える全社横断の変革推進 詳細は?
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――さまざまなデータを可視化する取り組みがDXであり、Serendieなのだと思います。三菱電機にとってDXはどのような位置付けなのでしょうか。
私たちが進めているDXの目的は、事業そのものをデジタルの力で変革し、新しいソリューションやサービスを生み出していくことにあります。これはDXイノベーションセンターと各事業本部が連携しながら取り組んでいるものです。ハードから得られる多様なデータを活用し、顧客価値の創出や事業の競争力強化につなげていくのが狙いです。
一方DXは、社内業務の効率化やシステム刷新といった側面もあります。そちらは三菱電機デジタルイノベーションというグループ会社が担当しています。本来は事業側のDXと、社内業務のDXは一体で進めるべきだと考えていて、今後はより連携を深める必要があると感じています。
例えば、サブスクリプション型のサービスを展開する場合、従来の製造業の会計システムでは原価と売り上げの管理が前提となっているため、月額課金モデルのような新しいビジネスモデルに柔軟に対応できる社内システムへの変革も求められます。こうした社内システムのDXも、今後の大きな課題の一つです。
――DXイノベーションセンターとは、どんな組織なのでしょうか。
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DXイノベーションセンターは、2023年4月に設立された事業側の組織で、Serendieをはじめとするデジタル基盤の構築や、データ活用による新たな価値創出を担っています。ここでは、アジャイル開発や社内外の共創を通じて、顧客ニーズに迅速かつ柔軟に応えるサービスモデルへの転換を進めていて、全社的なDX人材の育成やネットワークづくりにも力を入れています。
●DX人材2万人体制への転換
――DX人材を、2023年度の6500人から2030年度に2万人へ増やす計画を発表しています。DX人材の定義と、具体的にどう増やしていくのかを教えてください。
もともと6500人とカウントした際のDX人材の定義は、スマートフォンアプリの開発やクラウドソフトの構築、データ分析といった技術系スキルを持つ人材を中心に、経営企画室が算出したものでした。ただ2万人体制を目指すに当たっては、単に技術があるだけでなく、新しいビジネスサービスモデルの企画や、アーキテクチャ設計、UI/UXデザイン、品質保証など、より幅広い役割やスキルを持つ人材を「DX人材」として定義しています。
具体的には、7つのDXスキル領域、DXマーケティング、ソリューションクリエイション、データエンジニアリング、UI/UXデザイン、DXアーキテクチャーデザイン、DXエンジニアリング、DXクオリティアシュアランスを定め、それぞれに応じた育成プログラムを整えています。
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2025年4月には「DXイノベーションアカデミー」という専門機関を設立しました。社内外の講座や実践的な研修、段階的な学習体系を通じて、既存社員のリスキリングや職務転換者・新卒採用者の育成にも力を入れています。
早稲田大学など外部教育機関との連携や、M&Aによる専門人材の獲得、さらには「Serendie Street Yokohama」などの共創拠点を活用し、社内外・国内外問わず多様な人材が集まり、実践を通じてスキルを高められる環境づくりも進めています。
教育プログラムの拡充と新卒・中途採用の強化、外部連携や共創の場の活用を組み合わせて、2030年度に2万人規模のDX人材体制を実現していきたいと考えています。
●生成AI活用で広がる三菱電機の現場力
――いま取材しているこの場所、Serendie Street Yokohamaとはどういった場所なのでしょうか。
パートナー企業や顧客、そして社内のさまざまな事業部門のメンバーが集まり、自由に議論や交流ができる場所です。2025年1月に横浜・みなとみらいの横浜アイマークプレイス内に設立しました。
このスペースには、ファクトリーオートメーションを担当する部隊や自動車機器、家電・空調系のリビングデジタルメディア事業本部、AIの専門チームなど、異なる分野の人材が集まっています。
従来は各部門が全国各地の工場や拠点に分散して業務を進めていましたが、同じ場所で多様なバックグラウンドを持つ人たちが混ざり合い、日常的に意見を交わすことで、これまでにない発想や新しい価値を生み出すことを狙っています。
――AIの専門部隊もあるとのことです。三菱電機として生成AIをどう捉え、どのような活用を進めているのでしょうか。
AIの専門部隊は、2024年2月に全社横断で組織し直し、現在は事業での活用、業務改革、そして製造現場での活用という3つの大きな柱で取り組みを進めています。生成AIについても、これまでの研究所や開発本部、コーポレートラボでの知見を生かし、全社的にどう活用していくかを役員層と月1回のペースで議論し、トップダウンで戦略を決めているところです。
具体的には、予防保全や異常検知といった製造業ならではのテーマは非常に重要で、従来のAIに加えて生成AIも積極的に活用し始めています。例えば、設備や空調機器などは長期間、安定稼働する一方で、故障が発生すると業務への影響が大きいため、故障の兆候を事前に検知し、早めのメンテナンスや部品交換を提案できるようにすることが大きな狙いです。
生成AIは社内業務の効率化や新サービスの企画・設計支援、さらには顧客からの問い合わせ対応や教育支援など、信頼性や専門性が求められる分野でも活用を進めています。当社では、高信頼なデータや専門家の知見、機器情報を組み合わせた独自の生成AIの開発にも注力しており、今後もグループ全体でアイデアを募りながら、幅広い現場での活用を拡大していく方針です。
●AIエンジニア育成と世代を超えた技術融合
――このイノベーションセンターとAI専門部隊は、どのような関係にあり、どんな情報交換をしているのでしょうか。
いまAI戦略プロジェクトのリーダーはDXイノベーションセンターの副センター長も兼務しており、組織的にも人間関係的にも非常に近い距離で連携しています。実際、私自身も長年一緒に仕事をしてきたメンバーですので、日常的に密な情報交換や戦略のすり合わせをしています。まさに表裏一体の関係といえると思います。
――AIの研究者やエンジニアの状況についてはいかがでしょうか。
AI技術者については、今まさに社内外で強化を進めているところです。私自身は第2世代AIの時代からこの分野に携わってきました。現在は第3世代、いわゆる機械学習や生成AIのブームが到来し、若い世代の技術者も非常に伸びてきています。
ただし、AI技術は世代ごとにアプローチや考え方が異なり、第2世代で培われたルールベースや知識表現、論理的推論の技術と、第3世代以降のニューラルネットワークによるパターン認識や生成技術は、それぞれ強みと課題があります。
今後は、こうした異なる世代のAI技術を融合し、さらに倫理的な面やドメイン知識、つまり現場や業界の知見を持った人材が、AIの本質を理解しながら応用面を広げていくことが重要だと考えています。
現状、三菱電機としてはAIそのものの基礎研究を大規模にリードするよりも、現場の業務や製品開発、業務効率化など応用面での活用に注力しています。具体的には、生成AIを活用した社内文書検索や設計書の知識探索、製造現場でのトラブルシューティング、開発プロセスの効率化など、各部門の課題解決に直結するテーマで試みを重ねています。
AI活用はコストやエネルギー効率、倫理面などさまざまな課題も伴うため、今後もドメイン知識を持った人材の育成や、パートナー企業との連携によるガバナンス強化など、実践的な取り組みを重ねていきたいと考えています。
●省エネ実証実験が示すAI活用の可能性と課題
――ドメイン知識のある人材は、人数を採用するというより、既存の人材へのAI教育が中心という理解でよいのでしょうか。
基本的には、今いる人材にAI教育を施していく方針です。ただ難しいのは、ドメイン知識を持つ人材というのは、大学時代から数式や論理的な手法によって問題解決を学んできているため、生成AIのようなアプローチに対してアレルギー反応を示すことがある点です。
実際、私たちも2024年、ソラコムや株式会社松尾研究所と共同で、空調制御に生成AIを活用する実証実験をしました。結果として、冬場の最適な条件下では約48%という非常に大きな省エネ効果が得られました。従来の空調専門家から見ると、比較条件や快適性の観点から疑問を持たれる部分もありますが、実際に大きな成果が出たのは事実です。
もちろん、なぜそのような結果が出たのか、今後さらに詳細な分析や精査が必要です。生成AIの判断による誤った制御や、外部からの悪意ある操作にも注意が必要です。ただ、こうした新しい発見や成果を専門家が受け入れ、活用していくことで、新たな事業の可能性が広がると考えています。ここは従来の知見と新しい技術の融合が求められる、非常にチャレンジングな領域だと感じています。
――Serendie関連事業の売り上げ目標は設定していますか。
2030年までに、Serendie関連事業の売り上げを1兆1000億円にするという目標を公表しています。
――2025年現在、進捗状況はどのようになっていますか。
まだまだ始まったばかりで、現時点で大きく語れる段階ではありません。ただ、従来から続けているサービス、例えば昇降機の保守などに加えて、そこにインテリジェンスを取り入れるなど、新しい取り組みを徐々に始めています。
世界的にも、機械の保守において状態監視保全や、修理時の故障箇所推定など、さまざまな分野でデータ活用を進めているところです。昇降機だけでなく、空調機や家電品なども含めて、情報を活用して推論精度を高めることによって、現場の手戻りや無駄を減らす取り組みを進めています。今はこうしたトライアルを積み重ねている段階ですが、手応えも感じていて、今後の伸びに期待しています。
●売り切り型からサービス型への事業変革
――Serendie関連事業とは、どのような基準で事業を区分しているのでしょうか。
Serendie関連事業は大きく2つに分けています。1つは、機器やシステムがクラウドにデータを上げる機能を持っていることが条件で、例えばエアコンやシーケンサなど、クラウド接続機能を備えたハードウェアが対象です。
もう1つは、これらの機器から得られるデータを活用して提供するサービスやソリューション事業です。具体的には、遠隔監視や保守サービス、サブスクリプション型の新サービスなどがこれにあたります。
現状では、売上高の多くをデータ収集機器が占めています。今後はサービスやソリューション事業の伸びにより、利益率の高いビジネスへと転換していくことを目指しています。従来の「売り切り型」から、顧客とつながる機器を活用した継続的なサービス提供へとビジネスモデルを変革し、収益の柱に育てていきたいと考えています。
――今後Serendieをどのように発展させていきたいと考えていますか。
今後はSerendieをグローバルに展開していきたいと考えています。国内、そして日本語だけで取り組んでいると、多様な分野の知見が集まるメリットはあります。一方、生成AIをはじめとした最新技術や新しい発想の多くは英語圏を中心に生まれてきています。異なる言語や文化で議論することで、考え方がよりクリアになったり、新たな気付きが得られたりすることも多いと感じています。
そのため、米国や欧州、東南アジアなど世界各地の拠点や人材と連携し、グローバルなネットワークを強化していきたいと考えています。現地に長期赴任するのではなく、例えば海外のメンバーが数カ月、日本に滞在したり、日本側のメンバーが海外に短期間滞在したりするなど、柔軟な人的交流を進めたいです。これによって新しいDXを志す仲間同士のネットワークをより強固にしていきたいと思っています。
こうしたグローバルな取り組みを通じ、Serendieを核に多様な人材や知見が出会い、社会や顧客の課題解決につながる新たな価値を生み出していきたいと考えています。
(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
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