こんにちは! refeiaです。
今日はワコムの一体型ペンタブレット「MovinkPad 11」を見ていきましょう。ワコムの一体型といえば、2019年の「MobileStudio Pro(第2世代)」以来です。かなり久しぶりの登場ですが、当時の高級路線とは真逆に、何と同社の直販価格で6万9080円という手にしやすい価格になっていながら、上位モデルと同じPro Pen 3が付属しています。
いや本当、6万円台でワコムの使い勝手が良いペンでバンバン描けるなら夢のような話です。しかし、そんなおいしい話があるはずが……というわけで、実力を探っていきましょう。
●使いやすさへの工夫があるボディー
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まずは本体を見ていきましょう。MovinkPad 11は、基本的に「11型の格安Androidタブレット」と「Pro Pen 3のペンシステムとそれに見合うディスプレイ」をくっつけたような製品です。
自分はPro Pen 3は高級路線/上質路線と思い込んでいたので、この組み合わせには驚きましたし、その手があったか! と感心しました。
表面はアンチグレア・アンチフィンガープリント処理を施したガラスで、ペンを滑らせた時の感触も液タブに近いです。アスペクト比は3:2(2200×1440ピクセル)で、横持ち時は縦幅に余裕を感じやすく、縦持ち時も細長くなりすぎないため比較的受け入れやすい、好ましい比率です。
ボディーはギラつきを抑えた、しっとりめな仕上げのアルミ製で、上質な印象です。
カメラの出っ張りはなく、四隅にゴム足があり、四辺がわずかに丸まっています。この形のおかげで、そのままテーブルに置いてもカメラの角がゴリゴリ擦ったりすることがなく、どの方向からでも手の爪を引っ掛けて持ち上げやすいです。
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上面の左右に電源ボタンとボリュームボタン、右側面にUSB Type-Cポートがあります。
また、CLIP STUDIO PAINT DEBUTの2年ライセンスが付属します。初心者でも追加のアプリ購入をせずに、人気のあるアプリの使い方を学び始めることができます。
●上位機と同じペンが付属
本機はPro Pen 3が付属しています。ペンについては、もう散々書いてきたので詳細は省きますが、Cintiq Proのような高価な液タブに付属しているのと同じで、反応も良く、視界も良く、超軽い筆圧からかなり強い筆圧まで自然に拾い上げてくれる優れたペンです。
替え芯は軸の中に3本入っており、付属するのは装着済みも含めて「フェルト芯」のみです。
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Cintiq Proと違ってカスタマイズパーツは付属しないため、太軸やオモリ、標準芯などが必要ならば、別途追加で入手する必要があります。
また、ワコムの一体型デバイスあるあるなのですが、ペンが前提の製品にもかかわらず運搬に適した形で装着したり収納したりする機能はありません。本機はWacom Oneシリーズ用の安価なペンもサポートしているので、予備に買っておいて常時持ち歩いてしまうのも良さそうです。
●タブレット端末としては極めて標準的なスペック
Androidタブレットとしてのスペックも見ておきましょう。
・SoC:MediaTek Helio G99
・メモリ:8GB
・ストレージ:128GB (microSDメモリーカードスロット無し)
・ディスプレイ:11.45型
・解像度:2200×1440ピクセル/90Hz
・スクリーン:アンチグレア・アンチフィンガープリント処理
・指紋/顔認証:なし
性能的には、数年前のミドルスペックAndroidぐらいです。処理が重いクリエイティブやゲーム用途には向かないものの、Web閲覧や一般的なアプリは、iPhoneやAndroid上位モデルに慣れていたら差は感じるとしても、普通にサクサク動きます。
この「Helio G99」は、1年ぐらい前の格安Androidタブレットに大量採用されたチップで、この分野を見張っている人は飽き飽きしているのもあって辛めのコメントをしがちです。
とはいえ、基本的にはタブレット端末が得意とする用途において、こんなに安く快適に動くんだ、ということで評判を上げたSoCです。メモリにも比較的余裕があるので、昔の格安タブレットや、実際は4GBなのに16GBなどと誇大表記している最近の激安タブレットのように、何をやってもモッサリ動くということはないですし、過度に心配することはないでしょう。
特にWebページの閲覧や電子書籍などでは、アンチグレア処理のおかげで画面を見やすく感じました。一方で、画像や映像の美しさを重視する用途では、画面に強い光が当たると黒浮き気味になるので照明に気を遣う必要があります。これは液タブを使うときに気を付けるべきポイントと同じです。
また、動画のDRM対応状況をチェックするアプリでは「Widevine L3」という結果が出ていました。商業系の動画サービスの利用を見込んでいる人は気を付けておくと良いでしょう。スピーカーも低音が弱くて優れているとは言いづらいので、音楽や動画を高音質で楽しみたいならBluetoothイヤフォンなどを用意するのが良いです。
●シンプル志向の独自アプリを搭載
本機は、基本的にはかなりプレーンなAndroid端末ですが、CLIP STUDIO PAINTと3つのワコム独自アプリが入っています。「Wacom Canvas」はドローイングアプリ、「Wacom Shelf」は画像一覧アプリ、「Wacom Tips」はビジュアルと文章で容易に使い方を学べるヘルプアプリです。
後でもうちょっと使いますが、それぞれ軽くチェックしていきましょう。
Wacom Canvasは、描きたいときに素早く使えるアプリを目指して作られていて、黒鉛筆/青鉛筆/筆/消しゴムをシンプルに使って描きます。
ブラシの色や太さを選ぶこともできず、レイヤーや編集機能もありません。素早いイメージスケッチや下書きを想定されているようで、「キャンバス」というよりは「コピー紙と鉛筆」の方がイメージが合うと思います。
また、ペンで画面に触るだけでアンロックせずに新規画像で描き始める機能、今描いている画像を素早くWacom CanvasやCLIP STUDIO PAINTで開く機能もあります。
Wacom Shelfはファイル閲覧アプリで、端末内にある画像を一覧でき、Wacom CanvasやCLIP STUDIO PAINTで手軽に開くことができます。
Wacom Tipsは印象が良いです。アニメーション付きで分かりやすく、パラパラめくっているだけで何となくいろいろなことを把握できてくるため、使い始めのユーザーは助かると思います。
●「液タブ化」の夢はかなう。ただし……
本機はあくまで一体型タブレットで、PCに接続しても液タブとしては動作しません。ですが、AndroidタブレットをPCに接続して液タブのように使えるアプリも複数あり、本機での利用も注目されています。
実際に画面が表示されて筆圧付きで描け、タッチ操作もできます。
この分野、iPadなどで発展してきた時期は自分も熱心に探ったもので、実際にずいぶん遅延などが改善して実用的になりました。ですが、結局本物の液タブとは一定の差があるまま縮まらなく感じてしまい、今は以前ほど熱心ではないです。改めていくつか、USB接続を中心に試用しましたが、ありがちなデメリットは以下の通りでした。
・USBやWi-Fiで転送するため画質に妥協が必要
・遅延が(気にしないことにもできるけどちょっとな……)ぐらい発生する
・ペンの位置検出の精度が落ちる
・ホバーカーソルが出ないなどの機能削減
気付かないケースもあって、厄介なのが位置検出の精度の問題です。本来のペンタブは1ピクセルより細かい単位で位置を検出することによって、解像度やズーム域に関わらず正確で滑らかな線を描くことができます。しかし「液タブ化」ツールでは、多くの場合この精度が低下する(たぶん画面のピクセル単位になる)ようです。線が微妙にガタついて描きづらく感じたり、作品の品質に影響したりすることもあります。
確かめる方法は小さくズームアウトしたキャンバスに「ドットペン」で小さく何かを描いて、それを元のサイズにズームインすることです。これで、座標取得が荒くなっているのを拡大して観察できます。
なぜこんなことにすぐ気付いて確かめられるかというと、大昔にワコムの液タブで似た問題が出て苦労、もとい学びを得たからです(ありがとうワコムさん、ありがとう!)。
これらのツールはサブディスプレイ的にも使えますし、精度や応答性がほどほどでいい用途では依然として価値が高いです。ただ、液タブの代わりにしたいと考えている人は、描き味を高めようと技術者が作り込んでくれたスペックを、いくつも捨てながら使っているかもしれないことを覚えておいてほしいです。
イラスト用途でのこういった液タブ化ツールの自分のおすすめは、非日常/予備用です。
●実用度チェック1:Wacom Canvas編
さて、与太話はほどほどに、そろそろ実際に試してみて本機の感触を見ていきましょう。評価機のCLIP STUDIO PAINTはDEBUT版で、Pro版以上で使えるレイヤーが含まれたいつもの魔女さん画像は編集できません。なので、まずWacom Canvasでいろいろ楽しくやった後に、パフォーマンスチェックのためにCLIP STUDIO PAINTでも少し作業してみます。
Wacom Canvasは機能が非常に少ないですが、鉛筆と筆の描き味はかなり良いです。特に追従性はPC+液タブで慣れた感覚より少し良いぐらいで、むしろiPad + Apple Pencilに近く感じます。
お気に入りは筆です。何を描くともなくツルツル動かしているだけでも楽しいし、筆圧の使い方だけでペンのようにもマーカーのようにも、筆のようにも書けます。
ただ、機能制限にも程があるというか、移動や変形でミスをカバーしたり、別レイヤーでざっくりした手戻りの機会を作ったりできないのは、むしろ上級者向けに感じます。下の例は青鉛筆で大ラフ→消しゴムで青を薄くする→黒鉛筆で2段目ラフ、と進めたものです。ここから先は2タップでCLIP STUDIO PAINTに移して、となるでしょう。
これなら「最初からレイヤーと編集が使えるクリスタで便利に描けばよくね……?」というのが頭をよぎりますが、気持ち良さはこちらが上なので立場がないわけではなさそうです。
そして、Wacom Shelfは一見シンプルでオシャレですが、一時的なフィルター機能こそあれ、分類や削除などのファイル管理機能がありません。それゆえ、描きかけですぐやめたりDoodlingしたりしただけのようなファイル、一覧に出したくないファイルなどが大量に散らばりっぱなしになります。
アンロックしなくてもペンを画面に触れるだけで描き始められる機能は、常に新規画像になって、先に開いていた描きかけの画像が保存して閉じられてしまうのがなじめなくて、あまり使う気になりませんでした。コストに関わるとしても、顔認証か指紋認証などで楽にアンロックして自分が開いていたファイルに触れるようになっていた方がうれしいです。
全体として、描き味や見た目のスッキリ感など光るところこそあれ、機能が絞られすぎて逆に使いこなしが難しくなっていると感じました。熟成と機能向上を願いたいところです。
●実用度チェック2:CLIP STUDIO PAINT編
いつもの魔女さん画像から大量の調整レイヤーなどを削除してDEBUT版で利用できるようにしました。軽くなったファイルなのと、自分の常用ブラシではないので直接操作感を比べることはできませんが、作業してみた印象を書いていきます。
・線画や軽いブラシの遅延感はPC+液タブに近く、問題ない
・長辺4500ピクセルの高解像度なファイルの割には、すんなり読み込めた
・作業中にメモリ使用量が多いとの警告は出た
・レイヤーグループの表示/非表示などは確かに遅いものの、我慢できないわけでもない
・「混色円ブラシ」はサイズ100ピクセルぐらいからモッサリ感が目立ち始めた
調整レイヤーや効果レイヤーを乱暴にかぶせまくらないでおくと、案外いけるんだな、という感想になりました。とはいえ実用的かというと、ブラシの重さもピンキリ、制作スタイルもピンキリなため、人によるとしか言えないです。PC+液タブで性能もメモリも食べ放題にしている作業を、全ては収容できないのも当たり前のことです。
ラフや案出し、気軽なイラスト用途に使えるのは当然として、ガッツリ制作で実用性を得るための鍵があるとしたら解像度でしょう。基本的には作業解像度を下げると、それに二乗して計算量もメモリ負荷も下がるので、非力な端末でもどんどん実用度がアップします。
SNSや趣味絵ならば、それほど気にせず2000ピクセルやそれ以下で描けばいいと思います。4K(3840×2160ピクセル)や印刷用などの高解像度が必要な用途でも、CLIP STUDIO PAINTには「スマートスムージング」という高性能な拡大アルゴリズムもあるので、相性が悪い画風でなければ小さめに描いて最後に拡大するというワークフローもあり得るでしょう。
バッテリーの持ちも問題なかったです。画面輝度を50%に設定して、Wacom CanvasやCLIP STUDIO PAINTで集中して作業していると、バッテリーは時速14%ぐらいのペースで減っていきました。そもそもそんなにハイパワーなチップが搭載されているわけじゃないので、ある意味安心感があります。
●まとめ
それでは、まとめていきましょう。MovinkPad 11は、Pro Pen 3の魅力をひたすら手軽に味わえるようにした一体型タブレットです。Androidを採用することでPCの煩雑さから離れられただけでなく、7万円を割り込む低価格を実現しています。
アンチグレア画面は、画面の見やすさやタッチのサラサラ感などの優れた体験をもたらし、イラスト以外ではWeb閲覧や電子書籍などの文字を読む用途で特に快適に利用できます。
一方で、そのための妥協も大きいです。ペン性能やディスプレイ以外はあくまでベーシックな「格安Androidタブレット」に近いです。最近は安価なチップでも多くの用途で必要十分に動けるようになっているので過度の心配は不要ですが、生体認証の欠如は、同社が近年のミッションに掲げている「クリエイターの手を止めない道具作り」という面でも喜ばしい仕様ではありません。
これからデジタルイラストを学びたい入門者にとっては、PC接続などの煩雑さがなく、購入してすぐに一番良いペンの感触と運筆を身につけられ、追加費用なくポピュラーなアプリの使い方も学べるかなりリーズナブルな機会になります。
既に自分の描き方やワークフローを持っていて、自分の制作スタイルを収容したいと思うならば、それなりに吟味する必要があります。仮に性能に不足を感じたとしても制作時に解像度を下げることで緩和できる可能性は高いですが、自分のおすすめは、この端末はこの端末での使い方を見つけて楽しむことです。
一方でPC+液タブでハイレベルな制作をしているような人も、旅先でフレッシュな気持ちで案出しをしたり、オフ時間のアイデアメモなどを慣れた描き味でできたりするのはなかなかのメリットです。もしPro Pen 3機材を既に使い込んでいるならば、予備ペンを持っておくための費用を差し引いて考えられるので、より価格が折り合いやすくなるでしょう。
といったところで。
ガジェットヲタの民の血が混じっているボク個人としては、「古くないDimensityのSoCと13型とかで出たら気絶するかも……」などと考えてしまうのですが、そうすると、既に幅を利かせ過ぎている上にエコシステムも優れているiPad上位モデルと対決させられる価格帯になるかもしれません。
対して現在のiPadベースモデルは、10年前の初代Apple Pencilにアダプターを介して接続させるという、筆圧ペン目的で買うには壊滅的とも言える微妙さです。そういう状況を見るに、その隙をつく恰好になっている本機はやはり正解なのだろうな、という気がしますね。
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