ココリコ田中はなぜ“頭足類”に魅了された? 『タコ・イカが見ている世界』著者・吉田真明に聞く最新研究

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2025年07月31日 13:00  リアルサウンド

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 魚屋でも水族館でも見かける、日本人にとって身近な海洋生物であるタコとイカ。両者ともに“頭足類”の仲間だが、非常に興味深い身体と脳の構造を持っていて、そのユニークな生態が最新研究で明らかになりつつある。


 その興味深い生態の一端を明らかにした一冊が、『タコ・イカが見ている世界』(吉田真明・滋野修一/著、創元社/刊)である。本書によると、タコ・イカは他個体とのコミュニケーションや鏡像認知などの能力があり、ヒトにも通じる高度な知性の持ち主であるということがわかってきている。



 そうした高度な知能を持ち得た背景には、動物の進化史から特異な身体の構造、そして恋愛感情をもつなどの社会性も影響しているという。今回、著者の一人である吉田真明氏と、生き物をはじめ、海洋生物に造詣の深いココリコの田中直樹氏とのスペシャル対談が実現。田中氏もタコ・イカに興味津々のようで、さまざまに質問を繰り返した奥深すぎるタコ・イカの魅力をお届けする。


■貝とタコ・イカは共通の祖先だった!?

――本書にはタコ・イカの豊富な写真が掲載されていて、生態についてもわかりやすく解説されています。吉田先生はどのようなコンセプトで執筆をされたのでしょうか。


吉田:はじめに編集者の方から、ピーター・ゴドフリー=スミス氏の『タコの心身問題』という本がベストセラーになっていて、何かタコについての本ができないかとお話しをいただきました。知性を持っているタコが話題になったおかげで、近年タコ・イカは面白い生き物だと関心をもつ方が増えています。


 ちょうどそのタイミングで、2024年の4月に島根県のしまね海洋館さんと協力してダイオウイカの公開解剖を開催しました。その時に撮影した写真がとても貴重なこともあり、世の中に出したいとも思っていたのです。既に日本からもタコ・イカ本が何冊か出ているなかだったので、タコ・イカの写真を中心とした、私たちしかできない本を作りたいという思いもありました。他の生物と何が違って、どうユニークなのか……という科学的興味の入口となるような本に仕上げることができたと思います。



田中:タコ・イカには海洋生物の中でも独特な生き物というイメージがあります。姿形もそうですし、知能も他の生き物とは違っているそうですね。この本では体の成り立ちについても書かれていますが、他の哺乳類や生き物と違う進化の道をたどって、現在に至っていることがよくわかりました。


 僕が特に引き込まれたのが、貝とタコ・イカが共通の祖先であることです。足が形成される段階でほんの少し似ている時期があることがわかり、興味深かったです。タコ・イカも貝も水族館や魚屋で見られる身近な生物ですが、共通の祖先として繋がりがあるのが面白いと思いました。


吉田:タコ・イカとオウムガイがそっくりな時期の写真が載っているのは、、この本の醍醐味の1つだと思っています。オウムガイは貝殻があって、貝とタコイカの中間の形を残している古代生物です。その卵の中の時期の“胚”の写真を載せた点が、一般書ではオンリーワンです。オウムガイは深海生物なので写真撮影が難しいんですよ。ところが、日本の鳥羽水族館では繁殖を頑張っているので、オウムガイの卵を手に入れられる数少ない環境があるのです。


 鳥羽水族館ともう一人の著者の滋野修一さんとの共同研究では飼育担当者に孵化の途中の卵を開けてもらい、とても貴重な写真を撮影することができました。オウムガイは絶滅危惧種のため、まとめて飼い、繁殖を実現できている施設は世界的にもほとんどないと思います。


■アオリイカに煽られた!?

――田中さんはタコ・イカに対して、どのようなイメージをお持ちですか。


田中:以前海の中で砂地に産卵したアオリイカの卵を見たことがあるのですが、その時、20匹くらいのアオリイカにぐるっと囲まれる体験をしたことがあるんです。


 見渡す限り、辺り一面がイカ、イカ、イカなのです。サイズも大きい“アオリイカに煽られる”貴重な体験をしたわけですが、吉田先生、これはアオリイカが僕を威嚇していたのでしょうか。


吉田:天敵に対し、集団で攻撃する性質はアオリイカにはありませんので、威嚇ではなさそうです。おそらくですが、向こうも気になって寄ってきたのではないかと思います。興味あるものを注視して、観察する性質があるんですよ。魚は気になるものをパッと見るわけですが、アオリイカは目が合うといいますか、しっかりこっちを見るのが特徴ですね。


田中:まさに、そうなんです。ずっと同じ位置で僕の様子を観察しているようでした。自分のなかでもとても思い出に残る体験でしたね。ところで、イカは群れを成すイメージがありますが、タコはそういう場面に遭遇したことがありません。


吉田:日本にいるタコはほとんど単体で生活します。縄張りがあって、そこに他の個体が来ると嫌がります。ただ、沖縄で見られるソデフリダコなどは、チームを作って生活していることで知られます。ゴドフリー=スミス氏の著書にも、タコが群れを成して住んでいるというオクトポリスの話がでてきます。ただ、彼らの集団にボスがいるのかどうか、そしてオスばかりなのか、メスばかりなのか……など、詳しいことはまだわかっていません。


 一方で、イカの集団には明確にリーダーがいて、敵に反応すると一斉に逃げる性質があります。しかも、リーダーの入れ替わりがあることまで研究されています。


田中:同じように見えるタコ・イカの中でも種類によって生活スタイルが異なっていたり、体の持つ機能の違いも含めて、とてもユニークだと思います。見た目も生活スタイルも様々なのですね。


――ちなみに、タコとイカに共通している部分はどのようなところでしょうか。


吉田:体の作りは一緒です。卵のなかで体が作り上げられる時に、ほとんど同じ工程を経ています。脳みその位置、口、胃などの並び順も同じですね。ところが、孵化する直前になるとそれぞれの特徴が出てくるのです。


 イカは吸盤に歯がありますがタコにはないですし、イカはヒレがあってそれを使って泳ぐなど、細かい差が生じます。基本構造は同じですが、生態や機能によって場所ごとに違いが出てくる、と説明すればわかりやすいと思います。


 また、タコ・イカが貝と比べて違うのは、見たものの知識をインプットして、その知識をアウトプットできる点です。鏡に映った姿が自分だと理解もできます。


田中:それはすごいですね。魚にはできないことですよね。


吉田:はい、できるのは脊椎動物のなかでも哺乳類ぐらいしかいない。それをタコ・イカはできてしまうんですね。



■“スローライフ”を謳歌する深海のタコ

――本にはタコ・イカの最新研究が多数掲載されていますね。


吉田:この本での僕の“推し”はメンダコなのですが、研究の中で一番面白いと思っているのがコウモリダコです。オウムガイよりも希少なくらいで、東海大学の実習船で捕獲されたものを提供してもらい、ゲノムを解析しています。


 コウモリダコは深海200〜500mを漂っているタコで、捕るのが難しいのですが、最近は室蘭など北海道でも捕れます。これまでは世界でもモントレー湾水族館くらいでしか研究できていなかったのですが、日本では漁師さんが捕ってくださるおかげで、研究の突破口が見つかりました。


 今、もっとも興味があることは“スローライフ”です。タコもイカも一回産卵したらそれで命が終わります。生物の生活と死がリンクしていることを、“自殺生殖”といいます。


 しかし、メンダコやコウモリダコなどの深海に生息するタコはそうではありません。ゆったり生きて卵を産んで、どうも10年ぐらい生きているのではないか。彼らがどんなメカニズムで進化し、体にはどんな影響が及んでいるのかを研究しています。


田中:イカも深海にめちゃくちゃ多く生息しているイメージがありますし、深海の食物連鎖を支えているイメージがあります。巨大な生き物がわざわざイカを食べにくるじゃないですか。それだけ、深海にはすごい数がいるんだろうなと想像してしまいます。


吉田:そうなんです。イカは生物量としてトップに近いですね。深海はイカにとっての天国なのでしょう。そもそも、深海に進出するのは簡単ではありません。適応できる体を持っている生き物は限られているのです。


 イカは深海に生息するため、体液の中にアンモニアを大量に貯め、浮力を持たせています。サメも似た仕組みを持っています。ちなみに、ダイオウイカもメンダコも味は“まずい”といわれていますが、それはアンモニアのせいなのです。



■タコ・イカが持つ知性は凄い

――タコ・イカは人間のように愛情をもち、求愛行動をしたり、社会性や高度な知能もあるそうですね。


吉田:コウモリダコを提供してくれた東海大学の佐藤成祥先生がそういった恋愛事情の研究者で、“どのイカがモテるのか”を研究しています。体が大きいオスがメスを全捕りするそうです。


田中:イカの性別はどうやって見分けるのですか。腕を見るのでしょうか。


吉田:主に模様ですね。アオリイカなどはキスマークといわれる、茶色と白の縞々が大きなオスにはありますが、メスにはありません。ほかにも、人間にはわからない光の波長によってコミュニケーションをしているのでしょう。


田中:タコ・イカは模様も色も個性的なのに、色を認識できる視覚細胞みたいなものは持っていないのですね。色鮮やかな生き物は色を見るイメージがありましたし、勝手に見えているものだと思っていました。


吉田:タコ・イカは基本的にも色盲ですね。ホタルイカは、唯一複数の光を見わけているんじゃないかという説があります。光を感じるためにはビタミンAが必要ですが、ホタルイカは構造の違うビタミン類を使い分けていると言われています。自分たちの発光と他の生物を色で見分けているのではないかと考えられていますが、詳しくはわかりません。


田中:ホタルイカの目って、食べた時にめっちゃ歯に詰まりますよね。ホタルイカが有名な富山でも「気をつけてね、歯に詰まるから」と言われましたが、本当によく詰まる。でも、ホタルイカは色が見えているかもしれないというお話を聞くと、違った視点を持つことができました。


■タコ・イカが生命の起源を探るカギに

――本書の第3章では、タコ・イカのゲノム解読の話題を取り上げています。


吉田:ゲノムとは生命の設計図のことで、その生命を作り上げている遺伝情報のことを指します。2024年末時点で、タコ・イカは一通りゲノムの解読が終わっています。そして、タコはRNAを編集できることもわかっています。


 生物の身体はタンパク質で作られています。その設計図であるDNAがタンパク質に変化する橋渡しをするのがRNA。これを編集できるということは、遺伝子に書かれていない情報を途中で付け加えられるということ。こうした生物は他にはいません。


田中:編集できる能力があることで、適応する世界が変わっていくのでしょうか。


吉田:タコには中南米の30℃の水温と、南極の−1.8℃の水温で生活している仲間が存在しますが、これらは温度などの状況に応じてRNAを編集し、高温仕様と低温仕様にすみ分けていることが最近の研究で明らかになりました。他の生き物にはありえない能力です。これは生物学的にも特異であり、タコ・イカを通じてゲノムやRNAの研究が進んでいます。


田中:第3章は、今後の生き物の研究において、何か大きなヒントになるのではないかと思いました。ヒトやほかの生き物にも研究の成果が生かせそうです。タコ・イカが科学の未来を切り開いていくかもしれませんね。


――そういった未知の世界に迫ることが、研究の醍醐味なのでしょうか。


吉田:それがあってこその研究です。研究対象となっていた生き物が、それまでにない価値を生み出してくれる。偶然の発見や実験の失敗、予想外の出来事でそれまで見えていた世界が変わってくるのです。タコ・イカがそうした刺激を与えてくれるおかげで、僕は研究者をやれています。


田中:タコ・イカも嬉しいんじゃないでしょうか。もしかしたら自分でも気づいていない、潜在的な能力を研究者が引き出してくれるんですから。



■タコ・イカと友達になった気分になれる

――この本をどんな方におすすめしたいでしょうか。


吉田:最近はSNSで生き物を発信する人が増えて、生態写真がどんどんネット上に公開されているのがありがたいです。生態写真が増えることで、さまざまな研究に役立つことがありますから。海や水族館の写真を載せる人は多いですし、愛好家のなかにはタコを自宅で飼っている人も見受けられます。


 僕はぜひ、タコ・イカに興味を持ってくれる子供が増えてほしい。タコ・イカがどんな世界で生きているのかに、関心をもってほしいです。その入口としてこの本を手に取ってほしいと思います。


田中:『タコ・イカが見ている世界』を読んで感じたのは、文章は読みやすかったですし、写真も多くてとてもわかりやすい本でした。ゲノムのお話は難しい箇所もありましたが、タコ・イカの最新情報が盛り込まれているのが嬉しかったです。


 それだけでなくて、タコ・イカとは何なのか、なぜあの形になって今の生活になっているのか……といった進化の歴史までしっかり書かれていますよね。身近な生き物ですが、ぜんぜん知らなかったことがたくさんありました。


――タコ・イカはもちろん、科学の世界への入口となってくれそうな本でもありますね。


田中:僕はこの本を読み終えて、タコ・イカと友達になった気分になれました。それといかに不思議でユニークな生き物だったのかを再確認できました。やはり研究者の方が書かれる本はいいですね。最前線でトライ&エラーを繰り返した成果を、本として読ませていただけるのはとてもありがたいです。


吉田:研究者のなかだけで話していると世界が広がらないので、研究をかみ砕いて皆さんに伝えるのは、大変ですが、楽しい作業でもあります。読んでくれた方にタコ・イカの面白さが伝われば嬉しいですし、そう感じていただけるように様々な話題を盛り込みました。もっとも、今回はちょっと詰め込みすぎたかもしれません(笑)。



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