釣った錦鯉の胃から出てきたモノとは? 幽霊譚から人間の怖い話まで、百のホラーを”語る”小説『怪異―百モノ語―』

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2025年07月31日 19:00  リアルサウンド

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『怪異ー百モノ語ー 僕が君に語りたい百の怖い話』(椎葉伊作/MPエンタテイメント)

 「やあ、それじゃあ、そろそろ始めようかな。ハハハ、そんな顔しないでよ。僕は君に聞いてほしくて、ちゃんと百個も怖い話を用意してきたんだから」――そんな軽い口調で語りかけてくる“僕”の声に、つい気軽に耳を傾けてしまったら、もう後には戻れない。語りはすでに始まってしまっているし、“僕”は何が何でも百話すべてを語り終えるつもりなのだから。


【写真】文芸レーベル「MPエンタテイメント」野口俊樹が語る編集者の役目


 椎葉伊作『怪異―百モノ語― 僕が君に語りたい百の怖い話』(MPエンタテイメント)は、Web小説サイト「カクヨム」発の怪談ショートショート集。百物語の形式を借り、語り手の“僕”が、読者である“君”に、一話完結の怖い話を次々と披露していく。この本の真の恐怖は、個々の怪談だけでなく、“僕”の語りそのものが読者をじわじわと追い詰める構造にある。


 まずは怪談について触れよう。幽霊譚から人間の怖い話、あるいはちょっと不思議な話まで、バリエーション豊かなホラーが収録されている。共通しているのは、違和感の扱い方が巧みであるということだ。たとえば十四話「錦鯉」では、主人公が小学生のころ、釣り場で見つけた錦鯉を解体すると、胃袋から髪の毛の束が出てくる。子供心に疑問は抱いていたものの、大人になってから知ったある事実によって、おぞましい想像が頭をよぎる。三十六話「溝の女」では、主人公が小雨の降る中に自転車を走らせていると、側溝から水が溢れている。注意深く観察していると、狭い側溝にミチミチにはまり込む、“見てはならないもの”に気づく。このように、些細なズレから平穏な日常が壊れていく短い物語は、読み終えた後までふと現実に滲み出してくるような嫌な感覚が胸に残る。


 また、特に印象的だったのは、九十六話「水と化して」。ホラーに欠かせない水をテーマにした復讐劇だ。女子大生たちが知り合いの社長のクルーザーで海へ出かけるが、一人の女の子が社長の誘いを拒み、自ら海に飛び込んで命を落とす。真相は金で口封じされ闇に葬られたが、数年後、生き残った者たちは順番に不可解な現象に襲われる。短編ながら、無責任な人間の恐ろしさと、孤独に海に沈んだ少女の悲しみが濃密に描かれ、読後に重い余韻を残す怪談だった。


 個々で見ても語りがいのある怪談が多いが、本書の最も大きな特徴であり、最も恐ろしさを感じるのは、作品全体を取り巻く語り手=“僕”の存在だ。“僕”は「怖かったかな?」「次はね……」と、まるで友人に怪談を披露するかのような馴れ馴れしい口調で、一話終わるごとに話しかけてくる。それは百話目というゴールまで、読者を巧みにナビゲートしているようにも感じられる。彼の案内通りページを捲っていくうちに、怪談を読んでいる自分が、“僕”の語りの中に取り込まれていることに気づくだろう。


 そして、10話ごとに差し挟まれる“僕”自身の物語では、彼の過去にまつわるおぞましい事実が少しずつ明かされていく。飲み会の席で、突然「お前、怖い話とか好きだよな?」と切り出してきた親友。その様子はどんどんおかしくなっていき、まるで取り憑かれたかのように怪談サイトをひたすらスクロールするまでに。そして、物語の後半で明かされる“僕”と親友の間に起きた惨劇。そこで、今まで親しげに語りかけてきた“僕”の化けの皮が剥がれ、本性が露わになる瞬間は、多くの読者に衝撃を与えることだろう。


 そもそも百物語とは、複数名の参加者が順番に怪談を語り合い、百話を語り終えたとき“何か”が現れるとされる、日本古来の儀式だ。しかし本書では、“僕”がたった一人で語り、読者である“君”がそれを黙って聞き続けるという構造になっている。語り手と聞き手、たった二人きりの閉じられた空間に生まれる緊張感と静かな恐怖は、じわじわと読者の心を侵食していく。そして、すべて読み終えるころには、自分が“百モノ語”という奇妙な儀式の一部に強制参加させられていたことに気づくのだ。


(文=南明歩)



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