ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――トランプが全世界と繰り広げている関税戦争ですが、なぜアメリカは保護貿易を行なおうとしているのでしょうか?
佐藤 トランプにとって、国益が全てです。保護貿易で自国の産業を守らなければ戦争に負けてしまうとトランプが信じているからでしょう。
――それはウクライナ戦争におけるロシアからアメリカは学びました。
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佐藤 そう。国力はGDPではなく、生産力で測られることをあの戦争でトランプは学びました。
――アメリカが保護貿易となると、日本の貿易はどうなるのですか?
佐藤 地産地消が主となり、外国製品を使わなくなってくるでしょう。白物家電は日本で作るし、食も同じで国産のものを食べるようになります。そして、国産のものを消費しましょうとなれば、労働者の賃金も当然上がります。
――グローバル主義で賃金の安い国外に工場を移動させて安く作るのではなく、どんなに賃金、価格が高かろうが、全て日本の国産でいくと。
佐藤 はい、国産でやっていくとなります。しかし、どうしても日本国内で技術的にできない、あるいはその物自体がないものもあります。
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――たとえば、レアアース。
佐藤 そう。レアアースとか、コーヒーなども輸入しなければなりません。
――すさまじく高額になるけど諦めてください、と。
佐藤 すさまじく高額にはならないと思います。いずれにせよ、給料も上がりますから。賃金の高い日本人が作りますからね。
――なるほど。
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佐藤 外国製品が減って国産品が増えれば、特に困りませんよ。
――家電量販店でも白物家電やテレビが再び、日本製になっていると。
佐藤 そう、少し昔に戻るだけです。これまでやっていたのですから、可能です。
自動車だけで考えても、例えばバイデンのグリーンニューディール政策でEV(電気自動車)の普及が行なわれました。それが進んで、ヨーロッパが疲弊しなければ、完全に電気自動車世界になったはずです。
――はい。
佐藤 もしそうなれば、愛知県にあるトヨタの下請け会社は全滅していたでしょう。自動車業界における日産の地位も変わっていた。いち早く電気自動車に舵を切っていた日産が有利になっていたでしょうね。
――まさに一寸先の見えない世界です。シャープは海外に移転して、結局ダメになった。それが、もしかしたら復活してくるかもしれない。
佐藤 色々と戻ってきます。そして日本国内にはまだ、下支えする中小企業が残っています。
――それは地方にはうれしい知らせです。
佐藤 だから、スズキ、ダイハツが伸びる可能性がありますね。
――日米関税交渉では、トランプお得意の先行発表により関税は25%から15%に。そして5500億ドル(約80兆円)の投資と自動車、米など農産物の市場開放。さらに数十億ドル相当の軍事装備品とボーイングの航空機100機、それから1兆2000億円分の米国産農産物を買うとこととなりました。
佐藤 それは飲むしかないですよ。それに対応できるように日本経済を変えていかなければなりません。そのように世界の貿易ルールが変わるわけですから。
――そのルールの下で、日本が自活していくために経済体制を変化させないといけない。アメリカに輸出して儲けることはもうできません。米国に工場を作るか、地産地消でしのぎましょう、と。
佐藤 あるいは、関税15%でも高くて魅力のある水準の製品を作ることです。レクサスとかは多分、困らないと思いますよ。
――トランプは、金持ちは多少高くてもそんなのを買うとわかっている。
佐藤 日本人だってモンブランの万年筆やロレックスの時計がいくら高くなろうが、買いますからね。
――ドジャーズの山本由伸投手は、スイス製リシャール・ミルの4000万円越えの時計をしていましたからね。
佐藤 そうですね。
――しかし、トランプからまた難題を突き付けられたら、日本お得意の気配り外交、太鼓持ちのような外交をすればいいわけですね。
「よっ大統領、にくいね〜、やるねー、待ってました世界一」と誉めちぎりながら、揉み手で「今度、F47を200機とボーイング787を国内用に300機、買っちゃいまーす」と。関税交渉によって、本当にそれに近い形になりましたが、なんとかなるのでしょうか?
佐藤 はい。空欄の小切手を出して、「好きな数字をお書き下さい」と。要は心の中の問題ですから、その対応で間違っていません。これが実のところ、一番安くなります。
――トランプの心中についてはおそらく、内閣官房が前回の話に出た動物園の飼育員を外交顧問として迎え入れ、研究に取り組んているはずですから、安心できます。
そのトランプなんですが、マルクスの『資本論』を精読して、資本主義を操れるのでしょうか? トランプとイーロン・マスクの喧嘩を佐藤さんは「トランプは総資本の立場から、巨大資本を持ちながら個別利益を追求したマスク批判している」とおっしゃっています。やはり、マルクスの『資本論』を精読していますね。
佐藤 読んでいないでしょうけど、『資本論』の本質をよく理解していますよね。
――肌感覚で、資本に関してはわかっていると。
佐藤 トランプは不動産屋です。自分の会社の儲けのために滅茶苦茶してしまえば、不動産業界全体の信用がなくなります。業界全体の信用を担保しないといけないわけです。これが「総資本」ですよね。
――ということは、マスクは総資本でなく、自分だけを守ろうとした。
佐藤 最初はトランプの下でマスクも「総資本」の動きをしていました。それこそEVは抑えていたりしました。そして全体として、アメリカの資本主義を伸ばすためには保護関税が必要ですと。
ところが公職を外れたら、やはりEVを守りたいと変わりました。そういったところで「個別資本」になってしまったんですね。すると、トランプとぶつかります。
公職にいた時は「総資本」の代表をしていて、トランプの味方でした。しかし、テスラなどの「個別資本」を守るようになったから、トランプとの戦いになったということです。
――そしてマスクは頭にきて、アメリカ党を作った。
佐藤 しかし、アメリカの資本主義を守るのではなく、テスラを守るためのアメリカ党だから、求心力はありません。
――すると、選挙が始まると、アメリカ全土のテスラが燃やされますね。
佐藤 トランプは、「個別資本」の利益の代表をするために権利を行使することが大嫌いですからね。だからますますEVに対して厳しくなりました。優遇制度を一切なくして、ガソリン車と競争できなくしています。
――本物の虎をガチに怒らせてしまった。
佐藤 そういうことです。
――そうならないように日本はアメリカと交渉して、なんとか生き延びていかないとならないのですね。
佐藤 その通りです。
次回へ続く。次回の配信は8月29日(金)を予定しています。
取材・文/小峯隆生