先輩作家・爪切男が歌舞伎町を案内!訪れた『バッティングセンター』と『シーシャバー』で花咲く思い出話/カツセマサヒコ

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2025年08月22日 16:21  日刊SPA!

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日刊SPA!

挿絵/小指
―[すこしドラマになってくれ〜いつだってアウェイな東京の歩き方]―
ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回は東京一どころか、日本一、東洋一とも言われる歓楽街・新宿歌舞伎町を先輩作家の爪切男と散歩し、連れて行かれたのは思い出のバッティングセンターとシーシャバーだった。

先輩作家はどんな歌舞伎町の思い出を語るのか? 願いは今日も「すこしドラマになってくれ」。

◆先輩とバッセンとシーシャ【新宿駅・爪切男(作家)】vol.10

「彼女にフラれて、尊敬してた先輩もいなくなって。もう自分には何も残ってないからいつ死んでもよかったし、誰かが殺してくれるんじゃないかと思ってここに来たんだよ」

金曜の夜。新宿・歌舞伎町は人間の欲の全てを煮詰めたような色をしていて、横を歩く先輩作家・爪切男さんは、そんな街を愛おしそうに見つめていた。

「でも歌舞伎町って、日本で一番安全な街だと思うよ。警察呼べば、どんな内容でもとりあえず来てくれるし」

爪さんがそう言い終えるより早く、後ろを走るタクシーが盛大にクラクションを鳴らした。轢かれるよりは事前にクラクションを鳴らしてくれるほうが優しいし安全だと考えると、爪さんの言っていることもギリギリ理解できた。

「他人に無関心で、将来の夢を語るような前向きな空気もなくて。そういうのがラクだったんだよね」

昔を懐かしむような声に耳を傾けながら、バッティングセンターに入った。今日、二軒目のバッセンだった。

歌舞伎町には、約200mという近距離にバッティングセンターが二つある。一つは過去に爪さんが働いていた「TOKYO BATTING CAGE(旧オスローバッティングセンター。以下、オスロー)」、もう一つが、「新宿バッティングセンター(以下、新宿)」。

歌舞伎町という土地柄のせいか、どちらも訪れる客はデート中の若者からホストやヤクザまでと幅広いけれど、「オスロー」は数年前に改装されたことで現代的で清潔感溢れる店内に特徴があり、「新宿」は昭和の空気そのままに牧歌的でレトロなアーケードゲームなどが置かれている。その違いが面白いからと、爪さんはバッセンのはしごを提案してくれたのだった。

「冷やかしはよくない」と、爪さんは、二箇所のバッセンの両方でバッターボックスに立った。とても律義な人だと思った。全球、フルスイングで挑む姿も格好良かった。

私も「オスロー」ではバッターボックスに立ってみた。自分が右打ちか左打ちかさえわからないほど野球というものに縁がない人生だったが、後半は何度かバットがボールをとらえ、心地よい感触を覚えた。しかし爪さんは「お前、下手やな」と言いたげな顔で、終始黙って私を見ていた。

爪さんは昔、「オスロー」の店員として働きながら、執筆活動に励んでいたという。同店をやめてから『SPA!』で連載を始めたので、名実ともに、私の先輩に当たる。そんな先輩のバッセン店員時代の話を聞きたいと依頼した結果、この状況がある。

バッセンを出ると、爪さんは「オスロー」時代の後輩が営んでいるというシーシャバーに連れていってくれた。「シーシャ シクスタ 歌舞伎町」を営む爪さんの後輩こうちゃんは、ビジュアル系バンドマンからバッセン店員になり、その後、愛媛でシーシャの修業をして現在に至るという、軽やかで爽やかな人だった。

爪さんとこうちゃんはゲラゲラと笑いながら、歌舞伎町での思い出話を聞かせてくれた。バッセンに業務目的で両替にくるホストの襟首を掴んだり、ヤクザの重役みたいなおじいさんと相撲を取ったり、いろんなお客さんに絡んだりしていたというエピソードは、一歩間違えれば病院か交番行きになりそうで、おそらく海賊はこんな感じの暮らしをしていたのだろうと、話を聞きながら妄想した。

慣れないシーシャを吸い、吐き、酒を飲み、たまに咽(む)せ、また飲む。すぐに終電の時間になった。酔って眺める歌舞伎町の街はやっぱり騒がしかったが、しかし、そこに馴染んだ人を羨む気持ちが帰り道の自分には確かにあった。

<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

―[すこしドラマになってくれ〜いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」

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