『幼女戦記』カルロ・ゼン、『オルクセン王国史』樽見京一郎らが推薦 『汝、暗君を愛せよ』”政治戦記もの"としての魅力

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2025年09月10日 13:00  リアルサウンド

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『汝、暗君を愛せよ』(本条謙太郎/DREノベルス)

 『幼女戦記』のカルロ・ゼンが「こんな物語が、書きたかった」とコメントを寄せ、『オルクセン王国史』の樽見京一郎も「傑作巨編」と讃える小説が、本条謙太郎の『汝、暗君を愛せよ』(DREノベルス)だ。推薦者たちの名前から、どれくらい激しい戦争が繰り広げられる中で、どのような軍事的才能が発揮されるのかを期待して読み始めて誰もが驚く。戦争がないことに。けれども圧巻の戦記ものであることに。この小説は、転生者が暗愚な王となって国家と政治の中心で挑む、血を流さないための戦いの記録だ。


【画像】発売前重版となった『汝、暗君を愛せよ』のキャラビジュアルイラスト


 「売り家と唐様で書く三代目」という慣用句があるように、祖父母の代で立ち上がった会社を父母の代で大きくしても、後を継いだ3代目が台無しにしてしまうのがビジネスの世界のならいというもの。『汝、暗君を愛せよ』の主人公も、父親が死んで造園会社を継ぐことになった3代目で、幾つも新規事業を立ち上げては失敗を繰り返し、会社に自分の居場所をなくしていた。


 それなりの規模の会社で、優秀な取締役たちが事業を仕切っていたこともあって、経営自体が傾くことはなかったから、なおのこと主人公は自分がいる意味を感じられなくなっていた。そこで決断した。マンションのベランダから飛び降りて死ぬことに。ところが、なぜか目を覚ましてしまった主人公は、そこがサンテネリ王国という近世ヨーロッパを思わせる国で、自分が前年に即位したばかりの国王、グロワス十三世になっていたことを知る。


 絶対王政のような国家で最高権力者の地位に就いたのだから、今度は失敗しないように国を率いて大暴れするのかと思いきや、自分が転生する前のグロワス十三世がどうしようもない暴君で、内にあっては身分制度を厳格化しようと画策し、外に対しては領土拡張の野望を燃やして軍備増強に乗り出そうと動いて国が潰れかかっていた。このままでは列強に攻め滅ぼされるか、民衆に革命を起こされるかして自分も処刑されてしまう。それは拙いと主人公はどうにかして国を立て直そうとする。


 悪役令嬢なり悪役貴族に転生して破滅の運命から逃れようとする異世界転生のフォーマットに近いところがある『汝、暗君を愛せよ』。違うのは、主人公が10年にわたって“バカ社長”をしていて、その時に身に付けた会社経営のノウハウを活かして国の体制を改革し、戦争を起こさず革命も起こさせないようにする“政治戦記”になっている点だ。前世の軍事知識を活かして戦果をあげ続ける『幼女戦記』(エンターブレイン)のターニャ・デグレチャフよりも、オークの国で農業や工業を発達させて国を富ませる『オルクセン王国史 〜野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか〜』(サーガフォレスト)のグスタフ王にタイプとしては近いかもしれない。


 ただし、グロワス十三世はグスタフ王のように戦争の道へと向かおうとしている訳ではない。逆に軍備を縮小し、敵国だった帝国の第一皇女を正妃に迎えることをしてまで、戦争の道を回避しようとする。なぜなら軍備には金がかかる。戦争の維持にも金は必要だ。その金がなく、ひねり出そうと増税すれば反乱が起こる。かといって軍備が足りなければ戦争には勝てない。そんな戦争をする必要があるのか? 考えれば分かっても王族の名誉に縛られなかなかとれない決断をするグロワス十三世に、周りの貴族たちが従ったのも国が相当にヤバい状態にあると感じていたからだろう。


 中には、主人公が入る前のグロワス十三世に心酔していた海軍卿のような人間もいたが、その思いを汲んでいると思わせ名誉も尊重しつつ、だんだんと閑職に追いやっていく人事政策がなかなか見事。10年にわたっての会社経営で人事の妙に触れてきたからこそできるものなのだろう。こうした一連の改革を、自分が強権を発動して直接行うというよりは、周りの優秀な貴族や領主たちと対話することによって納得してもらい、持てる能力を存分に発揮してもらおうとしているところも興味深い。


 時には急な改革を渋る動きも出るが、そこは絶対君主の威光で押し切っていく。同時に対話も行って、誰もが納得できるようなものにしていく。このバランスが実に絶妙だ。もしかしたら社長時代も、3代目の威光で乗り出して失敗した新規事業にも、取締役たちの協力があれば成功したものがあったかもしれない。時には絶対に逆らえない強権もふるいつつ、部下たちの優れた知見を組み合わせるバランス感覚が、国でも会社でも運営に必要なものなのかもしれない。


 国王たるものすべからく社長と人事部長を務めるべし。そんな格言はないが、言ってみたくなるくらいグロワス十三世の巧妙な王国運営に目を引かれ、次々と訪れる危機にどのような対応を見せるのかを追ってページを繰ってしまう。


 社長時代と違って国王となった主人公には、次々に訪れる出来事の対応を少しでも間違えれば、戦争に向かうなり反乱が起こって血が流れるビッグスケールのバッドエンドが待っている。そうした危機にグロワス十三世が繰り出す言葉や見せる振る舞いが、国を救い女性たちの命を救っていく展開が読んでいて気持ちいい。


 グロワス十三世の命を狙う暴漢が現れ、かたわらに近衛軍総監の令嬢を連れていたにもかかわらず、国王が手に傷を負うことになった事件。令嬢を含めた近衛軍総監の家も、近衛師団の女性はもちろん有力な貴族の父親も、国王を家宰として支える一族も斬首され取り潰されて当然なのが絶対王政の国というもの。ところが主人公は、王の威光と周りを納得させる言葉を繰り出し処分を行わないまま乗り切った。長く争って来た帝国から迎えた正妃が、謀略によって捨て石にされかけた時も、当意即妙の対応で正妃を救い戦争を回避して国を救った。


 戦って勝つことよりも難しい、戦わないで負けないようにする主人公の綱渡りのような王様としての日々にスリルを感じ、カタルシスを覚える小説。『幼女戦記』や『オルクセン王国史』で戦記物ならではの軍略の妙を楽しんだ後で、『汝、暗君を愛せよ』で内政と外交と人事と嫁取りを学べばいつ国王になっても安心だ。そのような機会が訪れるのかは別にして。


 『汝、暗君を愛せよ』にはまだ続きがあって、さらに幾つも起こる難題にグロワス十三世が挑んでいくことになる。国を滅ぼすことなく、あるいは地位を奪われることなく平穏なまま人生を終えられるのか。その時に国はどうなっているのか。期待しながら続刊を待とう。


(文=タニグチリウイチ)



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