ソフトバンクは9月18日、成層圏を利用した通信基盤「HAPS(High Altitude Platform Station)」の研究開発に関するオンライン説明会を開催した。説明会では、八丈島で実施した実証実験の成果を報告しただけでなく、記者との質疑応答を交えながら、今後の技術課題や商用化への展望を具体的に示した。
発表内容は、HAPS向け6セル対応の大容量のペイロード(通信機器)を開発し、上空からの5G通信に成功したというもの。
●実験場所は東京都八丈島 ペイロードでより実運用に近い形での試験に
高度3000メートルに滞空する軽飛行機に今回開発したペイロードを搭載して通信を中継させることで、基地局と携帯端末間のエンド・ツー・エンドの5G通信と、6セルのフットプリント固定技術の実証に成功。これにより、今回開発したペイロードが上空から広域かつ安定した通信サービスを提供できることを実証した。
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実験は2025年6月、東京都八丈島で行われた。高度3000メートルに滞空する軽飛行機に開発したペイロードを搭載し、基地局と携帯端末間の通信を中継する仕組みを構築した。これにより、基地局と端末の間でエンド・ツー・エンドの5G通信が成立した他、6セルを用いたフットプリント固定技術の検証にも成功したという。
テクノロジーユニット統括 基盤技術研究室 無線技術研究開発部 部長の星野兼次氏は「サービスリンク側で使用している1.7GHz帯の周波数を広域で確保するには、離島が適していた。本州では既に1.7GHz帯が広く利用されているため」と、八丈島を選んだ理由を説明した。
従来、HAPSを活用した広域通信の実現には、サービスリンクとフィーダリンク双方のアンテナを機体に搭載する必要があった。ソフトバンクはこれまでもシリンダーアンテナを用いたサービスリンクの技術検証を進め、フットプリント固定やエリア最適化、周波数共用などに取り組んできた。今回の成果は、それらの技術を結合したペイロードを用い、より実運用に近い形での試験を行った点に意義がある。
実験は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が推進する「Beyond 5G基金事業」に採択された研究の一環として実施された。プロジェクト名は「Beyond 5Gにおける超広域・大容量モバイルネットワークを実現するHAPS通信技術の研究開発」であり、ソフトバンクはその中心的な役割を担っている。
八丈島での試験では、フィーダリンク装置にビームトラッキングや受信レベル補償(受信レベルを一定に保つ制御)、ドップラーシフト補正の機能を搭載し、26GHz帯の電波を用いて6セルの信号を無線中継した。サービスリンク装置ではデジタルビームフォーミングを利用し、1.7GHz帯の電波を円形に配置された6セルのエリアに固定して配信した。軽飛行機が旋回しても各セルの通信範囲が地上で安定して固定されることが確認され、フットプリント固定技術の有効性が実証された。
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さらに、通信性能の検証では、旋回中心から15キロ離れた地点で下り平均約33Mbpsを達成した。これは、HAPSが高度2万メートルに滞空し、半径100キロの通信エリアをカバーする場合と同等の条件での成果にあたるという。ソフトバンクは、この結果をもとに、HAPSが商用運用される際にもエリア端部で安定した通信が可能になるとの見通しを示した。
HAPSは、成層圏を飛行する無人機や気球を活用し、地上の基地局ではカバーしにくい地域にも通信エリアを広げられる技術として注目されている。直径最大200キロのエリアを一度にカバーできる可能性を持ち、災害時や山間部、離島などインフラ整備が難しい地域での利用が期待される。ソフトバンクはこれまでも世界各国と連携し、HAPSの商用化に向けた研究を積み重ねてきた。
●通信容量拡張に課題 干渉対策に「ヌルフォーミング」を活用
実験では6セル構成の通信を実現したが、研究目標は12セル以上への拡張にあるという。星野氏は「最終年度までに現状の6セルから12セルまで拡張させて、通信容量として2倍以上を目指すことが技術目標になっている」と説明した。
その一方で「セルが増えるほどセル間の干渉が大きくなるため、アンテナビームのサイドローブを下げて干渉を減らす必要がある」と星野氏。「アンテナの設計やアンテナウェイトの開発などが課題であり、現在進めているところ」と述べ、単なる拡張ではなく干渉抑制の高度な設計が必要であることを補足した。
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干渉対策技術の1つであるヌルフォーミングについて、星野氏は「複数のアンテナ素子に対して信号の振幅と位相を変えることで、特定の方向に送信される信号がゼロになる点をヌル点と呼ぶ」と説明。さらに「そのヌル点を意図的に作ることで、狙った方向の電力をゼロに設定し、干渉を抑える技術がヌルフォーミング」と述べ、研究の中核となる信号処理の考え方を示した。
この技術はセル拡張とも密接に関わり、今後の商用化に向けた性能向上に欠かせない要素といえる。
●電波伝搬の特性は解析中、天候の影響も重要に
通信品質に直結する電波伝搬の特性について、星野氏は「エンドツーエンドの通信の安定性と6セルのフットプリント固定までを確認できた段階」と述べた上で、「詳細な解析は進めているところだが、今のところシミュレーション通りの特性が得られていることを確認している」と説明した。
実証段階で理論通りの結果が得られていることは、商用化に向けた大きな前進を意味する。特にHAPSは従来の基地局とは異なり、成層圏という特殊な環境での電波伝搬が前提となるため、この確認作業は不可欠だ。
成層圏を飛行するHAPSにとって、天候による影響は避けられない課題だ。この点について星野氏は「高周波数帯になればなるほど天候に左右されることは把握している」と前置きしつつ、「特にサービスリンク側は問題ないが、フィーダーリンク側は降雨減衰が想定される。そのため、ゲートウェイやアンテナを複数配置して回線を担保する技術について検討している」と語った。
単に耐候性を高めるだけでなく、複数拠点を組み合わせた回線冗長化を進める方針を示したことで、長期安定運用への道筋がより明確になった。
●Sceye製LTA型HAPSへの搭載を視野に
ソフトバンクは、2026年に開始予定のプレ商用サービスで、ソフトバンクが出資する米Sceye(スカイ)が持つLTA(Lighter Than Air)型の機体を運用する。今回、開発したペイロードはこれに搭載されるのだろうか? 星野氏は「商用化を想定し、Sceyeの機体への搭載を早期に実現することを視野に研究開発と商用化への取り組みを同時並行で進めている」と答えた。
●HAPSは災害時の通信確保や、山間部・離島などに役立てる
HAPSは災害時の通信確保や、山間部・離島など従来の基地局整備が難しい地域での通信提供に大きな期待が寄せられている。今後、サービス料金や対応端末など具体的に情報が発表され、HAPSが持つメリットがどのように発揮できるのかに期待したい。
ソフトバンクでは、将来、4Gや5Gといった地上のネットワーク、GEO(静止軌道衛星)、LEO(低軌道衛星)、今回のテーマであるHAPS(高高度プラットフォーム)を、まるでオーケストラの指揮者のようにAIが自動で使い分ける方針で、利用者がネットワークを本当に必要とする場面で適切に使えるように整備していく。
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