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かつて「日本版マイクロストラテジー」として市場の期待を一身に集め、飛ぶ鳥を落とす勢いであったメタプラネットが岐路に立たされている。
【画像】まさに「落ちるナイフ」。メタプラネットの株価チャート
同社はビットコインを企業の財務資産とする大胆な「ビットコイントレジャリー戦略」を掲げ、株価は急騰。6月19日には最高値である1930円を記録し、時価総額が約1兆1600億円まで達していた。
1兆円という時価総額は、日本市場において業界最大手クラスの企業群に匹敵する水準だ。例えば、日本マクドナルドホールディングス(約9800億円)や資生堂(約1兆円)など、国民的知名度を有する企業と肩を並べるどころか、それを上回る評価を受けていたのである。
「ビットコインを購入する」という一点で、数値上はあの“マック”よりも上の企業になったのだ。
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しかし、熱狂が冷めるのも早かった。9月18日時点の終値は530円と最高値から3分の1以下まで下落し、同社の時価総額は約6000億円に急減。最高値更新から3カ月足らずで、5000億円強の企業価値が吹き飛んだ計算になる。
●新NISA口座で依然トップ
株価急落の根源的な理由は、メタプラネットの存在意義そのものを揺るがしかねない日本の暗号資産税制の変更にあるのではないか。
これまで、日本の居住者がビットコインの取引で得た利益は「雑所得」として扱われ、給与所得などと合算して課税される総合課税の対象であった。所得が多い層では住民税と合わせて最大約55%もの重い税負担が課される可能性があり、この不利な扱いが暗号資産への直接投資をためらわせる一因となっていた。
そこで一部の個人投資家が目をつけたのがメタプラネット株だ。同社の株を売買して得た利益は、原則として税率約20%の申告分離課税の対象となるだけでなく、NISA口座を活用すれば非課税投資も可能である。
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実際、ネット証券大手のSBI証券が公表した週間買付金額ランキングによれば、直近週の新NISA・成長投資枠で最も買い付けられた銘柄はメタプラネットだった。SBI証券ではメタプラネットが毎週のようにランキング上位に入っている。
足元でもNISA口座の非課税メリットを狙う投資行動が、個人投資家を中心に確認できる。相場が軟調でもランキング1位を維持する状況からは、株価下落を「押し目」とみる投資家が少なくないことがうかがえる。しかし、その先に待ち受けるのは、税制改革という名の「時限爆弾」かもしれない。
●税制改正という時限爆弾
現在、投資家はメタプラネット株を通じ、税制上有利な形で間接的にビットコインを保有できていると思っているだろう。しかし、この優位性が失われる可能性が高まっている。政府・与党はWeb3を国家戦略と位置付け、税制改正に本腰を入れているからだ。
個人の暗号資産取引で得た利益を、最大55%の総合課税から株式などと同じ一律20%の分離課税へ変更する案が有力視されている。さらに、金融庁がビットコインETF(上場投資信託)の組成を認可する可能性も高まっている。
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これらの改正が実現すれば、個人投資家はメタプラネット株を経由せずとも、税制上のメリットを享受できる。特にETFが承認されれば、信託報酬というわずかなコストで、より安全かつ手軽にビットコインへ投資できるようになる。
この制度変更への思惑が、同社の将来的な存在価値への疑念を生み、株価下落を加速させている。
●PBRの割高感と新株発行リスク
税制の優位性を除いても、現在の株価は割高ではないかとの見方が市場関係者の間で根強い。
その根拠がPBR(株価純資産倍率)だ。メタプラネットのPBRは現在約2倍。投資家が支払う株価のうち、純資産に相当するのは半分にすぎず、残りは将来性への期待値(プレミアム)だ。これは、実質的に「1BTC=1500万円」の時に「1BTC=3000万円」で購入する構造に近い。将来ビットコイン価格が上昇しても、その利益の半分はプレミアム分の回収に消えることになる。
一方「暗号資産の最高税率55%」という表現が独り歩きしているが、実際に最高税率が適用されるのは課税所得4000万円超の部分に限られる。大多数の投資家にとっては、PBR2倍での投資は税制上の不利を補って余りあるほど割高な選択となる。
さらに、同社はビットコイン購入資金を調達するため、大規模な新株発行を繰り返してきた。直近でも発行済み株式数の半分以上に及ぶ新株発行を計画しており、既存株主の持分希薄化懸念を招いている。
●「脱法的ETF」にすぎないのか?
メタプラネットの戦略は、ビットコインを購入し、その価格上昇に賭けるというものに尽きる。結果として「PBRが高く、常に希薄化リスクを伴う、条件の悪い脱法的ビットコインETF」以上の役割を市場で果たせないのではないか。
税制上のメリットだけを支えに膨れ上がった期待は、制度変更という前提の変化で崩れ去りつつある。
この一件は単なる一企業の浮沈にとどまらない。新たなテクノロジーや金融商品が登場する際、市場はしばしば熱狂に包まれ、複雑なリスク構造が見過ごされがちになる。
投資家保護の観点からも、制度が実態に追い付いていない現状をどう捉えるべきか。金融当局にも重い課題が突きつけられているのである。
筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務を手がける。
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