彩乃さん(仮名)こんにちは。これまで3000人以上の男女の相談に乗ってきた、恋愛・婚活コンサルタントの菊乃です。髪もボサボサで化粧もしない“完全なる非モテ”から脱出した経験を活かし、多くの方々の「もったいない」をご指摘してきました。誰も言ってくれない「恋愛に役立つリアルな情報」をお伝えします。
今回は、いわゆる毒親家庭で育った女性・彩乃さん(仮名・29歳)のお話です。
幼少期から家庭に安心できる居場所はなく、自己肯定感の低さや「人を見る目のなさ」が恋愛に影響し、ダメな男性ばかりを選んでしまったと振り返ります。
大学時代から何人もの男性と付き合うものの、依存や浮気などに苦しめられ、最後は“親への紹介目前だった彼氏の二股”という修羅場を経験しました。
そんな彼女の「毒親育ちゆえに苦戦した恋愛遍歴」を取材しました。
◆彼氏の家にいたら「彼女を名乗る女性」がやってきた
ある日、彩乃さんが恵比寿駅を歩いていると、彼氏の翔太さんが向こうから歩いてきました。今日は友人と会うと言っていたなと思い声をかけようとすると、横からやってきた女性が翔太さんに抱きつくのを見てしまったのです。
全身から冷や汗が吹き出ます。
翔太さんの方へ近づくと、彼も彩乃さんに気が付いたようです。正面に立ち、まっすぐ彼を見て尋ねます。
「どなた?」
問いかけに翔太さんは答えず、女性が「私? 翔太の彼女」と答えます。
そう、翔太さんは二股をしていたのです。
今まで心の中で引っかかっていたことが腑に落ちます。
「付き合って3年半の間、翔太が私に執着を示したことは一度もありませんでした。クールなタイプだと思っていましたが、どちらかと言えば翔太は感情豊かな方でした」と当時を思い出す彩乃さん。
とはいえ、彩乃さんの親と会う具体的な計画も出ていたので、まさか二股をかけているとは思いません。
その時の彩乃さんは、29歳になる直前でした。修羅場を経験した1カ月後に、筆者のところへご相談にやってきました。毒親育ちで自己肯定感が低く、「男性を見る目がない」と感じていた彩乃さん。29歳直前に経験した“どん底”に至るまでの恋愛遍歴を振り返ります。
◆美人の母は、家事も育児もしない子ども部屋おばさん
彩乃さんは福岡で生まれ育ちます。母親はミスコンに入賞するような美人で、恋多き女性だったそう。
両親は激しい喧嘩が絶えず、彩乃さんが幼少期の頃に離婚し、父親と離れて暮らすことになります。母親は職場の上司と交際し、離婚から2年後に再婚。新しいお父さんができたのですが、数カ月で母は離婚してしまいます。それからは母親と母方の祖父母の生活が始まります。
「母は今でいう子ども部屋おばさんです。家事も子育ても全て祖母がやっていました」
母親には常に男性の気配があったそうです。夜に男性と電話しているのもよく聞いたし、ある時には家に同僚男性を呼んで、パソコンの設定をしてもらったことも。
◆母がブログに記した「娘に早く出て行ってほしい」
小学校からよく勉強ができた彩乃さんは、公立進学校に進学します。中学時代は吹奏楽部でしたが、スポーツができる明るい“陽キャ”に憧れがあったそうで、サッカー部のマネージャーになります。しかし、つまらなく感じてマネージャーはすぐにやめてしまいます。
当初、進路は国立大じゃないといけないと思っていた彩乃さん。ですが上智大学に興味を持って調べたところ、大学独自の給付型奨学金もあることが分かりました。祖父母が彩乃さんの学費を蓄えてくれていたこともあり、上智大学進学を目指します。彩乃さんは学習塾にも行かず、現役で上智大に合格しました。
離れて暮らしている父親は、合格を喜んでくれました。ですが一方で、母親がブログに「娘に早く出て行ってほしい」と書いているのを見つけてしまったそうです。
その言葉を目にした瞬間、彩乃さんは大きなショックを受けました。
◆付き合った素朴なメガネ男子がチャラくなる
大学でも吹奏楽部に入ります。当時の男性の好みは「賢くて痩せてて黒髪のメガネ男子」だったそうです。吹奏楽部で好みの男性・慎吾さん(仮名)と知り合い、彩乃さんのアプローチでお付き合いすることになります。慎吾さんは都内の中高一貫男子校出身で、彩乃さんが初めての彼女でした。
「付き合ってから慎吾は美容室で髪を切るようになって、髪を染めて眼鏡もコンタクトレンズにしました。あとから分かったのですが、私以外にも彼にアプローチしていた女性がいたようです。女性からモテるようになったせいか、調子に乗るようになってしまいました」
やがて、部活の飲み会で女性を膝に座らせていたなどのうわさが耳に入りはじめます。
彩乃さんがLINEで問い詰めても慎吾さんは無視し、部活でも顔を合わせようとせず避けられます。でもしばらくすると慎吾さんの方から謝罪の連絡がきてよりを戻す、というサイクルを何回か繰り返したそうです。
しかし結局、大学3年の頃に別れることになりました。
◆大学中退でお金がないITエンジニア
彩乃さんは卒業後、システムインテグレーター(SIer)と呼ばれる、企業の依頼を受けてシステム開発を請け負う企業でITエンジニアとして働くことになります。
大学の吹奏楽部は他大生やOBとの交流も盛んで、卒業してからも吹奏楽部繋がりの飲み会に参加することがありました。そして24歳の時に、東海大吹奏楽部に在籍している年上の男性・浩太さん(仮名)と出会います。浩太さんは3回留年していたため、当時まだ大学生でした。
初対面から浩太さんがグイグイ迫ってきて、交際が始まります。しかし、浩太さんはすぐに大学を中退してしまいます。
浩太さんはLINEにすぐ返信してほしいとか、毎週末一緒に過ごしたいとか、束縛してくることが多かったそうです。それでも、慎吾さんと付き合っていたころと比べると楽でした。慎吾さんには主導権を握られていましたが、浩太さんは彩乃さんにベタ惚れで、自分が主導権を握れたのです。
大学中退の浩太さんは高卒採用のエンジニアとして働いており、彩乃さんより収入が低かったそうです。彩乃さんが行きたいところがあって提案しても、お金がないという理由で断られます。
「私がお金を出すから一緒に行こうよ」と提案したところ、浩太さんはいじけて不機嫌になります。そのころから徐々に、浩太さんからは気持ちが離れていきました。
別れ話を切り出しても「俺も変わるから別れないで」「キャリアアップするから別れないで」と懇願されます。ところが浩太さんは口だけで行動に変化が見られず、努力を続ける様子はありませんでした。怠惰な性質は変わらないと判断した彩乃さんは、交際から2年半ほどで別れることにしました。
◆「普通の女子が好きそう」な元サッカー部男性
お酒が好きな彩乃さんには、飲み会や交流会の誘いが多いそうです。ある時大学の先輩から、定期的に開催されている異業種交流会に誘われました。同年代が多い会だったためか、フォーマルな集まりというよりは、友人同士の集まりのようなカジュアルな会でした。
そこで冒頭に登場した彼氏、IT企業の営業をしている1歳年上で熊本出身の翔太さんと出会います。同じ九州出身で話が盛り上がり、家も近かったため連絡先を交換します。何度か会って、付き合うことになりました。
「それまでは変わった人が好きだったけれど、翔太は元サッカー部の陽キャで“普通の女子が好きそうな男性”でした。結婚するならこういう人がいいのかもしれないと思ったんです」
26歳だった彩乃さんは「30歳までには結婚したい」と、将来のことは何度か話していたそうです。しかし翔太さんは、結婚話についてはのらりくらりとかわす反応でした。
とはいえ彩乃さんの友人たちの中では結婚を渋る彼氏に時間をかけてクロージングして結婚まで持っていったケースも珍しくなかったため、翔太さんの反応が特別おかしなものではないと思っていたそうです。
彩乃さんの親に紹介する計画もあり、翔太さんは親との会食を承諾していたのです。結局その計画は、彩乃さんが新型コロナに感染したため流れてしまったのですが。
当時「俺の親は、結婚が決まった時に会いたいって言ってる」という言葉も信じていた彩乃さん。ですが結末は、先述のとおりまさかの二股でした。
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彩乃さんの20代は、“大切にされない恋”の繰り返しでした。「見る目がなかった」という言葉のとおり、毒親育ちの女性が恋愛でつまずきやすい現実が、彩乃さんの経験からも見えてきます。
婚活支援の現場に携わっていて感じることですが、毒親育ちの方は婚活でが苦戦しやすい傾向があります。自己肯定感の低さや大切に扱われた経験の少なさから、誠実な人と不誠実な人の判別がうまくいかなかったり、人との距離感を掴むのが苦手だったりするのです。
※個人が特定されないよう一部脚色してあります。
<取材・文/菊乃>
【菊乃】
恋愛・婚活コンサルタント、コラムニスト。29歳まで手抜きと個性を取り違えていたダメ女。低レベルからの女磨き、婚活を綴ったブログが「分かりやすい」と人気になり独立。ご相談にくる方の約4割は一度も交際経験がない女性。著書「あなたの『そこ』がもったいない。」他4冊。Twitter:@koakumamt