
夏の甲子園で広陵(広島)の出場辞退が決まった8月10日、北海道の新十津川町ピンネスタジアムでは『リーガ・サマーキャンプ2025』が開催されていた。甲子園に出場できなかった64人の高校3年生が約27万円の参加費を払ってエントリーし、4チームに分かれて8日連続のリーグ戦(全8〜9試合)を行なう企画だ。
エスコンフィールドでのファイナル進出を懸けた順位決定戦が行なわれた同日、新十津川町ピンネスタジアムでは選手たちの保護者や関係者らが熱戦を見守った。選手たちが一喜一憂しながら勝利を求めて白球を追うと、スタンドの観衆は敵味方を問わず、好プレーに声援を送る。数万人の大観衆やブラスバンド部が盛り上げる甲子園とは比べようもないが、ある意味、理想的な高校野球の光景が北海道の地方球場で見られた。
【勝利至上主義からの脱却】
「(トーナメント戦という)日本の野球の性質上、勝利至上主義になるのは仕方ないと思います。そのなかでも選手たちが自立し、自分たちで考えて決める。そのほうがいいと、高校野球をやっている時から思っていました」
そう話したのは、『アギラス』というチームのコーディネーターを務めた福田健斗だ。豊川高校時代は一度も公式戦で登板できず、昨年リーガに参加。将来は高校野球の指導者を志望し、大学浪人中の今年はコーディネーターを務めた。
「高校の頃から『監督に動かされるのはどうなんだろう?』と思っていました。指導者に言われてやるより、自分で考えてやるほうが絶対に人は成長すると思うので。リーガはそういう場だと思います」
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リーガ・サマーキャンプに監督は存在せず、元高校球児の大学生らがコーディネーターとして相談役を務める。1チーム16人の選手たちの意見を集約し、試合の采配も含め、うまくまとめ上げていく役柄だ。
高校生たちにより良い成長環境をつくるべく、リーガには既存の高校野球と異なる仕組みがさまざまある。勝利至上主義に陥りやすいトーナメント戦ではなく、リーグ戦で開催される方式もそのひとつだ。
リーガに参加したのはドラフト候補や、高校3年間で一度も公式戦に出場できなかった部員、指導者と方針が合わずに途中退部してクラブチームに所属する者、さらに軽度の知的障害を抱える選手を含め、顔ぶれは多岐にわたる。トーナメントのように負けたら終わりではないので、全員になるべく等しく出場機会が与えられる。
既存の高校野球のように出場選手が固定されると、「野球がうまいか、否か」で選手間にヒエラルキーがつくられがちだが、リーグ戦はそうした状況を生みにくい。
いじめや暴力、ハラスメントにつながる高校野球の構造として、寮生活の閉鎖性も指摘される。期間限定のリーガを同じ文脈で語ることはできないが、ひとつのホテルに全選手が滞在して親交を深めながら、スポーツマンシップ講習を受けて根本的な考え方から学んでいく。そうして相手チームの概念が変わったというのが、狭山ヶ丘(埼玉)の永野俊だ。
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「これまでは相手を敵対視する感じでした。それがスポーツマンシップ講習を受けて、みんなの気持ちが少しずつ変わっていきました。チームが違っても、野球をやっている仲間として一緒に高め合っていきたいと思うようになりました」
【リーグ戦だから得られる試行錯誤】
プロを目指す選手や、大学・社会人で野球を続けたいという選手たちにとって特に重要なのは、プレーヤーとして向上できる環境だ。
ドラフト候補として注目される川和(神奈川)の左腕・濱岡蒼太は、普段と異なる捕手と組み新たな発見をできたと語る。
「川和ではストレートを高めに投げるけど、リーガで組んだ中村逢良(日体大荏原/東京)はけっこう低めに構えます。初めは高めに構えてほしいと思ったけど、中村のミットに向かって投げると低めにシューと伸びていき、軌道が少しイメージできるようになりました。球種がひとつ増えたような感覚です」
身長190センチの両打ち遊撃手で、プロ志望届を提出した那須皓太朗(武田/広島)は、日々の試合こそがなによりもの成長機会になったと語る。
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「トーナメントは負けたら終わり、特に夏は実力を出せなければ引退です。でもリーグ戦はその日できなくても次の試合ではやり方を変えて、結果を残そうと試行錯誤できます」
上の世界を見据える意味で、大きいのが木製バットを使用したことだった。那須が続ける。
「金属バットだと先っぽや根っこでも、外野を越えることがあります。ちょっと詰まっても、内野の後ろに落ちたりします。それが木製に変わると、内野フライになったり、ゴロになったり、そこの違いが大きいですね」
投手の濱岡も、対木製バットから重要な感覚を得られたと語る。
「バットの芯を外してファウルでカウントを稼いだり、フィールドに打たせれば球数を抑えてアウトが取れます。芯を外す重要性は、金属の時以上に感じました」
【教育の一環としてのリーガ・サマーキャンプ】
投手起用も、リーガが甲子園大会と顕著に異なる点のひとつだ。思想として全投手に一定の登板機会を与えることに加え、球数制限も設けられている。
・投球数は1日最大120球までとするが、120球に達した打者までは投げることができる
・投手の球数は、60球までなら連投可、80球まで→中1日、100球まで→中2日、100球以上→中3日の登板間隔を開ける。連投は連続する投球数が合計120球までで、連投最終日の球数で休養日を決める。やむを得ず制限を超えて投げる場合は、事前にコーディネーターがコミッショナーの承認を得ることとする
今夏の甲子園では1試合150球を超える投手も珍しくなかったが、リーガでの1試合最多投球数は濱岡の97球(7イニング)だった。
リーガ全体での最多投球数は、濱岡と長谷川結斗(函館大学付属有斗/北海道)の236球(濱岡は4試合、長谷川は5試合)。ともにプロ志望届を提出予定の2人はリーガの所属チームでエース格だったが、決して登板過多にはならなかった。
近年、肉体的に出来上がったプロ野球でも1試合で150球を投げる機会は滅多にない。「選手=資産」という考えが根本にあるからだろう。
それを成長途上の高校野球が、1試合の球数でプロを上回るのは育成の観点から考えても異常だ。負けたら終わりのトーナメント戦という構造からそうならざるを得ない側面が強く、高校球児の健康や将来を現状より重視するなら、大会主催者はもっと球数制限を厳格に設定する必要がある。
リーグ戦で行なわれるリーガでは負けても次の試合があるものの、選手たちは常に全力を尽くした。上位2チームがエスコンでのファイナルに臨めるという設定もあるが、目の前の試合で勝利を求める姿勢は、リーグ戦でもトーナメント戦でも同じと選手たちは口をそろえた。
異なるのは、大会方式が起用法に与える影響だろう。トーナメントで「一戦必勝」(=負けられない)と臨むのか、リーグ戦で全選手に一定の出場機会を与えるのか、という差が大きいと感じられた。
リーガ・サマーキャンプは前提として、「教育の一環である」という点は既存の高校野球と変わらない。主催する一般社団法人「Japan Baseball Innovation」の阪長友仁代表はそう語る。
「リーガ・サマーキャンプは『教育の一環』という点を深く考えて、リーグ戦をはじめとする今の仕組みに至りました。人生は一度負けたら終わりのトーナメント戦ではなく、挫折と成功を繰り返しながら進んでいくリーグ戦だからです」
甲子園を頂点とする既存の高校野球は、学生に対する教育の一環でありながら、社会の中であまりにも存在が大きくなりすぎた。そのおかげで野球の魅力が広く伝わってきたのは事実だが、一方で多くの歪みも生まれている。
どうすれば、高校野球に携わる全選手を幸せにできるか。簡単ではないテーマだけに、あらためて問い直していく必要がある。その意味で、今年2回目の開催となったリーガ・サマーキャンプにはさまざまな示唆があった。