26万9500円──。8月2日から11日にかけて、甲子園に出場できなかった高校3年生を対象に北海道で開催された『リーガ・サマーキャンプ2025』の参加費だ。
「正直に言うと、参加する前は少し高いかなという印象がありました」
そう話したのは元中日の投手で、リーガ・サマーキャンプで3日間コーチを務めた吉見一起氏だ。
「でもコーチを3日間させてもらい、選手たちは本当に徳を積んでいるなと思いました」
【甲子園優勝監督からのメッセージ】
昨年に続く開催となったリーガ・サマーキャンプには日本全国から64選手が参加し、16人×4チームに分かれて10日間で8〜9試合のリーグ戦を実施。最終日にはエスコンフィールドHOKKAIDOでファイナルが行なわれた。
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昨年の初開催を踏まえ、今回はさまざまな改善がなされた。大きな点は、全選手が同じホテルに滞在して共同生活を送り、夜にはスポーツマンシップやメンタル、読書会などの講座が実施されたことだった。
登壇者のひとりが、慶應高校野球部で2023年夏の甲子園優勝を果たした森林貴彦監督だ。身長190センチで両打ち、プロ志望届を提出した大型ショート・那須皓太朗(武田/広島)は、森林監督の話が期間全体を通じて特に印象に残ったと言う。
「物事には(絶対的な)正解はない、という話でした。同じ問いでも、人それぞれの正解がある、と。ある人にとってはAという答えが合っていても、自分にはそれが合わないこともあります。みんなにとって共通の答えがある場合もあるけど、別の答えが存在するかもしれない。同じ目標を目指す場合でも、進んでいく方向は一人ひとり違うということもあります。だから、正解をひとつに決めないのは大事だと思いました」
リーガ・サマーキャンプは10日間でさまざま人と交流し、多様な価値観に触れられるように設計されている。プロ野球で最多勝を二度獲得し、現在は侍ジャパンの投手コーチなどを務める吉見氏の参加もそのひとつだ。
「吉見さんは小学生の頃から参考にしています。直接ご指導いただけるチャンスがあるなら、ぜひ参加したいと思いました」
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そう話したのは、狭山ヶ丘(埼玉)の永野俊だ。左の変則投手である永野は投手有利のカウントになると、欲張って悪い結果を招くことがあるという。そこで制球力を武器とする吉見氏に対処法を尋ねた。
「吉見さんも欲張っちゃう時は欲張っちゃうらしいですけど、『欲張ってしまった分を超える練習をしてくればいい』という話でした。毎回同じように投げたら、同じところに投げられる、と。技術を上げれば心も大丈夫になってくるし、心もよくすれば技術も大丈夫になってくる。さらに体の面では、体調も関わってくる。吉見さんは『心技体』とおっしゃっていて。どれかがダメなら、どれかで補う。そのサイクルをつくるのがいいと話をしてもらいました」
【吉見一起が語る振り返る作業の重要性】
吉見コーチが日頃から心がけるのは、選手たちに「教える」というのではなく、「引き出しをあげる」というスタンスだ。選手たちと対話し、それぞれの悩みに寄り添いながら、少しでも改善に近づけるようにアドバイスしていく。だから自分で思ったことを言うのではなく、選手たちから質問されたことに関し、すべて答えられるようにしたいと考えている。
今回ほとんどの投手たちに聞かれたのは、「どうすればコントロールがよくなるか」ということだった。吉見氏が伝えたのは、基本となるキャッチボールの意識だ。
「キャッチボールで大事なのは、タイミング、リズム、バランスだと思っています。それを意識することと、目標物の見方ですよね。ただ単に『ここに投げよう』じゃなくて、それをどう見るかで"狙いやすさ、狙いにくさ"は変わってくるはずだからという話はさせてもらいました」
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10日間のリーガ・サマーキャンプでは、3日目から8日間続けて試合が組まれている。それも踏まえて吉見氏が伝えたのが、「振り返る作業って、すごく大事だよ」ということだった。
「野球だけじゃなく、人生においても大事なのは、よかったところに対してフォーカスする。人って、振り返る時にはどうしてもネガティブなことばかり思い出してしまうじゃないですか。それも大事だけど、よかったところを探すこともすごく大事。他人のいいところを探すと、そういう見方になってきます」
リーガ・サマーキャンプの特徴は、連日リーグ戦が行なわれることだ。そのなかで振り返りをしっかりすることが、より良い明日につながっていく。吉見コーチが続ける。
「試合って、毎日同じことの繰り返しです。そのなかで起こったことに対し、復習することが大事だと思います。それができる人は、自己分析できるということなので。しっかり振り返りができていた選手たちには、すごく有意義な時間だったと思います」
【知る人ぞ知る存在から広がる新たな可能性】
既存の高校野球では各チームにレベルの近い選手が集まり、監督の定める方針の下、チームとしてひとつになって勝利を目指していく。
一方、リーガ・サマーキャンプに集う選手たちのレベルは多岐に渡る。ドラフト候補に挙げられる濱岡蒼太(川和/神奈川)や、最速146キロでプロ志望届を提出予定の長谷川結斗(函館大学付属有斗/北海道)ら各地区で名を馳せる投手から、所属チームで控えだった投手、さらに出場機会に一度も恵まれなかった選手、高校野球を辞めてクラブチームに所属する選手もいた。
加えて大学生のコーディネーターや、普段は高校野球の指導者を務めるスタッフ、女子学生のマネジャー、座学の講師には大学の准教授や日本ハムを招致した北海道北広島市の副市長、そして主催者で日本の高校野球にリーグ戦を広めようと活動する阪長友仁代表など、さまざまな立場の人たちがリーガ・サマーキャンプに集まった。
吉見氏は普段と異なる人たちと接して新たな発見がたくさんあり、今後の人生につながる3日間になったと言う。
「野球でいくら稼いだとか、200勝したからすごいというのはあるかもしれないけど、それ以上に大事なのは人間性だと思います。それを養うにはいかに引き出しを持っているか。リーガ・サマーキャンプで僕自身も引き出しを増やすことができたし、選手たちにも引き出しを渡すことができたと思います。それを開ける、開けないは本人次第。これからの人生で、『北海道で吉見という人が言っていたのは、こういうことだったんだ』とつながってくればいいなと感じた3日間でした」
高校野球のようにチームの勝利を求めて全員一丸となることで得られるものがある一方、リーガ・サマーキャンプのように個々がそれぞれの目的を持って参加し、即席チームを組んで得られる体験もある。吉見氏は北海道で高校最後の夏を過ごした球児たちを見ながら、満たされた気持ちになったという。
「知らない人と顔を合わせ、すぐに関係性ができていく。こういう環境で野球ができるのは幸せだなと思いました。ここで初めて出会った高校生たちがみんなで助け合い、鼓舞し合う。すごいなって見ていました。僕も高校1年の子どもがいるので、絶対に参加させたいと思います。今後の人生にすごく役立つだろうなと感じたので。値段が張るけど、それ以上の価値があると思いました」
リーガ・サマーキャンプはまだまだ知る人ぞ知る存在だが、回を重ねることで生まれるものもたくさんある。個人参加型のリーグ戦という、既存の高校野球と異なるフォーマットから、どんな価値を創出していけるのか。2026年夏、第3回の開催を楽しみにしたい。