「10兆円ファンド」支援対象の東北大 理事・副学長に聞く「日本型研究人事」の課題

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2025年09月20日 20:50  ITmedia ビジネスオンライン

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東北大学は新たなプラットフォーム「ZERO INSTITUTE」を設立

 東北大学は、グローバルで活躍する主に日本の若手研究者を客員教員として招聘し、社会実装や産学共創を促進する新たなプラットフォーム「ZERO INSTITUTE」を設立した。9月から本格稼働させる。


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 ZERO INSTITUTEは、分野や業界の枠を超えた多人数の連携によって、大学研究機関と企業といった従来のマンツーマン型の共同研究とは異なり、研究者と企業がN対Nで集うプラットフォームを形成し、従来の縦割りや閉じた共同研究の枠を超え、知の交差点として企業と研究者の創発促進を可能にした。2028年度までに100人以上が活動するプラットフォームを目指す。


 ZERO INSTITUTEの特徴は、客員教員という柔軟な働き方を認めている点だ。これは例えば、企業や別の大学などに籍を置いたままでも、客員教員としてZERO INSTITUTEのプロジェクトに関われる。肩書きや雇用形態の違いにとらわれず、博士課程在籍中の人材にも門戸を広げた。研究者は、一定の審査を経て自ら社会実装プロジェクトを企画・推進できる。これによって国をまたいだ若手研究者の活躍を阻害しないのが狙いだ。


 東北大は2024年11月、世界水準の研究活動や国際的な連携力が評価され、国際卓越研究大学第1号として認定を受けた。12月に体制強化計画についての認可も受けている。その実績とネットワークを土台に、グローバルな研究者や企業と協働する新体制の確立や、新たな産学共創の拠点整備を進め、研究環境の拡充と社会実装の加速に力を入れている。ZERO INSTITUTEの設立も、こうした卓越大としての認定を受けて推進する取り組みの一つだ。


 卓越大になって東北大は何が変わっているのか。ZERO INSTITUTE設立の狙いは何か。青木孝文理事・副学長に聞いた。


●研究者の流動性を高めるために必要な制度改革


――ZERO INSTITUTEには、若手研究者の働き方に柔軟性を持たせ、海外で活躍する日本人研究者が日本でも活動できる狙いがあります。この背景と課題について教えてください。


 日本は非常に真面目な国民性で、どうしても大学の中における雇用のルールや枠組みにこだわりがちです。最近は大手企業でも副業や兼業が進んでいるとはいえ、全体的にはまだ組織に強く所属する意識が根強く残っています。研究者などが大学研究機関、企業で、2つ以上の機関に雇用されつつ研究や教育ができる「クロスアポイントメント」制度があります。しかしこれも、「企業同士」「企業と大学」「大学同士」など、機関間で協定を結ぶ仕組みばかりが報道で取り上げられがちです。しかし、海外では必ずしもそうではありません。


 実際、海外では個人の働き方の自由度が高く、クロスアポイントメントという言葉よりも、個人と機関の間で契約を結ぶ形が一般的です。こうした契約によって、より柔軟に人材が行き来しています。


 ただ、日本の大学関係者でも、この点については意外と理解が進んでいません。実際に私たちも国際卓越研究大学として海外人材を取り入れる中で、海外では業務委託に近い契約ベースで進めることが一般的だと知りました。研究の世界でも、業務委託的な柔軟な形で活動し、それが大学でもごく一般的に認められているのです。今後は、私たちもその方向を目指さなければならないと考えています。


●世界標準から見た日本の研究人事制度の課題


――国際卓越研究大学第1号として、海外から優秀な研究者を積極的に受け入れるにあたって、どのような課題があると思いますか。


 この状況は国によって異なります。例えばドイツなどは日本以上に厳格で、1年近くかけてしっかり研究者と協定を結ぶ場合もあります。要するに、日本でスタンダードと考えられているような画一的な制度では、世界で通用しません。


 特に半導体や宇宙分野のような最先端領域では、「明日から来てくれ」と言われても、準備や調整なくすぐに動き出せるわけではなく、長いスパンで計画的に体制をつくる必要があります。最初は個別契約で参画して、環境が合えば本格的に移ってくる、という形もごく一般的なのです。そうした自由度の高さがなければ、世界から人材を集めるのは難しいと実感しています。


 特にIT分野の方や若い研究員の場合は、チームを持たずに身軽に働けるので、より迅速に動くことができます。そして若手もシニアも含めて、能力のある方であれば、複数のチームを同時に指揮することも難しくありません。


 実際、日本の研究者も、一人で複数のプロジェクトをマネジメントしている方が多くいらっしゃいます。それなのに、「この組織にいるから、ずっとここだけで働くべきだ」という考え方で縛ってしまうのは、日本特有の問題だと思います。


――研究者においても、多様な働き方改革が求められているわけですね。


 若い学生や子育て中の方などにも、チームをもちつつ、例えば月に一度出張で来る形で十分に貢献してもらえますし、オンラインでも問題なく活動できる時代です。研究者に複数のチームを持ってもらい、それぞれで力を発揮してもらうことは、これからの時代の人的資本戦略として非常に重要だと思っています。


 大学の内部には、時として非常に尖った個性や考えを持つ方も多いですし、一つの組織にじっくり腰を据えていることが最良とも限りません。むしろ学外、海外にも広くネットワークを持つことで、変化や成長のサイクルが加速します。われわれも大学院生の留学の機会を積極的に設けていますが、それによって互いに刺激を受け、組織全体が変わっていくのです。組織にこだわるのは日本人特有とも言えますが、フリーエージェント的な働き方が今後ますます広がっていくと考えています。


●「教授会中心主義」がもたらす変革の壁


――東北大は「実学尊重」の理念を掲げています。その理念を実現するために、産学連携の壁となっている組織論をどう変えていこうとお考えですか。


 普通の大学でなぜこうした変革が難しいかというと、大抵は教授会で人事などの重要事項が決まるからです。教授会が決定権を持っている限り、「これまでの慣例を変えることはできない」「これは規定に合わないから認められない」といった固定観念に縛られてしまいがちです。東北大よりも立派な大学であっても、最終的に教授会の意思決定に依存していると同じ壁にぶつかります。


――産学連携だけでなく、研究力の強化という面でも流動性を高めていくことは重要だと思いますが、いかがでしょうか。


 まさにその通りです。われわれとしてはルールを柔軟に運用し、「こういうケースも認めましょう」といったフレキシブルな姿勢を持てば十分に対応できると考えています。日本の大学では、自ら厳しい自己規制を設けてしまっている場合が多く、「こうしなければならない」といった固定観念や都市伝説のような考え方が根付いています。しかし、その枠を一度壊してみると、意外と問題なく物事が進むことも少なくありません。


――大野英男前総長も講座制からの改革など、さまざまな仕組みを変えてきました。


 それも結局、固定観念の積み重ねでできたものを変えてきた結果なのです。例えば日本でいう「助教」「准教授」「教授」という肩書きは、英語で言えば「アシスタントプロフェッサー」「アソシエイトプロフェッサー」「プロフェッサー」と訳されます。海外の場合はいずれも「プロフェッサー」としてのグレードが違うだけです。


 ところが日本の大学・研究機関では、それぞれの役職を特定の義務や制約とセットで運用しています。研究者自身さえ「これは当たり前」と思い込んでいますが、実際には海外から見ると全く異なる構造になっている。そこに妥協や柔軟性を持たせないと、なかなか時代に合った組織や制度になりません。所属についての考え方も同じです。


●「真面目さ」が生む縦割り構造と挑戦の抑制


――ZERO INSTITUTEの取り組みは、企業と研究者がよりスムーズにマッチングできる点でも、新しいプラットフォームになると思います。


 その通りです。例えば今までの大学の共同研究では、1件あたりの契約金額が数百万円程度が平均です。なぜかというと、日本の企業では部長クラスが決裁する金額がその程度だからです。多くても500万円ほどで、それ以上になるとハードルが上がる場合が多いのが現状です。


 日本はとても真面目な国なので、研究の予算が取れるとなるときれいに縦割りで流れていき、最後は企業がやりたいテーマを丁寧に実行する内容になってしまう。すると結果的に、新しい挑戦やイノベーションを生み出す前に、与えられたテーマに忠実に取り組んでしまうわけです。


 この真面目さが、日本の研究スタイルの長所でもありますが、一方で、「もっと自由に何千万円単位で好きなテーマに挑戦しよう」といったダイナミックな動きを抑えてしまう側面もあります。企業も本当はそういうことを求めている場合が多いです。


 クロスアポイントメント一つ取っても、「組織同士できちんと協定を結ばなくては」と大学や企業が準備に時間を延々とかけるのも同じです。こういった規定や概念を乗り越え、現実の問題が出てきたら一つ一つ対処して解決する、といった柔軟な姿勢がなにより大事です。


――今後は大学組織自体の在り方を変えていかなければいけない、ということですね。


 まさにその通りです。とにかく自由度を持たせ、既成概念にとらわれない優秀な人材にどんどん参加してほしいです。たとえ現在は東北大にそういった人材がいなかったとしても、新たに加わってもらうことで私たち自身も大いに刺激を受け、さらなる成長が期待できます。


 企業側も、「世界中から才能を集めている」といえるプラットフォームであれば、納得してプロジェクトを託してくれるはずです。もちろん、東北大から世界に出ていく人も増えるでしょうし、そうした循環が組織そのものの活性化につながると考えています。


(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)



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