ヨーカ堂の“負け癖”断ち切れるか 復活支える「潤沢な投資余力」も

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2025年10月02日 08:20  ITmedia ビジネスオンライン

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イトーヨーカ堂

 セブン&アイHDの非コンビニ事業の多くを束ねるヨークHDが、米投資ファンドのベインキャピタル傘下に移った。ただ、ベインの出資比率は6割で、セブン&アイと創業家が合わせて4割を保有。そのため、ヨークHDは引き続きセブン&アイの持分法適用会社であり、資本面での関係は維持されている形だ。


【画像】ヨークHD主要5社の状況(筆者作成)


 セブン&アイの一連の買収騒動は、カナダのコンビニ大手アリマンタシォン・クシュタールによる買収提案の撤回によって終結。セブン&アイは企業価値向上を目的にコンビニ専業体制へ移行した。今回のヨークHD切り離しもその方針に沿ったもので、高収益なコンビニ事業に経営資源を集中させる一方、低収益のスーパーストア事業などを分離する施策といえる。


 ヨークHD傘下の事業会社は29社と数は多いものの、合算した売上高約1.6兆円のうち、かつてのスーパーストア事業(SST)であるイトーヨーカ堂(以下、ヨーカ堂)とヨークベニマル(以下、ベニマル)が約1.3兆円を占めている。また、専門店チェーンのロフトや赤ちゃん本舗、外食のデニーズジャパンも有しており、売り上げの大半をこれらで構成している。ヨーカ堂とベニマルを軸とするスーパー事業に、専門店と外食が加わっている構図ともいえるだろう。


 ヨークHDの主要5社の事業概況(図表1)を見ると、売り上げや資産配分において、スーパー事業の存在感が圧倒的であることが分かる。


 ただ、意外なのは、長らく業績不振のイメージが強かったヨーカ堂が、実は財務面では比較的安定している点だ。確かに、赤字に転落し低収益が続いていたのは事実だが、かつて堅実な経営で知られたヨーカ堂は、直近の大規模な店舗閉鎖を経ても自己資本を維持している。


 こうした中で、ヨークHDは新たな経営戦略の概要を発表した。その中心には、ヨーカ堂の立て直しと、2028年の上場を目指した成長戦略が据えられている。


 本稿では、9月上旬に行われたヨークHDの戦略説明会での発表をもとに、今後の展望を考察したい。


●ヨークHDの成長戦略の柱は?


 戦略説明会では、ヨーカ堂の立て直し策として、今後3〜5年で数千億円規模の改装・IT投資を行い、事業を食品とヘルスケアに特化する方針が示された。その他部門は関係会社に移管し、店舗では2階以上のレイアウト変更や食品スーパーの改装を進めるという。


 セブン&アイ時代の方向性と大きく変わってはいないが、総合スーパーの既存店再建策として、他に有効な手立てが乏しいため、これは当然といえるかもしれない。


 ただ、ヨーカ堂はすでに不採算店舗の閉鎖や非食品売場のテナント化を進めているため、今後は収益改善やV字回復が実現する可能性は高い。


 むしろ注目すべきは、ヨークHDの上場に向けた成長戦略である。


 戦略説明会では、現時点での方針として、2030年までにヨーカ堂で10店舗の新規出店を行うことや、ベニマルの群馬・埼玉への進出が示された。また、2026年2月までに中期経営計画を公表するとしており、従来の延長線上ではない成長戦略については、その時点までに策定される見通しとなっている。


 ベニマルは業界屈指の有力食品スーパーだ。これまでも着実に成長を遂げてきた実績があり、この10年で売り上げを約1000億円伸ばしている(図表2)。そのため、その延長線上にある施策は成功する可能性が高い。


 一方、ヨーカ堂は今後5年間で新たに10店舗の出店を計画しているが、1店舗当たり売り上げを20億円と仮定すると約200億円の増加にとどまる。両者を合わせても、1400億円規模の拡大に過ぎず、数字としては決して小さくないものの、売上高1.6兆円の企業規模を考えると物足りなさが残る。


 実際、国内最大の市場である関東エリアのこの10年を振り返ると、有力プレイヤーが次々と台頭し、ヨークHDが一人負けの状況に陥っていたことは明らかだ(図表3)。


 ヨークHDが約5000億円の売り上げを失う一方で、イオンは同エリアでのトップシェアを確実なものとした。イオンは10年前に現在の傘下企業を出資先としていたが、この10年で食品スーパーの首都圏地域会社をUSMH(マルエツ、カスミ、マックスバリュ関東を事業会社とする共同持株会社)に統合。さらに、ミニスーパー「まいばすけっと」(以下、まいばす)の店舗数を3倍に拡大し、少なくとも売り上げ1.4兆円規模にまで成長させた。正確なデータは公表されていないものの、イオンリテールを合わせれば2兆円を超え、確実にトップシェアを確立したとみられる。


 その他の有力食品スーパーも成長を遂げている。ヤオコー、オーケー、ロピアはいずれも売り上げ高を約4000億円伸ばし、ベルク、ライフ、サミットもそれぞれ1000億〜2000億円規模の増収を実現した。こうしてヨークHD以外の上位スーパーが、関東エリアで一段と存在感を高めている。


 ディスカウントストアのシェアも急拡大した。ドン・キホーテを運営するPPIHは、傘下に収めたユニーとの統合効果もあり、売り上げを約2000億円伸ばした。さらに、九州発のトライアルHDは今年に入り西友を買収し、首都圏を中心に5000億円弱の増収を確実にした。


 こうした動きを見るだけでも、この10年間でヨークHDがシェアを大きく失ったことが分かる。それどころか、自らの低迷が、結果的に強力なライバルを育ててしまったとも言える。


 首都圏に特化するヨークHDが大手として生き残るには、新たな成長戦略を打ち出すことが不可欠である。


●ヨーカ堂とベニマルの出店のすみ分けがカギ


 ヨークHDがどのような成長戦略を描くかは、来年2月の発表を待たなければ分からない。ただ、この10年のパワーバランスの変化を踏まえれば、ヨーカ堂は展開エリアをレールサイド(公共交通中心のエリア)にシフトすべきだろう。首都圏でいえば、主に国道16号線の内側がそのエリアに該当する。


 一方、国道16号線の外側(ロードサイド)は車社会で、消費者が自由に移動できる分、競争が激しくなりやすいことに加え、郊外は出店余地が多く参入もしやすい。


 もしそのエリアに出店するとなれば、国内有数の競合であるヤオコー、ベルク、ベイシア、さらに郊外で勢いのあるオーケーやロピアと直接競合することになる。現状のヨーカ堂がそこで勝ち抜ける可能性は高くないだろう。


 そのため、群馬や埼玉といった地方のロードサイドには、同業態に強みを持つベニマルが出店していく計画となっている。


●ヨークHDが歩むべき道のりは……


 首都圏の中心部にロードサイド型の有力スーパーが進出できていないのは、日本の消費者が生鮮品の鮮度に敏感であることも大きい。


 多くのスーパーでは、生鮮品を店舗ごとに売場裏のバックヤードで小分け・パック詰めしている。その結果、労働集約的になることに加え、売場面積の半分近くをバックヤードに割かざるを得ない。販売に使えない面積が増えるため、不動産コストの高い首都圏中心部では採算が合わないのだ。


 この課題を解決するには、コストの低い郊外に集中加工センターを設け、生鮮品をそこで小分け・パック詰めしたうえで店舗に配送しても鮮度を維持できる仕組みを構築する必要がある。大手各社がこの実現に向けて取り組んでいるものの、現時点で一定の成果を上げているのは、まいばすのみだ。


 まいばすはコンビニ跡地を活用して出店し、バックヤードを持たず、商品は集中センターから配送し、陳列するだけという効率的な運営を実現したミニスーパーだ。東京都23区から京浜エリアの人口密集地を中心に、コンビニ並みの密度で店舗を展開し、遠出が難しい高齢者や忙しい世帯の需要を取り込むことに成功。現在では売上規模約3000億円のチェーンに成長している。


 ただ、まいばすの顧客層は利便性を評価している一方で、品ぞろえや店舗作りに必ずしも満足しているわけではないことも指摘されている。そうした層に対して、より上質なサービスを提供できれば、戦える余地は十分にあるだろう。


 ベイン側のコメントに「この20年成長してこなかった負け癖が弱み」とあるように、ヨーカ堂は長らく一人負け状態だった。


 しかし、その経営資源を見ると、成長を遂げている競合よりもはるかに恵まれているのも事実だ。首都圏という巨大市場で、すでに投資を終えたインフラと潤沢な投資余力を持っている。また、業界屈指の実力を持つベニマルと、分離によって対等な関係となったセブン-イレブンとの協業余地もある。ヨークHDは、競合他社がうらやむほどの資源を持っているのである。


 こうした資源を活用することで、再成長のシナリオを描くことは十分可能であり、実際にそれを実行できるかどうかが運命の分かれ道となるだろう。ヨークHDの挑戦は、歴史ある小売業が時代の転換点をどのように乗り越えるのかを示す、興味深い事例となりそうだ。


筆者:中井彰人(なかい あきひと)


みずほ銀行産業調査部・流通アナリスト12年間の後、独立。地域流通「愛」を貫き、全国各地への出張の日々を経て、モータリゼーションと業態盛衰の関連性に注目した独自の流通理論に到達。執筆、講演活動:ITmediaビジネスオンラインほか、月刊連載6本以上、TV等マスコミ出演多数。


主な著書:「小売ビジネス」(2025年 クロスメディア・パブリッシング社)、「図解即戦力 小売業界」(2021年 技術評論社)。東洋経済オンラインアワード2023(ニューウエイヴ賞)受賞。



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