
「日本の若い有望な選手とか、こっちに来たほうがいいかなと思います」
中南米のドミニカ共和国でそう話したのは、現地時間6月30日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ右腕投手・福田真啓(まさひろ)だ。その11日後に24歳になった福田は今夏、MLB球団で七、八軍相当の「アカデミー」という施設で過ごした。
【アカデミーの選手は資産】
「環境的にめちゃくちゃ恵まれていると思います」
福田がそう実感するのはハードとソフトの両面だ。レンジャーズのアカデミーには10代後半から20代前半のラテン系アメリカ人を中心に67選手が所属し、6〜8月に72試合のリーグ戦(ドミニカン・サマーリーグ=DSL)に2チームが出場。
ドミニカにアカデミーを置くMLB全球団が3〜4面の球場とハーフグラウンド、室内練習場やウエイト場などを有し、温暖な気候に恵まれて1年中キャンプを行なっているような環境だ。
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練習は朝早くから始まり、試合がある日でも15時には終わる。7月中旬の取材日、9時過ぎに施設を訪れると、福田はキャッチボールを10分ほど行ない、その日のメニューは終了となった。
「今日は8時50分からグループでアップが始まって、プライオボールを使ったスローイングプログラム。トレーニングはない日なので、チームメイトの試合を見て、お昼ご飯を食べて、昼寝してという感じですね。トレーニングはジャンプや瞬発系の日、重いものを持つ日、ヨガみたいなことをする日があります」
17歳など若い選手はプライオボールの球数まで管理される一方、福田は球団から「任せるよ」と言われている。24歳のオールドルーキーは大人扱いだ。
基本的にブルペンでは投げない。それだけ試合で登板機会があるからだ。先発や、中継ぎで週に2回、3イニング程度投げている。
「これくらいでいいと思います。日本はボールを投げすぎだと思うので。肩を健康に保てますし、体力を消耗しません。ほぼ毎日試合があるので、疲れをとるためにも寝ることと食事は重要視しています」
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バイキング形式の食事はサンコーチョという中南米流のシチューや、モロという豆のご飯が好物だ。チキンやサーモンなどタンパク質に加え、サラダバーも栄養を考えて食べている。
以上の環境は、日本で独立リーグに所属していた頃から大きく変わった点だ。MLB球団にとってアカデミーの選手は資産という位置づけで、上のカテゴリーに昇格させられなければ"金食い虫"で終わってしまう。だからこそ、しっかり育てようと取り組んでいるのだ。
【2度目のトライアウトでレンジャースに入団】
福田が日本で所属した徳島インディゴソックスも、ウエイトトレーニングを重視することで知られるが、ドミニカに来てMLBとの違いを感じるという。
「徳島は個人個人でやっている部分が多いですね。こっちはプログラムがしっかり組まれています。専用のアプリがあって、『今日はこれとこれ』って全部1週間ごとに決められています。僕は先週まで中継ぎで3イニングずつ投げていたので、その間にトレーニングとかヨガの頻度、オフの日が全部プログラムに書かれています」
七、八軍から成るMLB球団の特徴は、綿密な組織構造で選手を育てようとしていることだ。そう実感するからこそ、福田は「日本の有望株はこっちに来たほうがいい」と言う。
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一方、彼自身は日の当たらない道を歩んできた。広島の英数学館高校から東海大学に進学するも、部員の大麻使用により無期限活動停止となり、1年で中退。徳島、信濃グランセローズでそれぞれ2年プレーした。
信濃では2023年に26試合で防御率1.32、2024年は29試合で防御率1.78と好成績を残したが、NPBのドラフトで指名されることはなかった。
「ドラフトにかからなかったら、ドミニカに来てトライアウトを受けてみたら?」
信濃の先輩で、現在は同国で日本人選手を見ている島袋涼平トレーナーに誘われて新たな挑戦を決めた。2025年2月にジャパンブリーズでカリビアン・シリーズに参加したあと、4月頭にドミニカで最初のトライアウトを受けた。
「こっちの子は数えきれないぐらいトライアウトを受けるらしいです。自分はテキサスの2回目で契約が決まりました」
逆に言えば、1回のトライアウトで合格が決まることは珍しい。同じ選手の好不調をともに見たうえで、可能性を掘り下げる必要があるからだ。
福田の場合、6月中旬にレンジャーズの2度目のトライアウトを受け、入団が決まった。
なぜ、NPB経験のない当時23歳の投手が契約をオファーされたのだろうか。
「詳しくは伝えられてないですけど、変化球の回転数を評価されたのかなと思います。スライダーは3000回転していて、MLBの平均を大幅に上回っています。カーブもカットボールも2800、2900回転とかするので、そこが評価されたのかなと思っています」
切れ味鋭い変化球を誇る一方、課題はフォーシームだ。
「日本にいる時も、『球速がもうちょっと上がれば』と言われていました。独立リーグで4年間過ごして、成績自体はけっこうトップのほうだったけど、球速が上がらず、何かを自分のなかで変えないといけないなって。シーズンを戦いながらスピードを上げられなかったので、こっちで思いきり鍛えて、トライアウトを受けて勝ち取ろうと思いました」
【いつクビを切られるかわからない】
ドミニカでレンジャーズとの契約が決まるまでに重点的に行なったのは、強度の高いトレーニングと、投球メカニクスで速く動くことだ。
その成果はすでに感じている。日本では常時143キロ程度、最速148キロだったのが、ドミニカに来て常時140キロ台後半に上がり、最速151.3キロを計測した。
「上で通用するためには、球速帯をもうちょっと上げないといけないですね。そこを上げることによって、バッターの対応も鈍くなると思うので。自分の得意な変化球との組み合わせでバッターを圧倒することによって、次のステップにいけるのかなって思います」
今季前半のDSLでは好調だったが、7月中旬以降に失点を重ね、9試合で32.2回を投げて防御率5.79。荒削りの選手も少なくないが、メジャー予備軍の底力を感じている。
「ここに入っている子たちは身体能力が高いし、やっぱり能力があります。パワーは日本の同じ年齢の子とか、独立リーグの選手よりあると思いますね。打球がセンターバックススクリーンを平気で越えていきますから」
10代後半から20代前半の選手たちに囲まれながら、福田は日本で課題だった球速アップに取り組み、メジャー昇格を目指している。いつか自分がこうした世界に身を置くとは、想像できただろうか。
「去年の今頃はまったく思っていなかったですね。BCリーグの選抜チームに選ばれて、ドラフトにかかることに必死でした」
そう話す福田だが、じつは野球の原点にはメジャーリーグがある。
「3歳ぐらいで野球を始めた時、『メジャーリーガーになりたい』ってずっと言っていました。細かいプランはまったくなかったけど、とにかくメジャーリーガーになりたいという思いがありました」
図らずも今、そのスタート地点に立っている。頂点のメジャーまで到達できる可能性は2%程度という、厳しい世界だ。
「こっちはいつクビを切られるかわからないので、試合前はいつも不安があります。今日、いいピッチングができるかなって。試合が始まったら、不安はなくなりますけど。でも、それもいい方向に働くと思います」
3カ月のDSLが終了後、福田はドミニカでウインターリーグに参戦する予定だ。同国で初めてトライアウトを受けた際、エストレージャス・オリエンタレスから内定をもらったのだ。ちなみに監督はフェルナンド・タティスJr.(パドレス)の父で、ロビンソン・カノは42歳になった今も所属している。
中南米ではMLBのスカウトやコーチと地元球団のスタッフを兼ねる場合も多く、両者の道は密接につながっているのだ。
「ウインターリーグの試合になれば、MLBのスカウトは絶対見に来ますしね。2年以内にMLBのマウンド立てるように、日々、それだけを目標に頑張っていきます」
険しい道であることは間違いない。それでも異国で挑戦に踏み出したからこそ、福田は幼少の頃に掲げた夢に向かい、勝負のマウンドに立っている。