
藤川球児新監督のもと、阪神は圧勝といっていい内容でシーズンを制した。当然、ファンの期待は「日本一」だろうが、その前にクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージでDeNAに勝利しなくてはならない。では、阪神はどのようにCSファイナルステージに臨めばいいのか? もし不安要素があるとすれば? そしてカギを握る選手は誰なのか? 野球評論家の伊勢孝夫氏に語ってもらった。
【クローザー岩崎優の不安】
言うまでもないが、リーグ優勝チームにはCSファイナルステージで1勝のアドバンテージが与えられている。つまり、3勝3敗でも日本シリーズ進出が決まるわけだ。対する相手チームは4勝しなければならず、その分の重圧とも戦うことになる。それだけに、この「1勝」の差は数字以上に大きい。もし阪神が初戦に勝利して2勝0敗とすれば、ファイナルステージの流れは一気に阪神へ傾くだろう。
まして、阪神の投手陣は質・量ともに充実している。先発の才木浩人や村上頌樹は安定感があり、首脳陣としてもゲームプランは立てやすい。
問題は3戦目の先発を誰にするのかだ。私は大竹耕太郎を予想しているが、はたして安心して送り出せる状態にあるのかどうか。今季は9勝4敗と数字だけ見れば悪くないが、一昨年や昨年のような安定したピッチングではなかった。そう考えると、同じ左腕の伊藤将司の可能性もあるだろう。
リリーフ陣も揃っているが、抑えが気になる。岩崎優は岡田彰布監督時代に優勝したシーズンと比べれば、衰えを感じる。その証が、高めに伸びのあるボールが少なくなったことだ。それでも31セーブを稼げたのは、藤川監督の気遣いがあったからだと思う。シーズン中、「この展開ならほかの投手でもいいのに」という場面でも、岩崎に託すシーンを何度か見た。
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今季の阪神はオールスター以降独走し、危なげなく優勝を決めた。言い換えれば、本当の意味で痺れるような展開はなかったというわけだ。
では短期決戦でも、シーズンどおりに抑えを岩崎でいくのかどうか。そこは大きなポイントになると見ている。
【阪神打線の中軸は機能するのか】
ただ個人的には、打者のほうが不安は大きい。その最大の理由は、よく指摘されることだが、リーグ優勝からCSファイナルステージ初戦までのブランクの長さだ。今年の阪神は史上最速となる9月7日に優勝を決めた。そこから試合自体はあったわけだが、それでもシーズン最終戦(10月2日)から2週間ほど空くことになる。
このブランクというものは、選手たちの調子と緊張感、集中力に影響を与える。特に打者は、試合が空くだけで打撃感が狂ってしまうことが往々にしてある。そのため近年、宮崎で開催されているフェニックスリーグに選手を派遣して、試合勘を鈍らせないように工夫している球団もあるようだが、それが最適解なのかいささか疑問が残る。
CSや日本シリーズで登板する投手というのは、フェニックスで投げている若手よりもコントロール、ボールのキレ、変化球の精度など格別である。いくらフェニックスで実戦経験を積んだとしても、それほど意味があるとは思えない。
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当初、藤川監督もフェニックスリーグに主力を派遣させるつもりだったみたいだが、天候不良の見込みなどもあって取りやめたという。そうしたなかで実戦経験を積むには、紅白戦がいいと思うのだが、現時点ではシート打撃をやったという情報しか入っていない。シート打撃も立派な実戦練習だと思うが、どこまで緊張感を持ってできたかどうか。そこについては多少の不安が残る。
特に阪神打線の中心を担う森下翔太、佐藤輝明がどのような状態でCSに臨めるのか。新聞報道を見る限り悪くなさそうだが、一本出るまでは不安だろう。
打者というものは、好調を長く維持するのが難しい。ましてや、2週間も実戦から離れれば、どうしても打撃の感覚は鈍ってくる。シーズン終盤に不調だった選手が、ファイナルステージで調子を取り戻すことはあるかもしれない。しかしその一方で、好調を維持していた選手が2週間のブランクを経ても同じ状態で臨めるかといえば、それは容易ではない。
なかでも佐藤輝は、連続本塁打を放った翌日に3三振をするようなタイプだ。CSは経験しているものの、一度当たりが止まると復調までに時間がかかる傾向がある。待っているうちに、ファイナルステージが終わってしまう。そんな展開も十分に考えられる。
【短期決戦での采配は未知数】
もちろん、シーズンを通して起用してきた監督やコーチであれば、選手の調子や調整の具合を熟知しているはずだ。ファイナルステージ直前になれば、「○○は打てそうにないな」「○○は間に合わなかったようだ」といった見極めもつくだろう。
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あとは試合が始まってみて、その見立てが的中するのか、それとも予想を覆す活躍を見せてくれるのか。そして、より重要なのは、見極めが正しかった場合に、その選手を思いきって見切る決断ができるかどうかである。
長いシーズンであれば、不調の選手でも我慢して起用し続ける時間的余裕はあるが、短期決戦では調子を取り戻すのを待つ猶予はない。4番の佐藤輝であれば、結果として心中という選択も致し方ないかもしれない。だが、たとえば近本光司や中野拓夢といったキーマンがまったく打てない状況に陥った場合、それでも起用を続けるのか。その判断が問われる。
指揮官として初めて臨んだシーズンを圧勝した藤川監督だが、短期決戦での戦いは未知数である。ひとつの采配、ひとつの判断で戦局が変わるのが短期決戦だ。しかも目まぐるしく状況は変わり、瞬発力も求められる。
藤川監督にひとつアドバイスするとすれば、1勝のアドバンテージをどれだけ有効利用できるかどうかである。たとえ第1戦を落としたとしても、1勝1敗のタイである。ならば第1戦は、雰囲気に慣れるため、選手の状態を見極めるために費やしてもいいのではないか。もちろん、勝たなくてもいいと言っているのではない。それくらいの気持ちで臨んでほしいということだ。はたして、CSで藤川監督がどんな戦いを見せてくれるのか。そこは大いに注目したい。
伊勢孝夫(いせ・たかお)/1944年12月18日、兵庫県出身。63年に近鉄に投手として入団し、66年に野手に転向した。現役時代は勝負強い打撃で「伊勢大明神」と呼ばれ、近鉄、ヤクルトで活躍。現役引退後はヤクルトで野村克也監督の下、打撃コーチを務め、92、93、95年と3度の優勝に貢献。その後、近鉄や巨人でもリーグを制覇し優勝請負人の異名をとるなど、半世紀にわたりプロ野球に人生を捧げた伝説の名コーチ。現在はプロ野球解説者として活躍する傍ら、大阪観光大学の特別アドバイザーを務めるなど、指導者としても活躍している