
10月14日、東京スタジアム。試合後の記者会見に登壇したブラジル代表監督カルロ・アンチェロッティは、苛立ちを隠せなかった。日本代表に3−2で逆転負けを喫した事実に、明らかに怒っていた。ミラン、レアル・マドリードで、世界最高峰のチャンピオンズリーグにおいて史上最多5度の優勝を誇る名将にとって、それは屈辱的な体験だったはずだ。
「今の質問はどういう意味だ? あまりよくわからなかった」
アンチェロッティは、詰問するようなブラジル人記者の早口の質問がわからず、隣のスタッフに聞いていた。彼はイタリア人で、まだポルトガル語は完璧ではなく、スペイン語とポルトガル語を混ぜた会見だった。彼自身、ブラジル代表監督就任は今年5月。まずはワールドカップ南米予選を勝ち抜き、来年の本大会に向けた"適応期間"なのだ。
しかしながら王国ブラジルでは、いかなる言い訳も許されない。歴史上、初めて日本に負ける。それは彼の今後の仕事を揺るがすほどの「惨事」だった。
なぜ、アンチェロッティ率いるブラジルは日本を前に膝を屈したのか?
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「前半はいい試合ができましたが、後半は悪かったです」
アンチェロッティはそう振り返ったが、まさに前後半で別のチームだった。
前半のブラジルは、本来の出来に近いだろう。欧州のチームのように戦術的な狙いをつけ、嵐のように襲い掛かるわけではない。しかし、のらりくらりとしのぎながら、しっかりとボールをつないで弱点を探していた。ミドルゾーンで組み、プレスも甘い日本に対し、パスの出し入れだけでスペースを作った。そして日本の3バックとウイングバックの脆弱な結合部分を目がけたパスで右、左と破って華麗に崩し、2点をリードした。
ただ、ブラジルペースだった流れが変わりそうな予兆は、前半の終わりにあった。
自分たちでボールを回しながら、「これで決着はついた」という空気を出していた。韓国を0−5と粉砕していた彼らにとって、「アジアはこの程度」と侮り、無理しなくても勝ちきれる算段がついたということか。ブラジルの選手たちは、戦いの熱を冷ましたように見えた。余熱で戦いきれたらよかったが、計算外が起こったのである。
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【「不機嫌になるのは普通」】
後半頭から高い強度のプレスをかけてきた日本に、混乱が生じた。52分、中盤でカゼミーロが堂安律の背後からの寄せに嫌がるような横パス、さらにルーカス・パケタも鎌田大地のプレスにバックパス。これを受けたセンターバックのファブリシオ・ブルーノは上田綺世の寄せを受け、判断を迷ったのか、腰砕けになって、コースカットに入っていた南野拓実にパスし、これを打ち込まれた。
「日本は後半からいいプレーで、プレスの強度が上がり、ビルドアップのところが困難になりました」
アンチェロッティは言う。カオスは伝播していた。失点の10分後、ファブリシオは中村敬斗のシュートをクリアしきれず、ゴールに蹴り込む。これもミスだが、公式も中村の得点としたように、実はディフェンス全体の問題だった。左サイドバックのクロスへの寄せは甘く(伊東純也は常に優位だった)、逆サイドまで振られ、中村もフリーだったのだ。
「個人のミスでメンバーから外すとかはありませんが......ミスはチームに影響し、バランスを崩したのは間違いありません。(失点し)ファイティングポーズを失い、(日本の攻撃に対する)リアクションもできませんでした。チームがコントロールを失い、メンタル面が落ち込んだのが最大のミス。よくない結末に結びついてしまいました」
アンチェロッティは務めて冷静に説明したが、2−2とされた約10分後には、CKから上田綺世に前に入られ、ヘディングシュートで失点した。上田にはその前にも決定的なヘディングを打たれており、完全に後手に回っていた。3−2と逆転された後、冷えきったブラジルは反発力も見せられなかった。
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「これでよくはありません。チームが敗れたとき、不機嫌になるのは普通のことでしょう。みんな不愉快だし、私も選手たちも、負けるのは好きじゃありません。だからこそ、こうした敗北から学ぶべきで、それがフットボールなのです」
アンチェロッティは語ったが、日本の歴史的勝利は同時に王国の歴史的敗北を意味した。よほどの成果=ワールドカップ優勝ぐらいのことを達成しなければ、この汚点を消せないだろう。それは伝説的な名将にとって耐えがたい恥辱に違いない。
ただ、アンチェロッティはいわゆる戦術家ではない。日本戦のようなケースは起こり得ることだった。
レアル・マドリードで数々のタイトルに浴した時代も、「戦術がないのが戦術」と言われるほどだった。イタリア特有の守りの堅牢さを高めながら、攻めは選手たちの実力を見抜き、信じ、自由度の高い戦いを信奉し、その撓(たわ)みが変幻自在の動きを実現し、ユルゲン・クロップやジョゼップ・グアルディオラといった稀代の戦術家のチームを破った。一方で、再現性のある戦術ではないため、格下に呆気なく負けることもあったのである。
アンチェロッティはあくまで戦略家であり、独自の戦術を駆使するタイプではない。天才的センスで戦況を見抜くのには長けるが、戦術的アプローチで修正し、改善するタイプではないだろう。結果、この日のように"彼のチームでプレーするのに値しない選手"がピッチに立ってコントロールを失った時、チームが戻るべきバランスもなく、混乱のなかで失点を繰り返した。
「今、敗れて学んだほうがワールドカップで経験するよりマシだ」
アンチェロッティは言った。強がるしかないだろう。彼は勝ち続けてきた名将なのだ。