
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
* * *
――先月9月3に北京で行なわれた、抗日戦争反ファシズム戦争勝利80周年記念式典。ここに、習近平中国主席、プーチン露大統領、金正恩総書記が集まりました。1959年以来、中露北の首脳が66年ぶりに一同に集結したことになります。これは反日連合なのですか?
佐藤 この式典は、軍国主義日本に対する勝利の日を祝うもののはずです。そこで注目するべきは、それにもかかわらず「反日」を強調しなかったことです。
――なんと!
|
|
佐藤 このいずれの三国も日本を敵視していないということが、日本にとって最大の成果です。本来は反日をアピールする日のはずです。ところが、日本への言及を外しているというのは意図的で、この三国は日本と喧嘩をしたくないということですね。
――なるほど。今回のパレードにおける三国首脳陣の集結を、そのようにみるのですね。
佐藤 そうです。1945年9月2日に東京湾に停泊する米海軍戦艦ミズーリ―の艦上で、日本は降伏文書に調印して第二次世界大戦が終結しました。
そのお祝いとして、ソ連のスターリンが命じて9月3日に記念式典を行ないました。だからこの日は、スターリンによって始められた、軍国主義日本に対する勝利の日の集まりなんです。
――1945年5月8日はナチスドイツが無条件降伏を受け入れた日であり、VEday=Victory in Europe。
|
|
佐藤 だから、9月3日がVJdayにかかわらず、Japanの話がないのはどういう意味だと思いますか?
――どういうことですか?
佐藤 この三国が結束して戦うのは、むしろ西側連合であって、日本ではないということです。この三国にとって、日本は脅威となっていないんです。
――脅威は米とNATOの西側連合だと。
佐藤 そういうことです。あの日に「反日デイ」にならなかったのは、日本としては外交が上手くいっているからだと思いますよ。
|
|
――ちゃんと仕事をしていると。
佐藤 北朝鮮との関係は切れていますが、石破政権はロシアと中国との関係を良好に進めてきました。これははっきり言って、岸田文雄さん(前首相)だったらもっときつかったですよ。
――石破さんはやはり、やめなくてよかった。なぜ辞める必要があったのか? 国益を損なっていますね。
佐藤 石破さんは国益優先だし、頭もいいんです。トランプとの交渉では赤澤亮正大臣を送って、難しい関税問題をなんとか片付けました。
もっとも重要なのは、結局、ガソリン車をOKにしたことです。もし、日本の内燃機関をなくしてしまったら、トヨタが全車EVに変わることになります。すると、エンジンはモーターに代わり、匠の業をもつ内燃機関の下請け企業が全て必要なくなります。
あの技術が全てなくなってしまったら、二度と戻りません。内燃機関は戦車に必要ですし、ベアリングなどのネジの技術は軍事的に絶対に重要ですよね?
――はい。そのあたりが未熟で、素晴らしいエンジンが作れずに、日本は第二次大戦に負けました。それを全てEVにすることは第二の敗戦であります。それを石破さんは防いだ。
佐藤 その通りです。
――プーチンは「日本の軍国主義が復活しつつある」と主張していると、8月末に報道されていました。これはヤバいのでは?
佐藤 日本の軍国主義復活は客観的事実ですね。勇ましい人が増えていますから。
――確かに、参院選で勇ましい方々が増加しました。
佐藤 それから日本は、防衛装備移転三原則を緩めて、東南アジアに進出しようとしています。だから、プーチンが言っていることは別に非難でなくて事実じゃないですか。日本を敵視しているのではなく、事実を指摘して発言している。
だからこそ、交渉して、戦争を起こしてはいけないわけですよ。
――なるほど。ロシアには日本語教育などを行なう日本人材開発センター(通称:日本語センター)が設置されていました。しかし、それの6ヵ所全てが閉鎖決定となりました。これはどう見ていますか?
佐藤 この日本語センターは、私が外交官時代に作った施設ですね。日本語を教えて、親日ロビーを作ろうとしたんです。そして、北方領土の啓発なんかをしていました。だけど、非友好国だから、やっぱり無理だったということですよ。
――やろうと思ったけど、できないことがわかって閉鎖になった。そういうことですか?
佐藤 そうです。なぜ、こんな文化交流を行なっていたかというと、北方領土解決のためです。しかし、現状ではそういった広報活動ができる状態でないですからね。
――確かに。
佐藤 それで、中国もアメリカも今後、ロシアに負けると思いますよ。
――な、なんと! ロシアは日本とは喧嘩しないでアメリカと戦争したら勝ってしまい、なおかつ仲間扱いしている中国と戦争して勝ってしまうんですか?
佐藤 極超音速空対地ミサイル「キンジャール」と大陸間弾道ミサイル「サルマト」。ロシアでこれらを作った開発者の年収はどちらも800〜1000万円です。
――安さ爆発の頭脳集団であります。
佐藤 そうです。そのうえ、秘密を守らなくてはいけない軍産複合体で研究しているわけだから、論文も発表できません。そうなると報酬といえるのは、身内100人ぐらいと参謀総長、国防大臣が褒めてくれることくらいです。あと、プーチンに感謝されるのがうれしくて、低い年収でもやっているわけですよ。
――それだけでロシア国内では最高の名誉になります。
佐藤 一般的なロシア国民の年収が平均220万円なので、格差は5倍。つまり、一般国民と5倍の格差があれば、ロシアではエリートが満足するんです。ロシアの銀行員もそれくらいの年収です。
だから、昔の「オルガルヒ」のようなカネがあればいい時代は終わったんです。
――拝金主義から、拝褒主義となった。
佐藤 格差5倍。日本人の感覚からするとどうですか?
――非正規労働者やアルバイトなど、日本の"アンダー暮らす(下層階級)"の平均年収は216万円。一方、防衛省の研究職は1200万円であります。だから「いいんじゃないの?」という感覚です。
佐藤 では、一般の社員の年収が800万円で、会社に10億円の利益を貢献した社員が年収4000万円とすると納得はできますか?
――納得できます。
佐藤 しかし、アメリカだと同じ大学院を出ても、その先で大きく変わります。投資顧問マネージャーと高校教師では、5000倍の開きがあるそうです。
――それはやる気がなくなる......。つまり、国力に影響すると。
佐藤 はい、国力低下はまぬがれないでしょう。だから、今後ロシアがアメリカ、中国に勝てるんです。
――納得しました。
次回へ続く。次回の配信は10月24日(金)を予定しています。
取材・文/小峯隆生