


両親は勉強もスポーツもなんでもできる、出来のいい兄貴のことが自慢だったと思う。状況が長引くと、次第に母は嘘をつくようになった。周りの人に「まさか、あのヒロキくんが引きこもり?」と噂されることを恐れたのだろう。


俺には「兄は海外に行っている」なんていう嘘をつく度胸も、「兄は引きこもっている」と言う勇気もなかった。一人っ子だと言って、それ以上深く聞かれないような自衛策を身につけていった。カナにも兄貴のことは伝えなかった。

最初は俺も両親も、兄貴はすぐに再就職するだろうと思っていた。あれだけ輝いていた兄貴だ。これくらいの休息は必要だろう。そう前向きにとらえていた。だから周りに心配をかけないように、気を遣わせないように、兄貴のことは「あえて」言わないようにしていた。付き合いはじめたカナに対しても同じだった。
カナは俺のことを一人っ子だと思っているし、結婚する段階になっても母からはあえて言う必要はないと言われた。なぜなら兄貴はいずれ元の兄貴に戻るはずだから……。本当に浅はかなことをしてしまったと思っている。でも当時は本気でそれがカナのためだと思っていたのだ。しかし兄貴は社会復帰などまったくできないまま、今に至っている。
|
|