画像提供:マイナビニュースLIXIL(リクシル)で数々のプロジェクトを率いてきたデザイナーのポール・フラワーズ氏は、「美しさと機能性の両立こそが人を惹きつける」と語る。日本文化への共感からこだわりの視点、そしてサステナブルな素材・製品づくりまで、フラワーズ氏のデザイン哲学を聞いた。
日本の文化とデザイン
ドイツの高級水まわりブランド「GROHE(グローエ)」などでキャリアを積んだフラワーズ氏は、LIXILに加わる以前から日本文化への関心が高かったという。
フラワーズ氏「デザイナーとしてみると、日本の“モノ”は時計、自動車、建築、庭造りなどにおいて精密さや完全さを求めている点が興味深く、そのこだわりに強く共感できる。あらゆる側面に専門性があり、日本には“完璧さへのこだわり”がある。そして自然との秩序や調和を大切にしている。すばらしい姿勢だと思う」
そうした日本文化の魅力は、フラワーズ氏のLIXILでのデザイン哲学にも影響を与えている。
「美しさと理性の均衡、美しくあると同時に有用である」という、機能と美を一体化させた考え方に共感しているそうだ。
LIXILのデザインの事例として、同社の水まわりブランドを差別化するツール「シグネチャーエレメンツ」がある。これは造形としての「そのブランドらしさ」が伝わる象徴的なデザイン要素だ。
例えばLIXILの水まわりブランドとなるINAXブランドのシャワーヘッドなら、上から見たときの独特な楕円形状(スクォーバル)、光を受けて美しく映える曲面(テンション)、富士山に着想を得た立ち上がりのライン(ボルケーノ)といった要素。このうちボルケーノは、大地にしっかり根ざし、丈夫で安心であるという印象を与えている。こうしたデザイン要素を組み込み、製品全体の機能性と美しさを一体化させているわけだ。
フラワーズ氏いわく、「デザインは、ブランドらしさを表すだけでなく、使い心地を誘導する役割も果たす」――。例えば、ドアのハンドルは日常的によく手が触れる部分であり、触れた瞬間に「これは金属だ」「これは品質がいい」という印象を与える。言われてみれば、ハンドルがガタつけば扉そのものや空間のクオリティが低い印象を持つし、しっかりしていればクオリティの高さを感じる。細部へのこだわりが、扉や空間の印象を左右するのだ。
フラワーズ氏「あるドアのプロジェクトでは、当初はドア全般に対するユーザーの体験づくりから始まったが、最終的にハンドルが最も重要となった。消費者の目に触れない部分においても数十万回の操作に耐える設計を突き詰めることで、長寿命を実現する。それが信頼やブランドロイヤルティにつながる」
実際に開発段階のサンプル品と実製品のハンドルに触れて比較すると、実製品は重みがあり高級感が伝わってくる一方で、開閉はスムーズでストレスのない使用感を体験できた。
フラワーズ氏「(建具のデザインでは)使っていないときには建築のように美しく、使うときには人を導くという2つの状態を両立させることが重要だ」
LIXILでは独自の事前調査(プリサーチ)を行い、消費者が製品をどう握り、どう使うかを観察する。映像に残して分析し、そこから隠れた問題を見つけることもある。
フラワーズ氏「課題を解決するために新しい技術を生み出すこともある。デザインは価値を伝える言語であり、ドアのハンドルであれば、『どこを持つか』『どう回すか』を直感的に導くナビゲーションとなる。私たちはユーザー志向の会社であり、暮らしを豊かにするラグジュアリーな体験を提供するためにデザインや技術を選ぶ」
スケッチと多様性
こうしたアイデアをすばやく形にする手段として、フラワーズ氏が大切にしているのはスケッチだ。
フラワーズ氏「描くことが得意なデザイナーにとって、スケッチは大切な道具だ。アイデアをすばやく形にし、未来像を共有できる。言葉では伝わりにくいアイデアも描けばすぐに共有できる。文化や背景が異なるメンバーにとって共通言語となる」
LIXILは多様性とインクルージョンを重視し、東京、常滑、ニューヨーク、ロンドン、デュッセルドルフ、シンガポール、上海、広州の8箇所にデザインスタジオを構え、各地の文化やトレンドの変化をとらえている。
フラワーズ氏「異なる視点を持ち寄ることで、一人では生み出せない解が見つかる」
フラワーズ氏のリーダーシップについて、LIXIL Water Technology Japan デザインセンター長の冨岡陽一郎氏は次のように語る。
冨岡氏「ポールはデザインのやり方を大きく3つの方法論で示してくれた。それはブランドイメージの一貫性を意識すること、デザイナーの思い込みではなくプリサーチでユーザーを中心に観察・理解すること、自分たちが提案できる価値を明確にすること。
我々がどんな価値を提案できるのかを明確に定義したことで、全員が同じ方向を向けるようになった。その結果、意思決定やデザインの決定が体系的になり、悩む時間が減り、よりクリエイティブなデザイン・造形ディテールの作り込みができるようになった」
チーム全体の方向性が共有できるようになったことで、グローバルで活動するデザイン組織が強く結びついていることが分かる。
日本における“空間”の可能性
そうして育った多様な視点は、各地域の暮らしに即した製品づくりへとつながっている。
例えば日本の住環境は、欧米に比べてコンパクト。今後の見通しも、建築費、資材費、人件費が高騰している影響を受け、住宅はさらに狭くなる傾向だ。スペースの有効活用が一層重視される。そんな中、LIXILの製品はどんな役割を果たすのだろうか。
フラワーズ氏「日本の住まいはコンパクトだからこそ、1つ1つのアイテムがとても重要だ。置けるアイテムの数が少ないからこそ、品質が空間全体の印象を決める。LIXILでは、マッサージ機能を備えたシャワーや遮音性の高いドア、機能的な収納、彫刻のように美しいデザインのトイレや浴室などを用意している」
さらに、これからのライフスタイルに欠かせない視点がサステナビリティだ。LIXILはアルミ資材のリサイクルに積極的に取り組んでおり、リサイクルアルミを100%使用した「PremiAL R100」などを展開している。
フラワーズ氏「製品は美しく機能性に優れていながら、持続可能性も担保している。責任あるものづくりこそが住空間を支える基盤となる」
「美しさと理性」こそデザイン哲学
フラワーズ氏は、デザインを「機能や形」だけでなく、「体験と感情を刺激するストーリーを伝えるもの」ととらえている。優れたデザインとは、美しさと理性――。理性的に使いやすく、美しさで心を動かす。その両輪がそろってこそ、プロダクトの価値は高まるのだという。
フラワーズ氏「小さな製品であっても、ユーザーが毎日使いたいと思う関係ができれば、長く愛され、結果として環境への配慮にもつながる」
世界で毎日10億人が使っているというLIXILの製品。それらは、機能するだけでなく、感情を刺激し、生活に寄り添う体験を届けるツールとしての役割を果たしている。
伊森ちづる 家電・家電量販店ライター。家電量販店の取材や家電メーカーの取材、家電製品のレビューを中心に活動。売り手、メーカー、ユーザーという3つの視点で家電を多角的に見るのが得意。雑誌、ニュースサイト、ラジオ、シンクタンク、自治体での情報提供など、多方面で活躍中。最近は、テクノロジー×ヘルスケア、テクノロジー×教育などにも関心あり。趣味は音楽鑑賞(クラシック)とピクニック。 この著者の記事一覧はこちら(伊森ちづる)