DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む企業の間で、現場での業務プログラムの内製化が進むにつれ、ノーコード開発ツール(以下、ノーコード)の活用が注目されている。今後、標準的に使われるのか。一方で、ノーコードは生成AIに呑(の)み込まれてしまうのではないかとの見方もある。そんなノーコードのこれからについて、この分野に注力するサイボウズの青野慶久氏(代表取締役社長)に取材の機会を得たので聞いてみた。
「ノーコード」は生成AIに呑み込まれるのか? サイボウズ 青野社長に聞いてみた
●「日本企業のDXはノーコードの活用で進む」
サイボウズが普及拡大に注力するノーコード「kintone」(キントーン)は、プログラミングの知識がなくてもドラッグ&ドロップのUI(ユーザーインタフェース)によって、幅広い業務のアプリケーションを容易に作成できるクラウドサービスだ。2011年に販売開始して以来、ユーザー数は2025年8月末時点で3万9000社を超え、kintoneで生まれたアプリケーションは332万以上を数える。また、複数のグループウェアソフトを提供する同社にとってもkintoneは全売上高の55%(2024年12月期決算)を占める主力サービスとなっている(図1)。
筆者は青野氏が20年前にサイボウズの社長に就任して以来、取材を重ねてきた。とりわけ同社が企業理念に掲げる「チームワークあふれる社会を創る」に共感し、アグレッシブな同氏の姿勢と同社の活動に注目し、本連載でもこれまで幾度も取り上げてきた。ただ、ここ2年余り取材の機会がなかったので、kintoneに代表されるノーコードのこれからについてIT、デジタル分野の最近の動きも踏まえて同氏がどう見ているのかを聞いてみたいと思い、取材を申し入れた。
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そうした筆者の問いかけに対し、青野氏は次の3つを挙げた。
1. 「日本企業のDXはノーコードの活用が中心となって進むとの手応えを強く感じている」
同氏はその理由について、「例えば、米国だと仕事の範囲を明確にするジョブディスクリプション(職務記述書)が厳しいので、業務の現場に情報システム部門の仕事を担わせるのは難しい。一方、日本は現場でさまざまな業務に対応して改善を図ることにむしろ積極的だ。こうした仕事における文化の違いに加えて、日本ではIT人材がITベンダーに偏っていてユーザー企業には少ない。DXは現場で進める必要があるということを、ここにきて多くの企業が気づき、動き出しているからだ」と説明した。
その動きは企業規模を問わず、さらに公共分野へも広がっているという。
2. 「ノーコードは生成AIを組み入れることにより、さらに進化して広く使われるようになる」
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同氏は、「UIとして、これまで適用してきたドラッグ&ドロップに加えて、自然言語による対話形式でアプリケーションを作成できるようになる。kintoneも既にそうした機能を装備しており、着実に進化している」と説明した。
同氏は生成AIのこれからの使われ方についても、次のような見方を示した。
「今は『ChatGPT』に代表される生成AIによる汎用(はんよう)的な使われ方が先行しているが、これからは生成AI活用の基となる学習データを保有している企業や組織がそれぞれに独自のAIサービスを作って使い、さらにそれを外部にも提供してビジネスにするようになるだろう。『八百万(やおよろず)の神々』が存在するイメージだ。ノーコードはこうした動きを促進するプラットフォームになるというのが、私の未来予想図だ」
ただ、生成AIは既にコーディングにも使われ始めていることから、ノーコードが生成AIに呑み込まれるではないかとの見方もある。そう単刀直入に聞いたところ、青野氏は次のように話した。
「ノーコードという言葉が前面に出ているが、当社がkintoneを提供し始めた頃は『ファストシステム』と銘打って売り出した。これは『自分たちがほしい業務システムを素早く作れる』ことを意図した言葉だ。kintoneは誰でもこの目的を果たせるようにこれまで磨き上げてきた。生成AIでもコーディングはできるが、誰もが容易に素早く使えるものではないと認識している。むしろ、kintoneのUIとして生成AIを使い、DXの領域をどんどん広げていただきたい」
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「ファストシステム」の話を聞いたのは初めてだったので印象的だった。要は、ノーコードだろうが生成AIだろうが、大事なのはそれを使う目的は何なのかだ。当たり前のことだが、ハッとさせられたやりとりだった。
3. 「kintoneは日本のデジタル赤字の削減に貢献できる」
「デジタル赤字」とは、日本の国際収支においてデジタルサービスの海外への利用料の支払いが膨らむことによる赤字で、この数年、拡大し続けている。日本企業は利用料を支払い続ける「デジタル小作人」になってしまうとの見方もある。
ただ、これはクラウドサービスの規模の経済における市場構造上、仕方のない話で、むしろデジタル小作人として日本市場でしっかりと地歩を築いた上でグローバルでも競争力のある製品やサービスを打ち出していけるかどうかが、これからの日本企業のチャレンジになるともいわれる。
そうした背景もあって、青野氏がkintoneのサービス名を前面に出したのは、ノーコードの競合には外資系のサービスが多いからだ。デジタル赤字は以前から続いていたが、最近の拡大ぶりに日本政府も懸念を示し、対策を講じるべく動き出している。
ただ、現状ではこの分野において日本からグローバルで競争力のある製品やサービスが出ているとは言い難い。そうしたことを踏まえて、青野氏はデジタル赤字削減に向けて次のように述べた。
「この分野の3階層でいうと、インフラ層はハイパースケーラーによって占められているが、その上のミドルウェア層とアプリケーション層は、日本企業もまだまだグローバル市場に進出して成果を上げられると考えている。その意味でいうとkintoneはミドルウェア層のノーコードとして、kintone自体の海外での普及拡大に一層注力するとともに、kintoneでアプリケーションを作成したお客さまがデジタル企業となって国内だけでなく海外に進出するきっかけになり得る。国内ではそうした動きがどんどん出てきている。それをグローバルに展開することによって、お客さまにとっても新たなビジネスの創出につながるといった流れをつくっていきたい」
これは、先述した「AIサービスによって八百万の神々が存在する世界になる」ということにも通じる話だ。この流れをつくる上では、先に紹介した3万9000社を超えるユーザー、332万以上のアプリ、さらに400社を超えるプラグイン・連携サービス、500を超えるパートナー(いずれも2025年8月時点)といったkintoneのビジネスエコシステムが新たな経済圏となってグローバルでも目立つほどに躍動することが求められる(図2)。
青野氏は取材の最後に、「どんな業種の企業であっても自らデジタル企業に変わることこそが、まさしく企業にとってのDXだ。そして、それこそがグローバルに進出する日本企業の勝ち筋だと確信している」と力を込めた。
ちなみに、筆者は本連載でサイボウズの動きについて、2011年12月12日掲載記事「グループウェア陣営の宣戦布告」、2013年7月22日掲載記事で「国産PaaSの挑戦」で解説した。10数年経った今、最新のノーコードのこれからについて、改めてこの2つのタイトルも期待を込めて掲げたい。
著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。
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