画像提供:マイナビニュース バーボンの聖地巡礼の旅では、バーボンフェスティバルをはじめとするイベントに参加するほか、バーボン蒸溜所をたくさん見学してきました。今回は、その中からプリザベーション(Preservation)蒸溜所のレポートを写真とともにお届けします。
2024年のサンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティションにて、プリザベーション蒸溜所の「ピュア・アンティーク 20年」が、「ベスト・オーバーオール・バーボン」という最高の栄誉に輝きました。
プリザベーション蒸溜所の物語は、単なるウイスキー造りを超え、近年のバーボン業界の進化そのものを映し出す、輝かしいケーススタディとなっています。歴史的な原酒の「保存(Preservation)」と、未来のすばらしいウイスキーを自ら「蒸溜」する両方を実現しているのです。
創業者であり蒸溜所のオーナーはマーシー・パラテラ氏。バーボン業界では珍しい女性オーナーです。彼女がスピリッツ業界に参入したのは1980年代、いわゆる「バーボン不況」の真っ只中。当時、バーボンの人気は低迷していました。
彼女はワインマーケティングの知識を活かし、市場とは逆張りの戦略に出ます。忘れ去られた古酒のストックを積極的に買い集め、まだバーボンに高い価値を見出していた日本やヨーロッパの市場へ輸出を始めたのです。
彼女の最初にして最も象徴的なブランド「ヴェリー・オールド・セントニック(Very Olde St. Nick)」は、まさに日本市場向けに考案されたものでした。単なる販売者ではなく、希少な樽を個別にキュレーションし、洗練されたブランディングを施すことで、価値の焦点を蒸溜所からキュレーターへと移行させました。現代の高級ノン・ディスティラー・プロデューサー(NDP)の先駆者とも言える人物なのです。
転機が訪れたのは2015年。パラテラ氏はケンタッキー州バーズタウンの歴史的な農場に蒸溜所を設立しました。この土地は、奇しくも1776年に先駆的な蒸溜家のワッティ・ブーンがウイスキーを仕込んだ場所とされており、まさにバーボン創生期の遺産とも言える場所です。蒸溜所名「プリザベーション(保存・保全)」には、伝統的なバーボン造りの技術と文化、そしてこの土地の豊かな環境を未来へ受け継ぐという理念が込められています。
プリザベーション蒸溜所はバーズタウンの緑豊かな丘陵地帯にあります。大手蒸溜所のような工業的な雰囲気とは無縁の、時間がゆったりと流れる農場でした。
蒸溜所見学を案内してくれたガイドがまず強調したのは、まさに「プリザベーション」という名前の由来。この歴史的な土地と伝統製法を守ることへの情熱でした。
バーボンを大量生産する蒸溜所では破砕済みの穀物を購入するところもありますが、もちろん、プリザベーション蒸溜所では自分たちでハンマーミルを使い、破砕しています。原料となるトウモロコシや小麦、ライ麦などは近くの農場から仕入れているそうです。
「私たちが自分で破砕しているのは、直前に挽いた豆で淹れた新鮮なコーヒーが一番美味しいのと同じです。それが私たちのコンセプトです」とガイドは語りました。
粉砕した穀物はクッカー(糖化槽)に送られます。ライムストーンウォーター(石灰岩層を通った水)を4分の3ほど入れ、約93度まで加熱して、まずはトウモロコシを投入。30分後、温度を71度まで下げて小麦やライ麦を投入。その後、60度に下げて大麦の麦芽を入れるとのことです。合計約6時間で、すべてのでんぷんを糖に変換します。
続いて、発酵槽でアルコールを発生させます。酵母は秘密とのこと……。プリザベーション蒸溜所には1,000ガロン(約3,785リットル)の発酵槽が6基ありました。ここで3〜5日かけて、もろみができあがります。
圧巻だったのは銅製のポットスチル(単式蒸溜器)。ガイドは「私たちに欠けているのは効率性です。大きなコラム(連続式蒸溜器)を使わない代わりに、ポットスチルがリッチでオイリーな、複雑なスピリッツを生み出すのです」と誇らしげに語ります。
1バッチがわずか1〜3樽分という「マイクロバッチ」へのこだわりも印象的でした。毎回、蒸溜するごとにポットスチルを洗浄するので、製造できる量に限りがあります。ガイドは、ほかの大規模蒸溜所は数万ガロンの発酵槽を持っているとか、1日に数千樽を詰めるなど、何度も規模の比較をしていました。小さい、ということは彼らの誇りでもあるようです。
「私たちがどれだけ小さいか、もう一つの目安をお話ししますと、私たちは蒸溜を開始して約8年で、ようやく1万樽を詰め終わったところです。例えばメーカーズマーク蒸溜所なら2日間の量です」(ガイド)
バーボンでは樽詰めの際、アルコール度数が125プルーフ(62.5度)を超えることはできません。プリザベーション蒸溜所では、115プルーフ(57.5度)で樽詰めします。オーナーのパラテラ氏が「それがスイートスポット」だと言っているそうです。加水にはRO水(逆浸透膜水)を使っています。
熟成に使う樽はもちろんホワイトオークの新樽です。内側を焦がしますが、レベル3(約35〜40秒)でチャーしているそうです。ほかには、チャーした部分を縦に削るウェーブスティーブや、樽の内側をらせん状に削ったスパイラルカットも利用することがあります。樽の中で原酒が触れる表面積が広がることによって、グラハムクラッカーのような風味が加わるとのことです。
プリザベーションのビジネスモデルは、二重のアイデンティティによって成り立っています。それは、NDPとしての「調達の芸術」と、自社で蒸溜する「蒸溜家」としての未来です。
パラテラ氏の卓越したキュレーション能力で集められた歴史的なウイスキー原酒をブレンドした高価格帯の製品が、同社の評価を確立しました。そして、その成功が、自社蒸溜所の運営と、自社原酒の長期熟成という莫大な先行投資を支えているのです。
カナダの原酒とされる「レア・パーフェクション(Rare Perfection)」シリーズは、そのユニークな風味から一部で「デザート爆弾」と称賛されています。また、看板ブランドの「ヴェリー・オールド・セントニック」も、かつて伝説的なスティッツェル・ウェラー蒸溜所の原酒が使われていたと噂される古酒から、近年のものまで、そのキュレーション能力が光ります。
この集大成が、冒頭で触れた「ピュア・アンティーク 20年」です。2024年のサンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティションでの「ベスト・オーバーオール・バーボン」受賞という快挙を成し遂げました。この逸品は、テネシー州で10年間熟成された原酒を調達し、その後さらにプリザベーションの熟成庫で10年間も追加熟成しもの。まさにラグジュアリーな逸品です。
そして今、蒸溜所の未来を担う存在として、ついに初の自社蒸溜フラッグシップライン「プリザベーション・エステート・シリーズ」がお目見えしました。その第一弾が「エステート・ウィーテッド・バーボン」です。自社のポットスチルで蒸溜し、約7年の熟成を経てリリースされたウィートバーボン。マッシュビルにはケンタッキー産のトウモロコシ、小麦、そしてダークトーストされた麦芽大麦が使われています。
製造量が少なく価格も高めですが、著名な評論家からも絶賛されており、バーボン愛好家の間で早くも高い評価を獲得しています。
蒸溜所見学の後、なんとパラテラ氏にランチをごちそうになりました。バーベキューにマッシュポテトと、ケンタッキーならではの豪快さ。時間をかけてじっくり焼いたビーフは最高でした。
食後はテイスティングルームへと案内され、そこでもパラテラ氏ご本人に珠玉のバーボンを注いでいただき、説明を受けるという幸運に恵まれました。ただでさえ高価なプリザベーション蒸溜所のラインナップに加え、長熟の限定品も出していただき、最高の時間でした。
パラテラ氏の話にも引き込まれました。バーボンの説明もしてくれたのですが、バーボン作りの哲学も胸に響きました。これまでのキャリアの中では、好みではなかったウイスキーのボトルを出してしまったことがあるそうです。その後、後悔で夜も眠れない経験をしたことから、もう二度と自分がいいと思わないものは出さない――と決めたそうです。そのおかげで、今のプリザベーション蒸溜所があるのでしょう。
今回の訪問で最も心に刻まれたのは、オーナーのマーシー・パラテラ氏のバーボン作りに対するこだわりです。歴史的な原酒の価値を見抜き、新たな命を吹き込むNDPとしての卓越した「キュレーション能力」。そして、非効率を承知でポットスチルとマイクロバッチにこだわり、リッチで複雑な自社原酒を生み出す「蒸溜家」としての情熱。その両方に感服です。プリザベーション蒸溜所の未来から、ますます目が離せなくなりました。
柳谷智宣 やなぎや とものり 1972年12月生まれ。1998年からITライターとして活動しており、ガジェットからエンタープライズ向けのプロダクトまで幅広い領域で執筆する。近年は、メタバース、AI領域を追いかけていたが、2022年末からは生成AIに夢中になっている。 他に、2018年からNPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立し、ネット詐欺の被害をなくすために活動中。また、お酒が趣味で2012年に原価BARを共同創業。 この著者の記事一覧はこちら(柳谷智宣)