
ソフトバンクは、相手の"ワンチャンス"でやられた。1対0とソフトバンク1点リードで迎えた6回表だ。それまで無失点に抑えてきたソフトバンク先発の有原航平が無死二、三塁のピンチを背負うと、ここで森下翔太の内野ゴロの間に追いつかれた。
なおも一死三塁から、佐藤輝明に二塁打を許して勝ち越された。結局スコアはそこから動かず、ソフトバンクは第1戦を1対2で落とした。
【勝つだけじゃないエースのピッチング】
負け投手は有原だ。
「結果がすべて。勝ち越されてしまったことが、こういう結果になったかなと。次に向けてしっかりまた準備していきたいと思います」
試合が終わり、普段の5倍近く多く感じる報道陣でごった返す通路を歩いていた有原は、立ち止まって取材に応じた。
期待に応えられなかった悔しさが表情に滲み出ていた。だが、有原はなにも"仕事"ができなかったわけではない。
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有原はソフトバンクのエースだ。クライマックスシリーズ(CS)ファイナルの第1戦先発はリバン・モイネロに譲る形になったが、レギュラーシーズンでは今季2年連続で開幕投手を務めている。6月からは約2カ月間負けなしの8連勝を飾るなど、14勝をマークして2年連続で最多勝タイトルを獲得した。
エースとは何か──。
かつて日本ハム時代にダルビッシュ有が話した言葉がとても印象深い。ダルビッシュは「自分が勝つのはもちろん、カード頭に投げる僕は翌日以降のピッチャーを勝たせるピッチングもしないといけないんです」と力強く語っていた。
つまり相手打者に強烈な"残像"を与え、調子を崩させる。代表的な手段としては内角攻めだろう。その配球を相手の頭に植えつけることで、翌日以降も踏み込ませない。
有原がプロ入りしたのは2015年だから、ダルビッシュはすでに日本ハムを去った後だ。それでも「ダル・イズム」は少なからずチームに息づいていたはずだ。
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だから、だろう。有原もエースと呼ぶにふさわしい投球術を見せる。
先のCSファイナルもそうだった。日本ハム強力打線と対峙するなかで、本当にしつこく胸元をえぐりつづけた。なかでもフランミル・レイエスと郡司裕也への攻め方は極端だった。
レイエスの場合、レギュラーシーズン中のコース別成績を見てみると、ストライクゾーンの内角高め(.379、2本)、内角真ん中(.333、1本)、内角低め(.407、1本)のデータが示すとおり、本来は内角に強いことがわかる。それでもインコースを攻めつづけた。郡司にもそれは同じことが言えた。
CS後、バッテリーを組んだ海野隆司に聞くと、「郡司はCSファイナルが始まる前からキーマンのひとりと考えていました。そして第1戦でレイエスに(1本塁打含む3安打と)打たれたので」と舞台裏を明かしてくれた。
【徹底したインコース攻め】
そして日本シリーズ第1戦である。
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有原と海野のバッテリーは、3番を打つ森下を最も警戒していたように見えた。まず第1打席。森下がバットを構えると、海野がスルスルと内角に体を寄せ、つづけざまにツーシームを要求。結果的に有原の投げた球がやや甘く入ってしまい三塁線を破られる二塁打を浴びたが、意図を感じる配球だった。
第2打席も初球は内角に食い込むツーシームだ。その後はフォークを3球つづけて、空振り三振を奪った。
そして3打席目の勝負である。冒頭で記した6回表無死二、三塁の場面だ。外角低めにはフォーク、内角をえぐるのはツーシームという配球を見せる。7球の勝負で真ん中付近にいったボールはひとつもなかった。
最後はまさに胸元へのツーシーム。完全に詰まらせてのショートゴロだったが、当たりが弱すぎたのと内野がそもそも定位置に守っていたため、三塁走者の生還を許した。
この回は走者を背負い、まず同点にされ、なおも走者を置くというタフな局面がつづいた。それでも次打者の佐藤輝への初球で内角高めにカットボール、2球目で足元にカットボールを投げ込んだ。ここも結果的に勝ち越し二塁打を打たれはしたが、意図は感じられた。つづく大山悠輔にも内角いっぱいのツーシームを2球つづけて、どん詰まりのピッチャーゴロに仕留めた。
有原は、たしかな布石を打ったはずなのだ。
「あまり意識することなく、僕はこういう投球スタイルなので。多少は後悔がありますけど、とにかく抑えにいった結果、2点取られてしまったので......次に投げる時はしっかり抑えたいなと思います」
有原は物静かで多くを語らない。ましてや敗戦投手となった直後だから口は余計に重くなる。
だが、有原のピッチングは雄弁に映った。そのメッセージを受け取った第2戦先発の上沢直之とスタメンマスクを被るであろう海野が、阪神打線にどんな勝負を挑むのか、とても興味深い。

