給料は上がるのか? 労働時間はどう変わる? 高市政権“アベノミクス復活”の行方

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2025年10月29日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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サラリーマンの給料が上がるのか

 「時計の針が2010年代に巻き戻された感じですね」


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 10月22日にスタートした高市政権について、ある自民党議員はこんなふうに評した。要するに、2012年から2020年まで続いた第2次安倍政権が再びよみがえったようなものだという。


 確かに、高市首相は所信表明演説で「戦略的に積極財政」を行うことによって国民の所得が増え、消費マインドが改善され、企業の事業収益が上がって税収もアップする――という安倍政権時代によく聞かれた“サクセスストーリー”を再び掲げている。


 岸田・石破両政権からの「リセット」を目指す高市首相の思いは、「新しい資本主義実現会議」を廃止するというニュースからもうかがえる。再分配と成長の両立を掲げた「新しい資本主義」は、もともと岸田前首相がアベノミクス路線から転換するために言い出したもので、それを石破前首相も踏襲した。


 つまり、これからの日本の経済政策は「安倍2.0」ともいうべき、“アベノミクスのリバイバル”なのだ。


 政治的立場や感情の面でさまざまな異論・反論があるだろうが、本媒体『ITmedia ビジネスオンライン』を主にご覧になっているビジネスパーソンの皆さんからすれば、やはり最大の関心事はこれではないか。


 「うちみたいな小さな会社には何か関係あるの? 私の仕事や給料にどんな影響があるの?」


 そこで、現時点で明らかになっている高市政権の政策から、ビジネスパーソンがこれからどんな点に注意すべきなのかを3つ挙げてみたい。


●高市政権で賃上げは実現するか


 (1)賃上げはそんなに期待しないほうがいい


 (2)中小企業・小規模事業者へのバラマキ強化


 (3)パワハラや長時間労働の告発が増える見込み


 まず、「賃金」はビジネスパーソンにとって最大の関心事であるが、これは残念ながら思ったほど上がらない。日経平均株価が5万円を突破し、積極財政によって企業業績も好調になるだろうが、「労働者」の給料や暮らし向きにはあまり大きな影響がないだろう。


 これは高市首相のリーダーシップどうこう以前に、「歴史」が証明しているからだ。


 国税庁の「令和5年分 民間給与実態統計調査」によれば、給与所得者の平均給与は460万円。1993年が452万円なので、30年間ほとんど変わっていない。というよりも、物価高や少子高齢化による社会保障費の膨張が重くのしかかって、どんどん貧しくなっている。


 では、この目も当てられない30年間の惨状を、日本の政治家や優秀な官僚の皆さんがただ指をくわえてボケッと眺めていたのかというと、そんなことはない。例えば、高市首相がお手本にしているアベノミクスのときは、当時のエリートたちが悩んだ末に「トリクルダウン理論」で賃上げに挑戦した。


 これは分かりやすくいえば、大企業の業績が上がれば下請けの中小企業の業績も上がって、社員の給料が上がるので消費が刺激されて、社会全体にも波及していくというものだ。この「風が吹けば桶屋がもうかる」的な発想のもと、アベノミクスではゴリゴリに大企業を応援した。


●大企業への積極財政の結果どうなったか


 『東京新聞』が財務省の資料を基に集計したところ、第二次安倍政権から菅政権まで、大企業への法人税減税は少なくとも3兆8000億円にも上っている。


・安倍政権下の政策減税6割が巨大企業に 13年度以降3兆8千億円 優遇くっきり(2020年9月16日 東京新聞)


 この積極財政の結果、どうなったかというと、確かに「大企業」の業績は右肩上がり、その好調さは現在まで続いている。


 国内上場企業の2025年3月期の純利益は、4期連続で過去最高を更新。しかも、好調さは大企業だけではない。財務省が9月に公表した2025年4−6月期の法人企業統計によると、金融業と保険業を除く全産業の利益は過去最大の35兆8338億円。利益剰余金(内部留保)も637兆5316億円と過去最大となっている。


 トリクルダウンを主張する人々は「企業が儲(もう)かれば賃金は自然に上がっていく」というが、好業績の恩恵を労働者が受けていないことからも分かるように、それは机上の空論に過ぎないのである。


 原材料の高騰や人口減少による社会保障費の膨張などに対応しなくてはいけない企業にとって、人件費は「なんやかんやと言い訳して圧縮できるコスト」になってしまうのである。しかも、日本企業の6割ほどは「個人経営の小さな会社」なので、利益が出ても運転資金やオーナー経営者の懐に消えるだけだ。


 ということは、「安倍2.0」ともいえる高市政権でも、同じことが繰り返される可能性が高い。「戦略的な積極財政」によって企業の業績は上がるし、内部留保も膨れ上がる。日経平均株価も5万5000円前後まで上昇するかもしれない。


 しかし、そこまでだ。高市政権の下でも、われわれのような一般の生活者はこれまで通り「低賃金」の日々が続いていく。


 さて、このような話をすると、「なんだよ、じゃあ何も変わらないのかよ?」と失望するビジネスパーソンも多いかもしれないが、そんなことはない。一部の人々には、むしろ大きなビジネスチャンスが舞い込む。


 それは(2)の「中小企業・小規模事業者へのバラマキ強化」だ。


●コスト高から中小企業を「保護」する


 これまで日本では1963年に成立した「中小企業基本法」に基づいて、中小企業・小規模事業者の保護政策が取られていた。潰れそうな事業者がいれば補助金で支え、設備投資のためという名目で助成金を与え、さまざまな優遇措置によって、「事業存続」を支えてきた。


 ただ、首相が「保護政策」と開き直ってしまうと、いくらなんでも生々しすぎる。中小企業経営者の団体「日本商工会議所」が、JAや日本医師会と並ぶ自民党の有力支持団体で献金も多くもらっている後ろめたさもあって、あまり露骨だと「利益誘導」ではないかと叩かれる。


 というわけで、安倍元首相なども所信表明演説では、このような抑えめな表現をしてきた。


「経済の好循環」の成否は、全国の中小・小規模事業者の皆さんの元気にかかっています。生産性向上、販路開拓などの努力を後押しします。下請法の運用基準を十三年ぶりに抜本改訂し、下請取引の条件改善を進めます。低利融資による資金繰り支援と併せ、地域経済を支える金融機関のセーフティネットである金融機能強化法を延長します。(出典:2016年9月26日 自民党「第192回国会における所信表明演説」)


 このような形で、基本的には中小企業・小規模事業者に元気になってもらうために応援する姿勢が続いてきたが、「安倍2.0」の高市首相はそこからさらに踏み込んでいる。所信表明演説ではこんな風に「保護」を明言したのだ。


 「コスト高から中小企業・小規模事業者を守ります」


 具体的には、生産性向上支援、事業承継やM&Aの環境整備、さらなる取引適正化などを通じ、賃上げや設備投資を強力に後押しするほか、自治体向けの重点支援地方交付金を拡充するというのだ。


●賃上げする余力のない中小企業も対象


 しかも、これまでと大きく異なるのは、賃上げする余力のない中小企業・小規模事業者まで「保護」をしてくれる、という資金繰りに悩む零細企業経営者が泣いて喜びそうなことまで言っている点だ。


「賃上げ税制を活用できない中小企業・小規模事業者、さらには農林水産業などを支援する推奨メニューを設け、地域の実情に合った的確な支援を速やかにお届けいたします。あわせて寒さが厳しい冬の間の電気・ガス料金の支援も行います」


 「賃上げ税制」とは、対象となる法人や個人事業主において給与等支給額が一定以上増加すると、その増分に応じて特別控除ができる優遇措置だ。そもそも賃上げの余力がなく、赤字決算で法人税を払っていない零細企業には関係がない。そのため、資金繰りが苦しい、従業員を低賃金でしか雇えないような小さな事業者は、潰れてしまっても構わないということかと批判が寄せられていた。


 そこで高市首相は所信表明演説で明確に「守る」と断言して、「賃上げできるほど体力のない赤字の中小企業・小規模事業者」まで公金を投入するという「大盤振る舞い」に打って出たわけだ。


 これだけ大規模なバラマキが実現すれば「補助金ビジネス」が活況することは言うまでもない。


 「政府の中小企業支援補助金で最新AIに設備投資を」「今がチャンス! 政府の賃上げ支援を利用してDXを推進」なんて感じで、中小企業・小規模事業者の周りはちょっとしたバブルになる。


 ただ、先ほどの賃金の話と同じで、利益を得られるのは一部の業界の事業者だけで、一般の人々にはほとんど影響がない。


●ツケを支払うのは誰か


 先ほども申し上げたように、高市政権がお手本とする安倍政権でも「中小企業・小規模事業者の成長を促すための応援」という名目で、じゃんじゃん公金が突っ込まれた。


・官民基金を成長の柱に 緊急経済対策は20兆円規模(2013年1月8日 日本経済新聞)


 その結果、官民ファンド(政府と民間が共同で設立)が相次いで立ち上げられ、現在は23ファンドとなり、2023年度末までに国の出資や貸し付けなどは総額2兆2592億円に達する。


・官民ファンド、6割累積赤字 さらに3千億円膨らむ恐れ、検査院指摘(2025年5月16日 朝日新聞)


 ただ、会計検査院が調査したところ、この23ファンドの6割は累積赤字で、今後も低迷が続けば3073億円の損失が生じるという。


 また、会計検査院の調査によると、コロナ禍で中小企業向けに導入された実質無利子・無担保のいわゆる「ゼロゼロ融資」も政府系金融機関や民間銀行が実施したうちの2兆円超が回収不能または回収困難な不良債権になっている。返済猶予になるなど不良債権の「予備軍」も約1.1兆円ある。


 言うまでもないが、これらは全て最終的にわれわれ国民がツケを支払わされるものだ。


●パワハラ・長時間労働の告発が増える可能性


 このように中小企業・小規模事業者へのバラマキ強化というビジネスチャンスがある一方で、ビジネスパーソンが注意すべきは、(3)の「パワハラや長時間労働の告発が増える見込み」である。


 高市首相は厚労大臣に「労働時間規制の緩和」の検討を指示したことで、「国民を馬車馬のように働かせるのか」「働き方改革に逆行する」と、一部から批判を受けている。


 このように「労働問題」に国民的関心が高まったときは「それまで微罪だったことが“空気”によって世紀の凶悪犯罪に格上げされる」ことがよくある。


 例えば、サービス残業をさせていたり、自宅に仕事を持ち帰ってやらせていたりする企業が、これまでは軽く叩かれておしまいなところ、「社会の敵」として壮絶なバッシングに遭うのだ。


 これは「労働時間」が政治イシューになったことで「被害者側」の告発も促進されることに加えて、マスコミ側も「世の中の関心が高いテーマだからたくさん取り上げないと」というバイアスが働くことで、露骨に報道に力が入るからだ。


●「公金つかみ取り」のチャンス


 こういう現象は安倍政権でもあった。2016年6月に「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定されると、「一億総玉砕みたい」「ブラック労働を助長するのでは」という批判が相次いだ。


 すると、ほどなくして電通の新入社員が過労自殺をしていたことが発覚。当時、政府が労働市場の規制緩和など「働き方改革」を進めていたこともあり、国会で取り上げられ、ご遺族が首相と面会するほどの「日本の大問題」になったのである。


 つまり、高市首相に感化されて「ウチのチームも目標達成のために馬車馬のように働くぞ」なんて冗談でも口を滑らせたら、SNSやらで拡散されて「ブラック企業」のレッテルを貼られてしまう恐れがあるということだ。


 ……といろいろ予想したが、高市政権の最大のポイントはやはり「バラマキ」だ。


 コメ農政も前政権の増産方針から舵を切って、需要に応じて生産調整していくという。これは日本のコメ農家を“補助金漬け”にして競争力を低下させた減反政策の事実上の復活である。


 バラマキで経済が成長することはなく、むしろ産業を弱体化させるのは、コメ農政や中小企業を見れば明らかだ。ただ、一方でバラマキによって一部の人々は潤うし、ビジネスモデルが破綻した事業が「延命」できるので、そういう人々の生活が守られるのも事実だ。


 特にJAと日本商工会議所は、少数与党に落ちた自民党にとって、これからの選挙を見据えると大事な「お客さま」である。ということは、彼らの求めに従って、高市政権のバラマキはこれからさらにド派手になっていくということだ。


 IMF(国際通貨基金)が財政健全化を求めているように国際社会の反応によって、日本の積極財政がどこまで続けられるのかは未知数だ。ビジネスパーソンの皆さんはせっかくなので、この「公金つかみ取り」のチャンスを生かしていただきたい。


(窪田順生)



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