『うちの夫は子どもがほしくない』(竹書房、グラハム子著)より 結婚5年目、夫婦はまぁまぁ円満。たりないのは子供だけ。でも、子供を熱望しているのは妻だけだとしたら?
◆子作りの話をすると不機嫌になる夫
『うちの夫は子どもがほしくない』(竹書房、グラハム子著)は、子どもがほしい妻と、子どもがほしくない夫とのすれ違いを描いたコミックエッセイです。作者のグラハム子さんは、『オカルト異世界ばなし』(竹書房)等、多数の著書を持つマンガ家。SNS総フォロワー数15万人超を誇っており、今作は綿密な取材をもとに描かれました。
ミカとシュンはともに36歳。30代後半から40代の出産も増えている昨今ですが、女性としてはやはり年齢が気になるところ。<もうそろそろいい頃なんじゃないかな>というミカに対し、<2人でも充分俺は幸せだよ>とこたえるシュン。子どもがいたらもっと生活が豊かになって楽しい、とポジティブに考えるミカですが、シュンの表情は曇るばかりです。
そのうち、夫婦関係はギクシャクし始め、ついには離婚の危機まで…。でもシュンが子どもをほしがらないのには、深い理由があったのです。
◆妻の価値観、夫の価値観
子どもがほしい願望は、女性と男性では異なります。本書でミカがシュンに語るように<理由はうまく言えないけど、本能?なのかも>という、内なる揺さぶりも大きく作用するのではないでしょうか。
男性であるシュンは<生まれた子に障がいがあったらどうする?>など、リスクが頭をもたげます。あげく<ようは世間体でしょ? 皆子どもがいるから私もほしい。それが普通だから>と厳しい言葉をミカに投げかけるのです。
普段は良好な関係を築きつつも、子どもの話になるとシュンは辛らつです。<普通なんて世間が勝手に決めたものだよ。俺は自分の価値観で生きていきたいんだ>論破して席を立つのが日常。夫婦とはいえ価値観が違うのはしかたないにしても、今まではお互いの価値観をすり合わせて、中間を取ってきました。
しかし子どもについては、産むか産まないか、二択しかないのです。
◆子どもという名の居場所
淡々と平穏に進んでいく日々。どこか物足りなさを感じるミカは、愛情をそそげる子どもという居場所がほしくてたまりません。ゆるやかに続く苦しみに耐えられず、ミカはシュンに離婚を切り出しました。
<作ろう子ども。別れるくらいなら子どもいる方がマシだわ>シュンの回答はミカへの精一杯の愛情なのか、あるいは諦めなのか。やっと譲歩してくれたシュンに、ミカはよろこびを隠せないでいました。ところが肝心の夜の行為はままならないまま。シュンは逃げ腰で、現実を直視していないのです。
◆生まれてきた子どもは幸せなのか
子どもにかけるミカの熱意は増すばかりで、妊活への努力は涙ぐましく、反面シュンは追い詰められていきます。排卵日前後にセックスを要求するミカに、<人を種馬みたいに……>とつぶやき、
<俺よりもまだ存在すらしない子どものほうが大事なのかよ>
と、悲痛な叫びをあげます。
子どもを持つことに関して、シュンはなぜここまで頑ななのか。シュンにはミカがうかがい知れない、トラウマがありました。
幼少期から実家を離れるまで、利己的な両親に翻弄されてきたのです。子どもだった頃に、家庭内の幸せなど味わう余裕もありませんでした。むしろ忘れたい記憶ばかりで、両親+子ども=幸せという予想図が、どうしても描けないのです。
やっとミカに事情を打ち明けるのですが、ミカの出した結論は、切なくも前向きな未来でした。
◆悲しいのは、夫婦が通じ合えないこと
子どもがほしい、ほしくない。夫婦の価値観で最大級に難しく、大きな課題のひとつです。
<子どもを持つことに前向きなパートナーだったら、結果としてできなくても構わない。2人でも幸せだし、不妊治療までは望まない>
取材を重ねる中で、グラハム子さんが印象に残った、ほしい側が発した言葉です。子どもを介して問われるのは、夫婦としての絆や、どれだけ相手を尊重できるかということ。
生き方が多様化した現代だからこそ、ひとりひとりの生き方を尊重すべきなのかもしれません。
<ずっと変わってはいけないのは、目の前にいる大事な人と向き合うことだと思います>
最後に綴られた一文は、夫婦だけでなく、さまざまな悩みに直面している人々の胸に、刺さるのではないでしょうか。
<文/森美樹>
【森美樹】
小説家、タロット占い師。第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『私の裸』、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)、『わたしのいけない世界』(祥伝社)を上梓。東京タワーにてタロット占い鑑定を行っている。X:@morimikixxx