
ローソン、サントリーホールディングス(HD)の社長を歴任し「プロ経営者」として名高い新浪剛史氏が、警察当局から麻薬取締法違反容疑で捜査を受けたことを理由に、サントリーHDの会長職を辞し、世間を騒然とさせました。この一件は、経営者の行動や自身の身の処し方、あるいは所属組織のコンプライアンス、ガバナンス対応という点から、いくつかの問題を提起しています。
事の発端は、新浪氏が違法成分を含む疑いがある海外製のサプリメントを入手した嫌疑で、警察の捜査を受けたことにありました。本人から捜査の事実について申し出を受けたサントリーHDは、弁護士による本人ヒアリングを経て全役員で協議した結果「法令に抵触していなくとも、会長として疑義が生じることが問題」との判断に基づき、本人から辞任申し出を受けることで本件を処置したのでした。「解任」ではなく「辞任」とした措置は氏の会社への貢献に鑑みたものであり、実質的には解任であったといえます。
警察当局の捜査は、違反薬物の輸入に関する麻薬取締役法違反容疑で逮捕された人物が「新浪氏に違法薬物を送るよう依頼された」との供述に基づいて展開されたといいます。しかしながら新浪氏宅からは当該薬品は発見されず、また薬物に関する尿検査も陰性であったことから、それ以上の本人捜査には至りませんでした(事件捜査は継続中)。
新浪氏は会見で、時差ボケ対策で大麻成分のCBD(カンナビジオール)を含んだ「適法な商品」を過去に海外で購入しており、本件は知人の健康アドバイザーに同様の薬品の自宅配送を頼んだと説明しました。先の逮捕者は、そのアドバイザーの弟とのことです。
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新浪氏の行動および本件への対応は、経営者として正しいものであったのでしょうか。
●新浪氏の発言に浮かんだ「疑問」
まず何より「適法な商品」をなぜ人に依頼し、輸入という形で入手したのか、という疑問が浮かびます。違法である可能性も否定できないから、回りくどい方法をとっていたのではないかとの疑惑を持たれて当然でしょう。
新浪氏はローソンの社長を務め、サントリーHDの社長を経て会長職にある、至って社会的地位の高い企業経営者でした。たとえわずかであっても違法リスクが存在するような行動をとること自体に、日本を代表する経営者として甚だしい自覚の欠如があったといわざるを得ません。
加えて、サントリーHDが実質解任を決めた決定的要因として、同HD自体がサプリメントを扱う企業であるという点があるでしょう。この点においても、同HDの事業をけん引する立場の経営者たる自覚のなさは、批判されてしかるべきです。窃盗を取り締まる立場の警察官が、私生活で万引きを疑われる行動をしていたような状況です。自己の置かれた立場を正しく認識できていないと思われる行動をとっていたわけであり、経営者の資質という点で明らかに失格であるといって良いでしょう。
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新浪氏に関しては、もう一つの要職である経済同友会の代表幹事職について進退をどうするのか、という点にも注目が集まりました。
新浪氏はサントリーHDの会長職を辞した後、同友会代表幹事として会見して「私は法を犯しておらず、潔白だと思っている」と発言し、自らの進退の判断を同会のガバナンスに委ねるとしました。サントリーHDの会長は辞任したものの、同友会の代表幹事については即時辞任を否定したのです。
新浪氏はこれまで、政府の最低賃金1500円への引き上げ目標に関して「払わない経営者は失格」など、厳しい発言を幾度となくしてきました。それだけに、公職に固執するその姿勢からは、「他人に厳しく自分に甘い」という印象は拭えません。かつ、この引き際の悪さは、三大経済団体の代表という立場にあるという自覚が欠けている印象を与えました。
●サントリーと同友会の対応は対照的だった
一方で、サントリーHDの対応は実に明快かつ迅速であったといえます。
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新浪氏は、サントリーの創業家が三顧の礼をもって社外から迎えた初の社長です。また、同HDは新浪氏の社長就任前に、洋酒メーカー・ビーム社を買収していましたが、その扱いに窮していました。新浪氏は、ビーム社のグループ内定着及びシナジー発揮を通じて、大幅な増収増益を実現。業績面でもその伸展に大きく貢献しています。
しかしそのような状況であっても同HDは、疑惑の行動内容を知るや「捜査の結果を待つまでもなく、会長の要職に堪えないと判断した」と事実上の解任を決めました。この判断の早さは、さすがのリスク管理力であったといえるでしょう。
組織の決断力と迅速な対応については、非上場のオーナー系企業であったということと決して無関係ではないでしょう。非上場であったからこそ、一般株主の目を気にすることなく即断、即決できたといえるからです。またオーナー系であるがゆえに、非オーナー系のサラリーマン経営のように、組織決定という大義名分の下に責任回避を腹に忍ばせた議論の綱引きが展開され、時間と労力を無駄に費やすことで結果的にいたずらに信用力を落とすようなこともないのです。
その観点で申し上げると、経済同友会の対応は「寄り合い所帯」であるがゆえ、合議制の名の下で迅速かつ独断的にはものを決められない、非オーナー系サラリーマン組織の縮図のようなものであったかもしれません。大手商社マン出身の新浪氏は、このような組織の特性を知っていたがゆえに、それを逆手にとったのでしょうか。
一連の事情を説明した会見の際には「警察から事情聴取された会長・社長はみんな辞めなきゃいけないのか。そういう事例を絶対につくってはいけない」と、自身の続投をにじませる恫喝(どうかつ)とも思える強い訴えかけをしつつ「進退は会のガバナンスの委ねる」としたわけです。
約1カ月の審議を経てなお理事会では賛否が割れ「会全体の分断を招きかねない状況(岩井睦雄筆頭代表副代表幹事)」を新浪氏が斟酌(しんしゃく)し、ようやく自ら辞任を申し出て一件落着となったのでした。しかし会としては、結論を出せぬまま決着までに約1カ月を要し対応の遅さ、決断力のなさばかりが際立つことに。結果、ガバナンスの弱さを露呈し、今後の政策提言力の低下までもが懸念される状況になってしまいました。新浪氏の地位への執着心が、世にモノ申す経済同友会の弱点を思いがけず浮き彫りにしてしまったのです。
●「新浪事件」から得られる2つの教訓
サントリーHDの会長職を辞任後、週刊誌などで新浪氏のパワハラ、セクハラ報道も相次ぎました。報道自体は枝葉なものであったとしても、一連の新浪氏の行動および身の処し方から思うのは、昭和の企業常識にどっぷり浸かって育った昭和世代・オーバー還暦経営者の、時代遅れのコンプライアンス意識、ガバナンス意識の希薄さです。
筆者自身が新浪氏と同年代であることから、その行動特性や一つひとつの言動には同じ時代を過ごした“同胞感”を強く感じる部分もあります。「疑わしきはセーフ」という考え方、無理が通れば道理がひっこむ的な言動、最後は恫喝的発言で合意に持ち込もうとする――などの行動スタイルは、まさに昭和型経営者の典型的なものであると思うのです。
今回の新浪氏の件では、2つの教訓が得られたと感じています。1つは、昭和世代経営者をトップにいただく企業においては、トップの私生活を含めた行動リスクにも注意を払う必要があること。もう1つは、サントリーとは対極にある非オーナー系の合議制を旨とする組織においては、コンプライアンス・リスクやガバナンス・リスクの発生に際し迅速かつ適切な対応をするために、組織としての有事の行動基準策定などの備えが必要だということです。
昭和から平成を経て令和に至る時代の流れとともに、企業が直面するリスクは種類も内容も、あるいは顕在化時の対応策までもが時々刻々異なってきています。企業経営者や団体運営者は個人として日頃からその点を正しく認識し自らの襟を正すだけでなく、組織としては移り変わる時代の要請に応じたリスク対応策を適切に講じる必要があるでしょう。
(大関暁夫)
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