
宇野昌磨アイスショー『Ice Brave2』京都公演・現地レポート中編
【観客の立場になった細やかな演出】
公演後に取材エリアにやってきた彼は疲れきっているはずだが、表情は明るく充実感に満ちていた。
「毎日、ステファン(・ランビエール)にLINEで動画90分を送りつけますかね?」
記者たちからドッと笑い声が起こった。どうすれば、ランビエールがショーに戻ってくるか。それを明るい話題に転じられるのが、彼のパーソナリティの魅力と言える。その機転のよさは、SNS界隈での人気にも通じている。
五輪で日本史上最多メダル3個を手にした宇野昌磨は昨年5月に現役引退し、プロスケーターに転向した。初プロデュースになったのが、今年6〜7月に開催されたアイスショー『Ice Brave』だった。これが大好評を得た。
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そして11月1日、『Ice Brave2』が初日を迎えている。前回を超えるのは簡単ではないが、新しい演目を入れ、キャストも変更し、積極的な姿勢で挑んでいた。それは、フィギュアスケートの可能性に対する挑戦のようでもあった。
「数カ月かけてつくったものをこれだけ多くの方々に見てもらえるのは幸せです!」
宇野は公演のMCタイムで言ったが、果敢に挑む姿勢が伝わってきたーー。
「『Ice Brave』の時は初めてだったので、客観的に考えるよりも『すべてやれることをやり尽くす』って感じで、全身全霊でした。持っているものを全部出すというか」
宇野は言うが、前回の命を燃やすような滑りが人を惹きつけた。今回はプロデューサーとしてどうマネジメントするか。その意識も強く感じられた。
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「前回の経験もあって、今回はお客さん視点とか、周りや全体から見てどうか、どんな印象をもってもらえるか。そこを考えられるようになりました。あくまでショーなので、競技では味わえないものを少しでも楽しんでもらえるように。
たとえば、僕は競技ではジャンプを跳ぶ時にかなり構えるのは好きではなかったんですけど、プロになってからは逆に"難しそうに見せる"のもすごく大事なことなんだなって。仮にほとんど助走ゼロで4回転を跳ぶのと、めっちゃ漕いで4回転を跳ぶのは、玄人はゼロで跳ぶほうがすごいとなりますが、初めて見る人には『今から大技が来るぞ』って跳んだほうがいいんですよ。
他にも、お客さんのほうに滑って向き合うのは大事ですが......逆にお客さんのほうを向かない、スケーター同士が見つめ合う、もしくは遠くを見る演出を共有したほうがいい時もあるんです」
宇野はディテールにまでこだわっていた。現役時代で言えば、ひとつのプログラムのつくり込みがショー全体になったようなものか。競技者でも、表現者でも、不器用なほどひたむきな向き合い方だ。
【"師匠"が戻ってこざるを得ない舞台に】
今年7月のインタビューで、競技シーズンに入りコーチ業があるため『Ice Brave2』に出演できないステファン・ランビエールの代わりをどうするか、宇野に尋ねたことがあった。
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「ステファンの代わりは想像しきれてないですね。ステファンは師匠というか、関係性も特別じゃないですか? そもそもコーチであれだけ滑れる人なんてなかなかいない(笑)。今は、"こんな挑戦をしたい"というのはいくつか考えているんですが、ステファンが抜けたなか、何をすることで『1』よりも『2』がいいと思ってもらえるか。そこはプロデューサーとして考えないと......」
ひとつ言えるのは、ランビエールのスケーティングは次元が違うということだ。重々しく静ひつで、明るくリズミカルで、変幻自在。今回、『1』のセットリストにあった『Timelapse』は『月光』に切り替わったが、それはランビエールか宇野にしかできないプログラムだったからではないか。その不在はハンデだ。
しかし今回、新たに2人(吉野晃平、佐藤由基)が加わった。それによって起こる化学反応に宇野は期待していた。ショーに慣れた2人に頼れる寛容さもあった。
一方、宇野自身がランビエールの演目だった『Gravity』を引き継ぎ、世界観を継承した。そもそも現役時代に滑った曲で、コーチだったランビエールから託されたものである。それもひとつの演出か。ランビエールがいた舞台を超えるのではなく、異なるものにした。
そして宇野はショーに挑むプロスケーターとして、新たなチャレンジもしていた。
「バックフリップは間に合わなかったです」
宇野は悔しそうに言ったが、危険な後方宙返りを練習していたという。ショーにおけるひとつの出し物だ。
「皆さんが、どれだけの練習量を想像しているかわからないですけど、だいぶ食い下がりました。夜中3時、4時まで付き添ってくれた人たちに『まだいけますか?』って粘りながら。でも、想像以上に難しかったです。何より危なくて......。
皆さん、できている人のバックフリップを見ているかもしれません。あの人たちはポンって飛ぶんですが、まず普通は上がらない。上がるには上に跳ぶしかないんですが、回れなかった時は頭から落ちてしまう。そこのせめぎ合いはあって、現役時代を思い出しました(笑)。かなり苦戦していますが、諦めていないので空き時間を狙って練習を続けていきます。乞うご期待、お待ちください!」
何も、宇野ほどのスケーターがバックフリップをする必要はないかもしれない。しかし、彼はショーという驚きと娯楽が求められる世界で現状に甘んじたくないのだろう。それも彼のプロとしての矜持だ。
最後の『ボレロ』は、優雅なスケーティングにも鬼気迫るものがあった。足には疲れがたまってひと蹴りも大変なはずだが、丁寧に滑りきり、座長として格の違いを見せた。
「ステファンが戻ってこざるを得ないような場所をつくっていきたいです!」
宇野の言い回しは、プロデューサーの気遣いが出ていた。ランビエールは唯一無二だが、新たに加わったふたりを含めた8人でショーをやり遂げる。その強い決意だ。
後編へつづく
