ヤマハの3輪EVは、なぜ「音」にこだわるのか 知られざる“サウンドづくり”の舞台裏

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2025年11月18日 06:20  ITmedia ビジネスオンライン

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ヤマハ発動機の3輪EVが面白い

 「キュイイイイイン」――。ジャパンモビリティショー(10月31日〜11月9日)の会場を歩いていると、耳に残る“未来の音”があった。


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 音のする方へ向かうと、人だかりの中心に見慣れないシルエットが見える。4輪でもなく、2輪でもない、ちょっとユニークなクルマ。ヤマハ発動機の「TRICERA proto(トライセラ プロト)」だ。


 このクルマの特徴は「3輪のEV」であること。オートまたは手動によって、前後のタイヤが左右に動くので、急なカーブでもスイスイ曲がるのだ。


 この発表を受けて、ネット上では「手軽に乗れそうだから、街乗りにほしい。所有欲を満たせそう」「面白そうだな。市販化が楽しみ」といったコメントがあふれたわけだが、現時点で販売する予定はない。研究開発モデルなので、バッテリー性能や航続距離などは発表していないが、個人的に気になったのは「音」である。


 一般的なエンジン車の音を「グオオオオオ」と表現するなら、トライセラ プロトは「キュイイイイイン」と、まるで未来の乗り物のような音を奏でる。なぜ、このような音が聞こえてくるのか。同社の広報担当者に聞くと「ドライバーの高揚感を高めるために、音にもこだわった」そうだが、どのようにしてつくったのか。


 トライセラ プロトのエンジン音を担当した田中澄人さんと、プロジェクトを統括している宮本秀人さんに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンライン編集部の土肥義則。


●コーナーはキビキビ曲がる


土肥: いやはや、なんとも近未来なクルマを開発しましたね。4輪でも2輪でもなく、3輪のオープンカーで、前輪が2つ、後輪が1つの構造。そもそも、どうしてこの形のクルマを開発することになったのでしょうか?


宮本: 2019年、社内で「3輪で楽しい乗り物をつくろう」という話になりまして、実際につくってみると「運転するのが楽しい」「面白い」といった声が多かったんですよね。で、そこから少しずつ開発を進めていって、コンセプトモデルを発表しました。


 ただ、一般的なクルマと違って、操縦がやや複雑なんですよね。特に、後輪も左右に動かせるので、ドライバーは運転技術を磨かなければいけません。そんな過程も楽しめるクルマが完成したかなと思っています。


土肥: 前輪だけ動かす「FF(フロント操舵)」と、前後輪を動かす「3WS(3輪手動操舵)」という方式がありますよね。後輪を動かす場合、オートとマニュアルがありますが、どのような違いがありますか? 


宮本: 運転席の正面にメーターがあって、その左隣にボタンがあります。「オート」「マニュアル」のボタンがあるので、停車中に切り替えられるんですよね。オートの場合、運転が楽しくなるように設計していて、いわば“つくり込まれた”運転を体験できます。


 ただ、運転の楽しさって一人ひとり違いますよね。「自分の好みで運転したい」といった人向けに、マニュアルを設けました。オートの場合は、ハンドルを回すと、前輪も後輪も動く。一方、マニュアルの場合は、ドライバーの手元に金色のレバーがあるので、それを押し込んだ量に応じて、後輪の角度が変わる。ちなみに、後輪の角度は、最大15度ほどですね。


土肥: このクルマは実際に運転できないので、映像での印象になりますが、3輪でも安定した感じですね。あと、やはりというか、コーナーはものすごくコンパクトに曲がります。


宮本: ハンドルを切ると、瞬時にクルマが動いてくれる。「自分の意思でクルマを動かしている」といった感覚を覚えるのではないでしょうか。


●スピーカーから”疑似エンジン音”を出す


土肥: 次に、トライセラ プロトの音について話を聞かせてください。一般的なエンジン車と違って、「キュイイイイイン」と聞こえてくる。他のEVもそのように聞こえることがあるのですが、このクルマの場合、それともまたちょっと違う。低音がやや響いてくる印象ですが、どのように開発したのでしょうか?


田中: 私は4輪車を担当していて、運転中にドライバーが「心地よい」と感じる音とは何かを追求しています。さまざまな音源を開発するだけでなく、車両に搭載するサウンドデバイス(音を電子的につくったり制御したりする装置)の開発に携わっています。


 EVの場合、エンジン音は静かなので、走っている感覚がどうしても乏しくなる。ということもあって、加速時に人工的に音を出すことによって気持ちよさを演出したり、車種ごとのブランドイメージをつくったりしています。スピーカーから”疑似エンジン音”を出す、といった仕組みですね。


 もう詳しく説明すると、クルマには4気筒と10気筒のエンジンがある。10気筒は1回転当たりの点火回数が多いので、高音域が出る。一方、4気筒エンジンは、点火回数が少ないこともあって、低音が出る。


土肥: 10気筒のエンジンは「シュイーン」「シャアアアア」といった音が聞こえてきますよね。一方、4気筒は「ドドドド」「タタタタ」といった脈打つイメージです。


田中: ですね。では、4気筒のエンジンで、10気筒のような高音を出すにはどうすればいいのか。エンジン自体は変更できないので、音を変えなければいけません。サウンドデバイスを搭載しているクルマを運転しているとき、ドライバーは「エンジン音を聞いている」と思っているかもしれませんが、実際は「スピーカーから生成された音」を聞いているんですよね。


 では、トライセラ プロトの場合、どのようにして音をつくっているのか。一般的なEVの場合、甲高い音が響きますが、このクルマを見たとき「同じような音にすれば、雰囲気に合わないかも」と感じました。キビキビ走行するので軽快さを感じられると同時に、アクセルを踏み込めば力強さを感じられる。そうした点を踏まえて、音づくりを始めました。


土肥: その音は、ゼロからつくるのでしょうか? それとも、音のレシピがたくさんあって、その中から選ぶといったイメージでしょうか?


田中: たくさんのレシピがあって、その中からイメージに近いものをチョイスする。そして、足りないと感じた音源をつくるといった具合ですね。まずは自分で音をつくってみて、周囲の人に聞いてもらう。そして、意見をもらう。その後もブラッシュアップを重ねて……あ、いまもコンセプトモデルなので、まだ完成していません。今後も、修正を加えていって、完成させる予定です。


●ギミック感をなくすために


土肥: トライセラ プロトのエンジン音を開発するにあたって、苦労したことはありますか?


田中: 個人的にオープンカーの音に携わったことがなかったので、どうすればいいのか、ちょっと迷いました。このクルマを試乗したところ、想定以上に「風切り音」(空気の流れが車体などにぶつかって発生する音のこと)を感じました。


 クルマの特性を考えれば、風を強く感じたほうがいいのではないか。そのように考えて、風の音を強く感じられるようにしましたが、あまり強くすると、ドライバーの操作性が損なわれる可能性があるんですよね。例えば、アクセルを踏んでも、音が聞こえにくければ、運転の手応えやスピード感が損なわれてしまう。そうなってはいけないので、加速音を少し感じられるようにしました。


土肥: それはなかなか難しい問題ですね。オープンカーなので、多くのドライバーは風を感じながらハンドルを握りたいはず。しかし、風の音が大きすぎると、運転が難しくなる。ちょうどいい塩梅はどこか、その答えを見つける作業が続くというわけですね。


 話は変わりますが、クルマのエンジン音づくりで難しい点はなんでしょうか?


田中: 人工的に音をつくっているので、ギミックらしさを感じてもらいたくないんですよね。「これってエンジン音だよね。えっ、違うの?」と錯覚してもらえるような音を開発できればと思っています。


 ただ、デバイスの音は、どうしても本来の音とは違う。聞く人が聞けば「ギミック感があるよね」「やっぱり、人工的な音だよね」といった感想になる。かつて、ネット上で「フェイクサウンド」と呼ばれていました。いまは技術的な向上もあって、こうした声は少なくなってきましたが、個人的にはまだまだ満足していません。


●音源は数千種類に


土肥: 元の音を超えるレベルの音を開発していく、というわけですね。ちなみに、音源はどのくらいあるのでしょうか?


田中: 数千種類ですね。


土肥: た、たくさんありますね! 以前、飲食チェーンでメニュー開発の担当者に話を聞いたことがあって、その店では「数千のレシピがある」と言っていました。実際に店頭に並ぶのは100種類ほどですが、「それくらいないと、新メニューはつくれない」とのことでした。


 料理でたくさんのレシピを持っているからこそ新しいメニューが生まれるように、クルマのエンジン音も、数千の音源があることでリアルな音づくりにつながるということですか?


田中: ですね。ギミックっぽい音だと思われないよう、「リアルな音」を追求した結果、音源は数千種類になりました。現状の音にはまだ満足していないので、音源の数はこれからも増えていきそうです。


(おわり)



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