
FCNTが2025年8月に発売した「arrows Alpha」は、同社がレノボ傘下で再スタートを果たしてから初めて投入する“ハイエンドスマートフォン”だ。日本市場で求められる機能を備え、パフォーマンスも妥協せずに追求しながら、価格を8万円台に抑えた。arrowsのスマートフォンでおなじみの、割れにくいガラスやボディーの耐衝撃性能、ハンドソープで洗える防水対応など、高い耐久性も確保している。
さて、読者の皆さんは、arrowsと聞いて、どんなことをイメージするだろうか。「耐久性」は1つの特徴ではあるが、すぐに答えられないという人も多いのではないだろうか。arrows自体はスマートフォン黎明(れいめい)期から存在していたブランドであるにもかかわらず、arrowsの認知が進んでいない。そんな課題感をFCNTは持っていた。そこでarrows Alphaの発売に際し、FCNTは従来型のマーケティングを取りやめ、訴求方法を全面的に見直した。
FCNTはarrows Alphaを、そしてarrows全体をどのように訴求していくのか。プロダクトマーケティング統括部 統括部長の野村俊介氏と、統合マーケティング戦略本部 本部長の外谷一磨氏に話を聞いた。
●「大丈夫。強いから。」はarrowsの根源的なコンセプト
|
|
|
|
arrowsの新たな訴求方法の1つとして具現化したのが、「大丈夫。強いから。」というメッセージだ。これはarrows Alphaの耐久性の高さを打ち出したものだが、最長2日間持つバッテリーやAI補正や手ブレ補正に対応したデュアルカメラ、12GBメモリ+512GBストレージなど、スペックの強さも含まれている。
arrows Alphaのマーケティングにおけるキーパーソンでもある野村氏は、このメッセージについて「単なるキャッチコピーではなく、マーケティングの4P(Product、Price、Place、Promotion:製品、価格、流通、販促)に通じる根源的なコンセプトです」と説明する。
「強いarrowsを作っていこうとなったときに、プロダクトが弱かったら強いと言えません。その強さも、単に頑丈なだけでなく、スペック的なところも含めて考えており、バッテリーやカメラ、メモリも強くないといけない。価格も、高かったら強いプロダクトとは言えません。そういったところを通底してやっていくことが前提にあります」(野村氏)
「強さ」とセットになっている「大丈夫」というワードはどういう意図で採用したのか。
「このフレーズが決まる以前に、強さを出していくというコンセプトが決まりました。そこから一番シンプルに伝えられる方法を絞り込んでいった結果、『大丈夫。強いから。』に落ち着きました。『われわれは強いです』というだけでなくて、『大丈夫』というワードが入ることで、安心感や信頼感を与えられます」(野村氏)
|
|
|
|
「大丈夫」と「強い」という言葉は一見すると重複しているように思えるが、「大丈夫」というワードは、強さをコンセプトに決めたときから大切にしているものだという。
「例えば、単純に落としても割れないだけでも大きな価値だとは思いますが、そこから派生して、頑丈さを実現するための技術力がある、壊れないから長く使えて信頼できる、安心感がある。そういったところが、ご提供していかないといけない価値だと思います」(野村氏)
2024年に「arrows We2」と「arrows We2 Plus」を発売したときは、オダギリジョーさんを起用したテレビCMを放映し、「どんなときもarrowsとなら」というメッセージは出していたが、今回のようにブランド全体を体現するキーメッセージにまでは落とし込めていなかった。無人島に漂流したオダギリジョーさんがarrowsとともにたくましく生き抜く姿を描いたが、どちらかというと、従来型のマーケティング手法だった。
外谷氏は「これまではタレントが出てきて、面白い方向を見てもらうところでインプレッションを考えていましたが、今回、野村がかなりこだわって変えてくれました」と振り返る。
「認知を取るだけでなく、どういうブランドなのかを覚えていただく必要があります。arrowsとは何者なのかを定義してお客さんに届けることを、戦略的にこだわりました。それがこのキーワードに集約されたと思います」(外谷氏)
|
|
|
|
●ハイエンド不在が続いたarrows 漠然と「安いブランド」のイメージも
arrows(当初は「ARROWS」)は、10年以上続いている息の長いブランドではあるが、ブランディングに関しては反省点が多いという。代表的なところでは、ハイエンドモデルが定着しないことが挙がる。
arrows Alphaより前に発売されたモデルの中で「arrowsのハイエンドといえば?」と聞かれて即答できる人はどれほどいるだろうか。ハイエンドの定義にもよるが、上位のプロセッサを使っているという点でいうと、2020年7月に発売された「arrows 5G F-51A」が1つ前のハイエンド機となる。スマホ黎明(れいめい)期に詳しい方なら「ARROWS NX」を挙げる人も多いだろうが、このシリーズのモデルが最後に出たのは、今から約10年前の2015年12月(arrows NX F-02H)までさかのぼる必要がある。arrowsは、ハイエンド不在の状態が長く続いていたのだ。
「ブランドを作るのは、やはりローエンドよりもミッドやハイエンドですよね。そこの連続性がなく、ぼやけてしまっていたところはありました。富士通時代からある、安心・安全という漠然としたイメージを持っている人はいらっしゃいました。arrowsをお使いの方も、堅牢性に対する期待値は強いのですが、漠然と『安いブランド』と思われていたところもありました」と外谷氏は振り返る。
この安いブランドという認識は、2021年にドコモ、au、ソフトバンクから発売されて大ヒットした「arrows We」が影響している。arrows Weについて外谷氏は「あの当時、5Gの廉価モデルは他社が出していなかったので、いい商品は出せたと思っています。購入後の満足度も高く、arrows Weというブランドの立ち上げに関しては成功しました」と振り返る。
その一方で、「ローエンドを買われるお客さまとハイエンドを買われるお客さまは属性が違います。よりブランドに対してエンゲージして、発信していただけるようなお客さまは、ミッドやハイエンドを選ばれるので、『arrowsって何なの?』と波及するまでには至りませんでした。逆に、『安い、コスパがいい5Gスマホ』のブランドとはご認識いただけたのかなと思います」と外谷氏は続ける。
やはりハイエンドモデルは、ブランドの顔となるモデル。arrows Weでユーザーを増やしつつ、ハイエンドモデルを同時に出せていれば、ブランドの認知はもう一歩進んでいたはずだ。
●メーカーとして「地に足を付けたarrowsとは何ぞや」を初めて考えた
arrowsはもともと、富士通のグループ会社である富士通モバイルコミュニケーションズや富士通コネクテッドテクノロジーズが開発していたこともあり、ユーザーからは「富士通」ブランドに対する安心感があったという。「特に海外メーカーが日本に参入してきた際は、そこに対して心配されるお客さまに響いたと思います」(野村氏)
経営破綻する前は、ミッドレンジやハイエンドで「arrows N」や「arrows NX」を出しており、エントリーでは「arrows Be」シリーズもあった。そこにarrows Weシリーズも含めて考えたときに、ブランド全体を通じたメッセージが不足していた。
「arrows Nがこういう端末です、というのは言いやすかったのですが、それがWeでも一緒かというと、当然違ってきます。今回こだわったのは、arrowsというブランドを包含できる強さであること。堅牢性はローエンドモデルでも担保していますし、その価格帯におけるコスパのよさにもものすごくこだわっています。ファミリーブランドとしてarrows全体を包含できるメッセージであることが重要だと考えます」(野村氏)
つまり今回の「大丈夫。強いから。」というメッセージはarrows Alphaに特化したものではなく、arrows全体に関わるメッセージとして打ち出している。
「キャッチコピー自体は枯れてきたり、はやり廃りがあったりするので、表現の仕方が変わってくることはあるかもしれません。ただ、『強さ』を伝える部分は変わらないと思います」(野村氏)
「これまでは時勢に合わせたコミュニケーションをしていました。例えばarrows NXでは5Gを訴求し、arrows Nではサステナビリティーという世の中の潮流を踏まえた上で、キャリアさんとコラボレーションしていました。一方で、メーカーとして“地に足を付けたarrowsとは何ぞや”というコミュニケーションは、今回が初めてだったのではという気持ちで取り組んでいます」(外谷氏)
●ユーザーの購入意向が9万円を超えるガクッと落ちる
経営破綻前はラインアップに統一感がない部分もあったが、現在はハイエンドのAlpha、ミッド〜ローエンドのWeという2つを基本的なポートフォリオにしている。価格帯はWeシリーズが2万円台〜3万円台(Plusは4万円台〜6万円台)、Alphaが8万円台を基本としており、手に取りやすい価格帯にこだわっている。
arrows Alphaを8万円台に抑えたのは、より多くのユーザーにハイエンドの性能を使ってほしいためだ。「われわれの社是みたいなところもありますが、皆に最新技術を堪能してほしい。せっかくいいものが世の中に出てきたのに、20万円のウルトラハイエンド機を買わないと体験できないとなると、その恩恵を受けられるのは一部の人に限られてしまいます。ですから今回、『ネオハイエンド』『手の届くハイエンド』にこだわったのは、手に届く価格帯で最新技術を味わってほしいところにあります」(野村氏)
「もちろん、ウルトラハイエンドのスマホを作ることもできますが、マーケットでは9万円以下が求められていると判断しました。お客さまの購入意向が、9万円を超えるとガクッと落ちます。こうした点を、(野村氏)と2人で膝をつき合わせて話ができたので、その後の進み方は非常にクリアでしたね」(外谷氏)
●Pixel 10を抑えて売れたarrows Alpha ユーザーの年齢層にも変化
そんなarrows Alphaだが、8月28日の発売以降、想定以上に売れているという。発売初週にドコモの販売ランキングで1位を獲得し、スタートダッシュを決めた。ちなみに、8月28日は「Pixel 10」や「Pixel 10 Pro」が発売された日でもあり、外谷氏も心配していたそうだが、ドコモではPixel 10シリーズを抑えての1位となった。一方で「ドコモオンラインショップで2日ほど在庫切れを起こしてしまった」(外谷氏)そうだが、それほど想定を超えた売れ行きだったことが分かる。
野村氏は、オンラインショップで評価されたことを「ありがたい」と話す。「オンラインショップでは、自分で調べて、考えて買いますよね。お店の場合、何も知らない状態で行っても店員さんのおすすめで買えるので、必ずしもプロダクトやマーケティングの実力とは限らない。オンラインショップは、われわれのプロダクトがいいことが伝わって、気付いてもらえないと絶対に買ってもらえない。そういった意味では、すごくうれしいですね」
今回、新生arrowsとしては2シーズン目になる。2024年に発売したarrows We2シリーズで認知が広まった影響もあってか、arrows Alphaはarrows We2 Plusと比較して、発売から1カ月間の販売数が2倍に伸びているという。
購入する年齢層にも変化が出ている。FCNT製スマートフォンの会員サービス「LaMember」のアンケートによると、今までのarrowsよりも購入層が10〜15歳若返り、30〜40代が増えたという。
「arrows We2やWe2 Plusは、50〜60代の方々に支持されていて、このラインは当然キープしていきますが、スペックの高い機種をお求めの方に、arrows Alphaを買っていただいています。より多くの人たちが求めることに、やっとお応えできるラインアップになってきたと思います」(野村氏)
arrowsに対しては「ハイエンドを待っていた」という声が多く、8万円台という価格とスペックのバランスを評価するユーザーも多かったという。野村氏は、スマホに詳しい人も、詳しくない人も満足してもらえる、“プロダクトのよさ”に尽きると強調する。
「(スマホに)詳しい方には、スペックとしてはいいものをご提供できていることに気付いていただいて、買ってみるとやっぱりよかったと。詳しくない方も、コミュニケーションの入口として分かりやすい頑丈さに気付いていただいて、中身を見ても、カメラもバッテリーもいいじゃんと、ベースの強さに気付いていただけます」(野村氏)
●製品サイトでは伝えきれない「生の声」を発信していく
好調に支持されているarrows Alphaだが、より多くのユーザーに認知してもらうためには、スペックだけでなく、ユーザーの日常生活にどんな影響をもたらすかを伝えることも大事だろう。その昔、ソニーがXperiaの訴求でインフルエンサーを起用して「だから私は、Xperia」というメッセージを発信しており、一般層への認知拡大に寄与した。このような人や利用シーンを介した訴求の重要性は、FCNTも認識している。
「頑丈です、と言っても、どこで役に立つのかというのは想像しづらいですよね。エピソードトークのような利用シーンをピックアップしたプロモーションは、大幅に強化していく予定です」(野村氏)
arrowsのサイト上にユーザーボイスを集約していく構想もあるが、メーカーや製品のサイトには関心のあるユーザーしか訪れず、広い周知には貢献しづらい。そこで、足元では動画(YouTube)やSNS(X)の活用を念頭に置いている。「われわれのアカウントからも発信しますし、さまざまな方々とコラボして、子育て層やアウトドア好きの方など、各セグメントのターゲットに情報発信していただく形の方が、より多くの人に届きやすいと考えています」(野村氏)
タレントのパワーには頼らないが、YouTuberのようなインフルエンサーとコラボし、よりターゲティングした形で伝えていく。その際、メーカーとして伝えたいことと、ユーザー視点のリアルな声のバランスが難しくなるが、「リアリティーのないものにしたくないという強い思いがあります」と野村氏。頑丈なarrowsなので、いろいろ“むちゃな”使い方もできそうだが、ネタ要素の強い使い方も「やってもらって構わない」と野村氏。
「広告動画を作るというよりは、生の声を伝えること」に重きを置く。スキーやスノーボードが盛んになる冬場では、「雪山でどこまで使えるのか」という視点もあるだろう。こうした季節性を意識した訴求も視野に入れ、生の声を伝える取り組みは、年末から年明けにかけて本格化させていく予定だ。
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。