
10月22日に発足した高市政権の経済政策の一つが、持続的な賃上げの実現だ。高市首相は11月14日の参院予算委員会で、時給について「いまの段階で明確に目標を示すのは非常に難しい。ちょっとでも上がっていくように」と述べている。
賃金上昇において、日本は世界から置いていかれているのは間違いない。過去30年間、日本は先進国の中でも極めて異常な状態にある。
そしていつの間にか、日本は世界から「安い労働力を得られる国」と見られるようになっているのをご存じだろうか。かつて日本が中国などに安価な労働力を求めたのと同じ構図で、今後は日本の「高度人材」を米国などの海外企業が獲得しようとしている。
かつての経済大国がそんな状態になっているというのは悲しい話だが……。日本人が最も、その衰退に気が付いていないのかもしれない。
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まず日本の労働状況を見ていきたい。日本の平均賃金は、OECD(経済協力開発機構)の平均値と比べてかなり低い。国税庁によれば、2024年の日本人の平均年収は478万円だ。前年比では18万円(約3.9%)増加して過去最高を記録したが、それでもOECD諸国と比べると低い。
●高度人材の給料、海外との差は歴然
OECDは先進国を中心とする国際機関で、38カ国が加盟している。通常、国際比較する場合は「購買力平価(PPP)換算」を行う。単に為替レートで換算するのではなく、各国の物価水準を調整した値を出すのだ。それで見ると、日本の平均年収は約463万円。一方で、OECDの平均は約681万円になる(2023年)。
日本は38カ国中、23位に位置する。ちなみに1位はルクセンブルクで約941万円、米国は4位で約850万円、ドイツは12位で約687万円、韓国は20位となっている。見ての通り、世界の先進国と比べて日本の給料は間違いなく安い。
ただ、海外が日本に求めているのは単純労働ではなく、スペシャリストやエンジニアなどの高度人材である。
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給料で比べると、高度人材でも、海外との差は歴然だ。例えば、米国。給与投稿サイトのデータによると、米国のビッグテック4社などであれば、新卒レベルの年収は約15万〜18万ドル(2500万円前後)になる。また、スタートアップ企業を含めたシリコンバレー全体の平均でも、初任給の最低ラインは10万ドル(約1500万円)だ。
一方で、日本の調査では、初任給平均は大学院修士課程修了(理系含む)の場合でも、年収で約430万円程度にとどまる。大手メーカーなど多少高い企業でも500万円前後だ。日本の優秀な理工系修士卒でもそのくらいで雇えてしまうのである。米国とは比較にならない。
加えて、海外企業から見れば、日本の円安がこうしたお得感を後押しする。2021年には1ドル105円ほどだったのが、現在は1ドル150円を超えて円安になっている。ドル建ての企業から見ると、日本での人件費コストは約30〜35%低下している。つまり、日本人を3〜4割安く雇用できることになる。
●日本人を採用したい理由とは
世界的にも、日本人は基礎能力が高いと評価されている。数学的なリテラシーが高く、緻密な作業が得意であり、時間や納期を守る意識の高さも世界でも上位に位置する。
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海外の企業などとやりとりすると分かるが、時間にルーズなのは当たり前で、いい加減な仕事をする人も少なくないし、仕事を放り出して休暇に入るなんてザラだ。日本で働いていると、そんないい加減な人と出会うことはほとんどない。
また日本人は協調性が高く、組織の論理に従順な傾向がある。筆者は以前、外資系企業と仕事をしたときに、自分の言い分を率直に話していたところ、周りの日本人から「よくあんなにはっきり言うな」と驚かれたことが何度もある。良いか悪いかは別にして、海外企業では、必要なことは伝えないと不利になることがある。ただ日本人の多くは協調性を重視するので、グッとこらえることが少なくない。
海外先進国と比べて日本の労働賃金が低い原因は一概には言えない。しかし、1990年代以降の長期デフレや低成長の影響で、企業が人件費を抑制してきたことが大きいと分析されている。そこから脱却できない状態が続いているのだ。
海外のリポートを見ると、日本人のエンジニアなどは海外企業からの引き合いが強まっており、採用が増えていることは間違いない。特にコロナ禍以降、リモートで仕事をするのが当たり前になっている。日本の人材に注目が集まるのは当然だといえる。
●「使い勝手のいい人材」がいるだけの国になってしまう
一方、この傾向は日本人にとってもチャンスになる可能性がある。要は、リスクを負って、手間と時間をかけて海外に行かなくても、日本にいながらにして海外企業で働けるからだ。海外企業のリモート社員として、ドル建てで給与をもらうという働き方もできる。もちろんある程度の英語スキルは必要になるが、メールなどのやりとりであれば、AIを活用することで多くの言語にも対応できる。
2024年の海外の統計では、国境を越えたリモート採用などの需要は拡大しており、約43億ドル規模の市場になっているとの報告もある。賃金が上がらない日本企業にしがみつくよりは、海外に目を向けることも選択肢の一つである。
もっとも、日本でもようやく賃上げに向けて意識が変化してきたようだが、「安すぎる日本人材」の状態から脱することができるかどうかが、今後の勝負になるだろう。それができなければ、日本の頭脳がどんどん流出することになりかねない。
かつて日本や欧米の企業は、中国などに安価な労働力を求めてきた歴史がある。日本も気が付けば、“使い勝手のいい人材”がいる国として、安価な労働力を求められるだけの国になってしまうかもしれない。まずはその現実を認識する必要がある。
(山田敏弘)
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