課長層にただよう「諦め感」をどう解決する? いすゞ自動車が「生のエグい声」を拾うためにやった“禁じ手”

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2025年11月28日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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いすゞ自動車 人事部門VP 武田修氏(提供:クアルトリクス)

 中間管理職はしばしば「孤立した存在」となり、誰からもケアされることなく、放置されてしまう――。


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 アビームコンサルティングの佐藤一樹氏(人的資本経営戦略ユニット)によれば、中間管理職は経営層の戦略を現場に落とし込む「翻訳者」であり、現場のリアルな声を経営に届ける「代弁者」だ。しかし経営層からは「問題が少ない層」と見なされ、放置されがちであるともいう。


 商用トラック・バスメーカーのいすゞ自動車も例外ではなかった。同社の課長層は会社の目指す方針に理解を示しつつも、現場は疲弊し、半ば「諦め」の空気が漂っていた。この危機をどう乗り越えようとしたのか。「やや危険なやり方だった」と振り返るのは、同社の人事部門VP、武田修氏だ。


 従業員体験(EX)管理ソフトウェアを提供するクアルトリクス(東京都千代田区)が11月10日に開催した講演から、内容を抜粋して紹介する。


●課長の心が離れる「静かな危機」


 いすゞ自動車は、貿易摩擦によるコスト増にも対応しながら、直近数年は売上高、営業利益ともに堅調に伸ばしてきた。


 一方で自動運転やデジタル化の波など、市況環境はめまぐるしく変化している。そこで同社は企業理念を「運ぶを支える」から「運ぶを創造する」に変更。求める人材も「組織風土に合う人材」から「イノベーションに挑戦する人材」にシフトした。


 合わせて、経営層は社員の会社へのエンゲージメント(愛着心、貢献意欲)を測るため、2024年春に初めて全社サーベイを実施。その結果、経営層と課長層の“温度差”が浮き彫りとなった。


 「回答率は86%と初回にしてはまずまずの滑り出しだったが、エンゲージメントスコアは47%と想定よりも低く、業界平均値と比べても渋いスタートだった」(武田氏)


 回答結果は「中立的」なものが多く、社員が本音を隠している可能性がうかがえた。最も目立ったのが、課長層のエンゲージメントスコアの低さだ。部長層とのスコア差は約20ポイントにも及んだ。


 武田氏はこうした結果を「課長に問題があるのではなく、経営と現場の狭間にいる課長層に、組織全体のさまざまな問題が集中した結果」だと考えた。


●組織の本質を突き止めた「禁じ手」 サーベイの“答え合わせ”


 仮説を検証するために、さらなる調査を行うことに。課長層のエンゲージメントにおける課題を特定するため、「禁じ手」とも呼べる手法に打って出た。それは、サーベイ結果を基にした「答え合わせ」である。


 「答え合わせ」とはつまり、課長数名を呼び出し、一人一人に直接インタビューしながら仮説の精度を高めていくというやり方だ。原則として、こういったエンゲージメントサーベイは回答者が匿名のもと回答するものだ。対面で直接聞き込みをするのは確かに禁じ手かもしれない。


 禁じ手とは思いつつも、サーベイだけでは見えてこない本当の気持ちをさぐるべく、課長たちにインタビューの目的を説明した。課長層は「みんなのためになるなら」と腹をくくり、「何でも話しますよ」と協力してくれたという。


 インタビューに臨む前、武田氏はサーベイの自由記述や背景情報から、課長層が抱える7種類の否定的感情を想定していた。「報酬・評価に対する不公正感」「戦略の実現性に対する非現実感」「リソース不足や現場の課題が放置されることへの不満感」「褒められない文化やキャリアに対する諦めの感情」などだ。


 実際にインタビューしたところ、課長層から多くの本音を聞くことができたという。「ここでは言えないほどエグイ内容もたくさんあった」(武田氏)そうだが、実際の声を聞いたことで仮説の精度を高められ、特に発生頻度の高い否定的感情の特定につなげることができた。


 後日、インタビュー結果をまとめて課長一同に共有した。すると「やっぱりそうだったんだ」と爆笑されたという。「『おそらくこうなんじゃないかな』と思っていることも、実際に聞いて確かめることが重要」だと武田氏は語る。


 そして武田氏は、収集した「生のエグい声」を、あえて加工しない形で経営トップに伝えた。


 課長へのインタビューを実施するまでは、経営トップから「(エンゲージメントスコアの)数字だけ出てきても分からないだろ」「この結果を人事部は素直に信じるのか」といった厳しい問いかけもあったという。


 答え合わせインタビューは、こうした経営層との「売り言葉に買い言葉」で始まった経緯もあったそうだが、生の声を伝えたことで経営トップがいよいよ深刻に捉えることに。経営会議で異例となる4回連続で、主要な議題として議論されるになったという。


●「道半ば」でも確かな変化


 この「生の声」を起点とした改革は、すでに確かな成果を生み出している。


 2024年春の前回サーベイと比べて、2025年春サーベイでは、回答率が86%から95%に大きく向上した。エンゲージメントスコア自体は47%から49%への2ポイントの向上にとどまったが「中身は前回調査と比べるととんでもなく違っていて、『話を聞いてくれるようになったか』という項目は飛躍的に改善した」と武田氏は手応えを語る。


 では、具体的な改善策としては何をしたのか? 武田氏は「とにかく対話を増やした」ことを挙げる。


 全社レベルでは、経営層と社員が対話する場を継続的に設けた。部門ごとでは、人事部門が主導するのではなく、その部門ごとに「自分たちがやっている」という自律性を尊重した改善活動が進められた。


 ある部門では、複数の課長とHRBP(人事ビジネスパートナー)がタッグを組み、各種働き方の向上活動を開始。別の部門では、部門トップと若手有志が改善活動と部門通信を作成。マネジメント全員が組織体制、会議体、異動も含めて見直すという、大胆な改革に踏み切った部門もあった。


 武田氏は、この改革はまだ道半ばであるとしながらも、「人事タスクよりも自分ごと化、説得よりも共感」で捉えることが、数値の変化につながると結論づけた。


●サーベイだけではただのデータ、課長層は「教師たる存在」


 エンゲージメントサーベイの結果は、それ自体では「ただのデータ」に過ぎない。傾向をつかみ、仮説を立てることは可能だが、それを一般化すると課題の本質を見誤る。


 武田氏は「遠回りのようだが、足で稼ぎ、対話すること」で社員自身の思いが発掘できると強調する。そして、中間管理職である課長層について、「中間にいるがゆえ、会社と社員の目線を両方持っている教師たる存在」であり、「他責性は少なく、非常に頼もしい」存在であることを、いすゞ自動車は再認識できたと締めくくった。


 武田氏は「うちのやり方を真似するのは危ないかもしれない」と苦笑する一方、「現場の生の声に真摯(しんし)に向き合う泥臭い対話のプロセスこそが、組織変革の第一歩」だとした。



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