
高級筆記具というジャンルがある。というか、筆記具くらい実用品でできることは変わらないのに価格差が激しい製品も少ないかもしれない。ボールペンだけを見ても、それこそ、1本100円以下で買えるものから10万円を超えるものもある。万年筆なんて、300円くらいから数百万円まであって、しかしできることは「書く」ことだけだ。
実際、長い間、高級筆記具はコレクター向けか贈答品向けで、一般の利用者向けの製品はせいぜい数千円止まりだった。ほんの10年前、私がTBS「マツコの知らない世界」に“ボールペンの人”として出演した2015年に「高級ボールペンの面白さは世間にはあまり知られていないから、それ中心でいきましょう」と、打ち合わせの中でディレクターと一緒に決めたことを思い出す。それくらい、高級筆記具は一般的でなかったのだ。
それが、今では5000円以上のシャープペンシルを小学生が発売日に並んで購入したり、数千円のボールペンは自分のために買うという人も増えている。三菱鉛筆の「ユニボール ZENTO」のシグネチャーモデルは3300円という価格にも関わらず、あっという間に売り切れて、私は店頭で見つけることができなかった。同様に、この連載で開発ストーリーを書いたこともあるコクヨの「KOKUYO WP」も、発売当初から人気が高く、4840円という価格にも関わらず、一時期は品薄になっていたほど。
インクやチップの性能だけでいえば、実のところ、国産のボールペンの場合、150円のものも数千円のものも同じ技術のものが使われている。それこそ、私が「マツコの知らない世界」に出演した頃は、まだ高級ボールペンの世界では、低粘度油性インクやゲルインクが使われていなかったため、書き味だけでいえば、150円のジェットストリームや、100円のサラサクリップの方が、万年筆とデザインを合わせた贈答用の2万円のボールペンより全然良かったのだ。
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そういう時代も過去のものとなり、今やパイロットやプラチナ万年筆などの元々高級筆記具を作っていたメーカーだけでなく、前述のように、コクヨや三菱鉛筆などの一般筆記具を作っていたメーカーも高級筆記具を発売している。デジタルの普及によって“書く”ことが一般的でなくなったからこそ、“書く道具”は実用性とは別の価値を持ち始めたともいえるのかもしれない。高級キーボードであるPFUの「HHKB」シリーズが売れてきたのも、その流れの中にあると考えることもできるだろう。
そういう流れがあってもなお、今回のコクヨの「KOKUYO WP Limited Edition」は、かなりの冒険に見えた。なんといっても、金属軸が2万5000円(税別)、木軸が3万5000円(税別)なのだ。ボールペン、サインペンとして、この価格は、高級筆記具メーカーの製品レベル。そこに、どういう思惑があり、どういう筆記具を目指したのだろう。コクヨの開発担当者へ取材して、高級筆記具の現在を考えてみた。
●コクヨが考える高級筆記具とは?
まず、コクヨが考える高級筆記具とはどういうものかについて尋ねたところ「『高級品を作る』ことが目的ではありません。良い素材を選び、丁寧な製法にこだわった結果として、それに見合った価格になっているということです」という返答だった。
「コクヨは今年(2025年)10月に『好奇心を人生に』という新しいコーポレートメッセージを掲げ、リブランドしました。が、ものづくりの根源にある『共感共創』というコクヨらしさを大切にする姿勢は変わりません。共感共創とは、お客様に共感しながらお客様と共に創るという姿勢です。高級ボールペンについても、価格ありきではなく、価値ありき。それがコクヨの考える高級ボールペンです」。
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実際、今回の金属軸を使った「モスマーブル」、木軸の「イチイガシ」という2つの製品に触れたのだが、その素材といい、加工といい、十分価格に見合ったものだと思った。木軸の方は、愛知の老舗の家具メーカーにして様々な木材活用のスペシャリストでもあるカリモクとの共同開発。金属軸の方も、マーブル調のデザインアルマイトを採用。光の反射で色が変化を感じる仕上がりとなっている。どちらも、従来の高級筆記具でもあまり見られない仕上がりだ。
「KOKUYO WPというブランド自体が、“揺らぎ”や“変化”といった、均一でない美しさをテーマに開発しています。木軸については、言わずもがなの、個々の違いが出ていることと、使うことによる経年変化を感じることができることから、KOKUYO WPに込められた思いを体現する素材として選定しました。一方、金属軸は、本来は均一な仕上がりが求められる金属という素材に、あえて“揺らぎ”の表現を取り入れることで、新たな美の可能性を拡張するという挑戦を込めています。これは“書くことで発想を拡張する”というKOKUYO WPが大切にする思いとも重なります」。これが、今回、木軸と金属軸を採用した理由だそうだ。
つまり、重要だったのは「使いながら変化が楽しめること」「発想を拡張する手助けとなる筆記具にすること」という考えがあっての、高級素材と高い技術の活用。かつて、よく万年筆の限定バージョンが、希少素材を使ったり宝石を付けたりして、工芸品、美術品的な方向で価値を高めたのとは違う姿勢の製品ということだろう。
個人的には、無駄に贅沢でゴテゴテと飾られた、実用性無視の万年筆も嫌いではないのだけど、あれは筆記具というより、やはり別のものだろう。しかも最近は、その方向はあまり流行っていないっぽい。人気があるのは蒔絵万年筆くらいではないだろうか。
今回の限定軸は、スタンダードのタイプと違い、軸にランダムな間隔で細い溝が掘られている。これは木軸、金属軸共通なのだけど、もともとは、木軸のために考えられたデザインだったそうだ。
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「軸に施した切削加工は、カリモク様と『木であることをどう伝えるか』を突き詰めて考えた結果です。木のぬくもりを伝える手段として、手加工のような温かみのあるフォルムに辿り着きました。それに合わせて、キャップにもランダムライクなスリットを入れることで、軸との一体感が生まれ、工芸品のような佇まいを持つ工業製品が実現しました。キャップは木の樹皮を、胴軸はそれを鑿(のみ)で削り出した木肌をイメージしています。木材が加工されていく過程を、ペンのデザインで表現したわけです」。
開発担当者の話は、あくまで工芸品ではなく工業製品であるという矜持と、その上で、工芸品的な筆記具を否定しないという姿勢が感じられて気持ちがいい。製品を持った時に嫌味な感じがないのは、こういう姿勢のためだろう。安易にアートに走らない姿勢には好感が持てる。
今回の木軸の最も面白いと思うポイントは、その個体差の激しさだ。木軸の筆記具は、木の肌を見せようとすると、多かれ少なかれ木目などの違いで個体差は生まれる。それは木工製品の魅力の一つなのだけど、工業製品としては、あまりに個体差が激しい製品は世に出しにくいはずだ。ところが、今回、そこを踏み外す勢いで、まるで別の製品といっていいくらい、木目や木自体の色に差があるのだ。
イチイガシは、古くは工具の柄などに使われていた素材だ。「丈夫で手になじみやすい木です。また、樫には虎斑(とらふ)と呼ばれる美しい斑紋が現れることがあり、一本一本に豊かな個性が見られます。筆記具の軸に使うにあたっての欠点は特にありませんが、あえて挙げるとすれば、虎斑の出方が一本ごとに大きく異なるため、お客様によって好みが分かれる可能性があることでしょうか。しかし、最も大切にしているのは木の個性なんです。工業製品では通常、不良とされてしまうような違いやバラつきも、木の個性として捉え、できる限り多様性を受け入れた製品として提案することを心がけています。これが、コクヨが木軸を作る上で、カリモク様と同じ『森との共存』という理念を共有することにつながると考えています」。
そんな言葉の通り、一本一本、とても個性的な軸になっていて、ここまで違うとかえって選ぶ楽しみが生まれる。かつて、ジミー・ペイジ愛用のレスポールの表面に入った虎のような木目が「トラ目」と呼ばれて、それにすごく憧れていたことを思い出したり。実際、アコースティックギターを選ぶ際に、木目の入り方と木の色を一所懸命見るのは当たり前で、そういう筆記具があってもいいような気がする。
●光の当たり方で色が変わって見える金属軸
金属軸についても聞いた。
「金属軸に関しては、当初、塗装も含めて表面処理の方法は柔軟に検討していました。昨年の限定品である『オールブラック』をどう超えていくかが大きな課題でしたが、今回のアルマイト加工は、マーブル以外の方法での試作も重ねたうえで、木軸のような個々の表情が出るこのマーブル模様の特殊アルマイト加工での製品化を決断しました」。
切削の溝などはどちらも同じデザインだが、このマーブル模様の特殊アルマイト加工というのが、かなり面白くて、光の当たり方で色が変わって見えるだけではなく、かなりの個体差が生まれるのだ。
塗装ではなく、緑と黒の2つの色を使ったアルマイトの被膜が不思議な光の反射を生み出しているので、微妙な違いでも色の出方は大きく変わる。木だと、取る位置で変わるということが理解できるけれど、この化学変化的な違いは、理解が追いつかない分、よりその違いが楽しめるように思った。
あまり金属軸が好きではない私だが、このモデルに限って言えば、どちらが欲しいかというと金属軸なのだ。
「木軸・金属軸ともに、一本一本が違う表情を見せるので、選ばれた一本は世界で唯一無二です。特に木軸は、木目の模様はもちろん、色味も個体によって大きく異なります。明るい色調のものもあれば、深みのある色合いのものもあり、まさに自然が生み出す多様性を楽しめます。金属軸のマーブル模様も、一本として同じものはありません。『自分だけの一本』と出会う楽しさを、ぜひ体験していただきたいです」。
この、工業製品にあって「自分だけの一本」が選べるというのが、今回の軸の最大のポイントだろう。そのために素材と技術を注ぎ込む。「実用性を最優先とし、それを損なわないことを大前提としました。その上で、木や金属という素材が持つイメージや質感を、軸とキャップのデザインに落とし込んでいきました。この優先順位を守ったことが、ラグジュアリー感と実用性の両立につながったと考えています」。
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