
岐阜市で70年以上も続く老舗企業の坂口捺染(さかぐちなせん)。主要な事業は、売り上げの95%を占めるという衣料へのプリント業だ。岐阜駅から車で30分ほど、川や水田に囲まれた自然豊かな土地にある同社では、16歳から80歳まで200人ほどの従業員が働いている。大半を占めるのが、子育て中の女性だ。子育てでよくある急病による早退などを含めた、勤務時間の変更などに同社では柔軟に対応していることから、そうした人たちの人気が高いという。
【画像】従業員のためにつくった駄菓子屋や、おしゃれすぎるカフェ
年間で約200人も求職者が集まり、そこから50人程度の従業員を採用している。従業員数に対して採用規模が大きく見えるのは、それだけ業容の拡大が著しいからだ。人手不足が叫ばれる昨今、地方かつ中小企業としては異例の人気ぶりを博す。
そのほか、2025年の残業は「ゼロ」。定時に帰れて、ボーナスも20歳前半の従業員に対して100万円超を支払うなど、文字通り「働きやすい会社」だ。
ここまで徹底している背景には何があるのか。同社の坂口輝光社長に話を聞いた。
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●1日で2日分働くほど、ハードな繁忙期
高校を卒業後、海外留学を経て輝光氏が坂口捺染に入社したのは2004年。当時はまだ従業員が14人ほどで、家族経営のいわゆる「町工場」的な企業だった。
輝光氏が入社してまず目にしたのは、従業員たちのハードな働きぶりだ。当時は売り上げの大半を1社からの受注に頼っており、年間のうち3カ月が超繁忙期。「1日20時間は働いていたかな」と話す輝光氏も含め、夜通し働くことが珍しくなかった。
「1日で2日分働いているような感じだった。朝に出勤して『おはようございます』って言うのは当たり前だけど、夜になっても仕事が終わらないから、また『おはようございます』って声を掛け合って、さあここからまた始業するぞ、みたいな毎日を過ごしていたね」
繁忙期の休みは、週に1日。家業でもあった輝光氏自身は「俺が働くのは当たり前だし、全然オッケー」と話すも、ハードに働く従業員たちのライフステージや、家族との時間を考えて、改善を決意する。
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2010年に専務となってから、まずは取引先の拡大に乗り出した。自ら客先に出向き、繁忙期以外の時期にも仕事が舞い込むように。当時は1社頼みだったのが、今では直接の取引先が150社にまで膨らんでいる。多いときには100時間ほどだった月の残業時間は徐々に減り、2025年はここまで「ゼロ」が続いている。
●過酷な職場環境を次々に改善
売り上げの平準化による残業時間の抑制以外には、職場環境の改善にも取り組んだ。入社当初「マジで狭かった」と輝光社長が振り返る職場環境は、昔ながらの建物ということもあって、土間のようなスペースがあり、雨の日は商品が汚れてしまうこともあった。何より暑さが従業員の負担になっていたという。
「スポットクーラーをみんな背中に差し込んで働いていたくらいだからね。めちゃくちゃ電力を使うから、ブレーカーが落ちちゃうことも少なからずあった。だからクーラーを入れて、機械の故障音とかにも気付きにくいから、有線も廃止したよ」
当時は男性従業員が多かったところ、ゆくゆくは女性も増えることを見越して男女共用しかなかったトイレも、女性専用をつくった。こうした施策が功を奏し、少しずつ従業員が増えていく。
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その他、福利厚生として、週に数回のヨガやピラティス(一部を一般にも公開)を企画。社長自らが参加する食事会だけでなく、参加率9割ほどという忘年会を開催する。
また、これまでの福利厚生は社内にいるときに使えるものが多かったが、月に1000円でジムに通えるプログラムを用意。クルマ社会なこともあり、仕事中に洗車などをしてもらえるサービスの導入も予定している。
もちろん、全ての取り組みがうまくいったわけではない。従業員が20人くらいになったとき、社内の結束感を高めようと社内では敬語を使わず、タメぐちを“公用語”にしたことがあった。当時、輝光氏は専務。変に自分に対して気を遣わないでほしいという思いもあったという。
ところが、それ以降は社内に「なあなあ」な空気が漂うように。私語は当たり前、自分勝手な態度を示す人も増えてしまった。そこで一転、今度は社長就任後の1年ほど「敬語しか使わない」ようにした。ちなみに社内の制度が整い、もう心配はないという判断から、現在はタメぐちOKに戻している。
●「生産性は、数字じゃ測れない」
ここまでは社内向けの施策だが、地域住民に対する取り組みにも注力している。2021年には、地域の子どもたちが集まる拠点になれば、という思いで社内の一角に「駄菓子屋」を設けた。その後、子育て中の従業員が必要なものを買って帰れたら便利だという考えから、駄菓子以外も扱うように。
そうした輝光氏の思いが結集したのが、2024年にオープンした「TWR複合施設」だ。会社周辺の土地を買い取り、駄菓子屋や自社ブランド品を扱うショップ、さらにカフェも併設した地域の拠点としてにぎわいを見せている。この11月には、近くの学校を借り、6000発の花火を中心としたイベントも開催した。数千万円もかかったイベントで、当日は1万を超える人が集まったという。
なぜ、ここまでするのか。
「いま、日本で自分が勤めている会社が好きな人って、3割もいないんじゃないかな。嫌いとまではいわないけど、どうでもいいと思っている人が多いはず。でも、うちはそうじゃない。だから、どんな仕事も受けられるし、それがお客さまからの信頼にもつながってると思う。
生産性って、DXだとかそういうんじゃないし、数字で測れないものだから。例えば、タイムカードを押してもすぐに帰らず『ちょっと話していこうかな』と思えるか。辛い思いを周りに共有して、解消できるか。この回数が多いほど、生産性って上がると思うよ。お金とかももちろん大事だけど、それだけじゃ、もっといい条件の会社があれば流れちゃうからね」
そうは言うものの、坂口捺染ではしっかり金銭面でも従業員に還元している。業績は右肩上がりで成長を続け、2025年度11月期の売り上げは11億円ほど。輝光氏が専務に就任して経営に携わり始めた2010年ごろは約1.5億円だったのが、7倍近くに増えた。利益率は約2割を見込む。その分、21歳の従業員に100万円超のボーナスを支給するなど、しっかりと賃金でも満足できる環境を整えている。
求職者の中には、岐阜県内だけでなく北は北海道、南は沖縄から、引っ越しを前提に問い合わせてくる人もいるというから驚かされる。人手不足に悩む多くの会社が学ぶべきヒントが、地方の中小企業に眠っている。
※本記事の【前編】は【関連記事】から確認できます。
(鬼頭勇大)
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