ニコン「400億円」新本社の全貌 圧巻の劇場型アトリウム、階段で仕事……交流を生む数々の仕掛けとは

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2025年12月02日 07:10  ITmedia ビジネスオンライン

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東京都品川区の光学通り(ニコン旧社名である日本光学工業に由来)に面した新オフィス

 ニコンが約400億円を投じた新しい本社/イノベーションセンターは、同社ゆかりの地である東京・西大井に位置する。同社の発展を支えた大井第一工場の跡地で運用を始めてから、はや1年。さまざまな特徴的なファシリティを備える新本社を訪ねた。


【秘密に迫る】400億円かけた、ニコンの新本社の全貌は?


 200人を収容する圧巻の劇場型アトリウムや、階段に「働けるスペース」を設けた意味とは。コミュニケーション促進のために、どのような工夫を施したのか? 移転プロジェクトチームの中核を担った4人のメンバーに話を聞いた。


●近代的で自由な設計……「コミュニケーションが促進できるオフィス」の工夫


 エントランスに入ると、圧巻の大型スクリーンが目の前に映し出され、200人を収容できる劇場型アトリウムが出迎える。ここは、光学通りに面したニコンの新本社/イノベーションセンターだ。アトリウムでは階段の一段一段を座席として使用でき、新商品発表会、入社式、講演会などのイベントを開催できるほか、電源がありここで仕事もできるという。


 カメラ産業を牽(けん)引してきたニコンに対して、どうしてもレガシーな印象を持っていた筆者は、まずここで出鼻をくじかれた。近代的かつ自由なオフィス設計に驚く。


 「サイロ化に課題を感じ、コミュニケーションが促進できるオフィスにしたかった」(経営管理本部付 豊田陽介氏)


 旧オフィスがあった品川インターシティでは、賃貸ビルという性質上自由度にどうしても制約があった。30階建ての高層ビルの23〜30階にオフィスがあったが、フロアごとに部署が入っており、上下の行き来はほぼなかったという。


 そうした課題の解決と、従業員同士のコラボレーションを促進させ、事業をよりスケールさせる目的で、2021年11月に移転プロジェクトチームが発足した。コアメンバー11人の下に建築、ITなど各分野の分科会がひも付けられ、週に1回、選出されたメンバーは話し合いを重ねた。関わった人数は延べ200人にも及んだ。


 「コアメンバーは、本業の傍ら、オフィスコンセプトやデザイン、運用面などで毎日のように会議をしていました。分科会には会社の今後を担う20〜30代の若手社員を多く起用して、自分たちが働きやすい職場になるように意見を出し合ってもらいました。最終的には答申書を出してもらい、その意見を実際の設計に反映することもありました」(豊田氏)


 プロジェクト発足後、3年の期間を経て2024年に竣工。同年7月から運用を開始した。あえて、大井第一工場の跡地に建設した理由を聞くと、豊田氏は以下のように答える。


 「ゆかりの地に原点回帰したという思いがあります。工場跡地で面積が広いので、ラボや研究室を含めてさまざまな部署が集結でき『コミュニケーションの活性化』というコンセプトに見合うと考え、この地に建設することにしました」(豊田氏)


 今回の本社移転の目的は、主に以下の3つ。


・本社機能、事業部企画・営業機能およびR&D機能集約によるシナジー創出の促進


・従業員のエンゲージメント向上・コミュニケーション醸成


・環境配慮型オフィスによる社会課題解決への貢献(「ZEB Ready」「BELS・6つ星」取得)


 敷地面積1万8000平方メートル、延床面積4万2000平方メートル、6階建てで、3200人の従業員を収容可能な大規模なオフィス設計になっている。近隣には、各事業のラボやメール室、従来活用していたサーバルームなどが入るイーストサイト、グループ会社や請負会社などが入るウエストサイトが構える。


 それでは、実際の本社オフィスを詳しく見ていこう。


●コラボレーションエリア、ダイニングなど接点を増やす機能をふんだんに


 フロアは横長で、端から端まで歩くと150メートルある広大な環境だ。まず、共有エリアの1〜2階を見ていこう。アトリウムを降りた1階には、一般利用ができるコンビニとニコンミュージアム、各事業ユニットが実験を行えるラボエリアがある。


 2階のエントランスを抜けると、B2B製品が展示されるショールーム、会議室、ラウンジ、ダイニングがある。ラウンジにはソファ席も用意されており、従業員同士での談笑や、休息の風景も見られた。まるでおしゃれなカフェだ。コーヒーサーバも設置してあり、格安でコーヒーを飲める。


 ラウンジを抜けるとダイニングが広がる。550席あり、健康に配慮したさまざまなメニューを日々楽しめる。夜になると、アルコールの提供もあり、懇親会などで使用できるという。


 「旧オフィスでは社員食堂がなかったので、ダイニングを作りましたが、人の接点が非常に増えました。『ちょっと飯でも行こう』と同僚を誘いやすくなったと思います。今のご時世、飲みに誘うのはちょっとハードルが高いけど、社内にある食堂だと誘いやすいですね」(豊田氏)


 3〜6階は執務席。ただ、レイアウトが他社と異なる。フリーアドレスを採用しつつ、部署ごとにおおまかに分かれているグループアドレスエリアが、両端にあり、真ん中にコラボレーションエリアがサンドされているイメージだ。


 グループアドレスエリアは、横長の机が並べられたワークステーション、集中ブース、Web会議が可能なミーティングブースを設置。一方、コラボレーションエリアでは、さまざまな種類の机や椅子が並べてあり、用途によって什器を使い分けることができる。ほかに、クローズドな会議室、プロジェクトルーム、気軽にコミュニケーションが取れるパントリー(冷蔵庫・電子レンジなどがある)などの機能が存在。コラボレーションエリアは部署の垣根を越えて誰でも使えるのが特徴だ。


 コラボレーションエリアをあえて真ん中に置いた理由について、六日市清尊氏(経営管理本部 工務管理部長)は「人が行き来できるようにしたかった」と話す。また、コピー機やトイレなども、コラボレーションエリアとグループアドレスエリアの真ん中に作っている。


 「複合機、メールステーション、トイレ、階段などの部分をコアと呼んでますが、このコア部分は低層階の建物であれば、通常は端に設置します。コミュニケーションを促進するために、それをあえて通路の上に設置しました。トイレなどは必ず1日に数回は利用する場所。あえて人が交わる工夫を施しています」(六日市氏)


 各フロアをつなぐ大階段には、分科会の若手社員のアイデアが一部採用されている。階段機能だけでなく、腰を下ろして談笑したり、スクリーンも完備されているため、プレゼンや打ち合わせにも利用できる。一種のコラボレーション機能を有しているといえるだろう。


 また、緑が感じられ気分転換ができるテラスも用意。リラックスしながらコミュニケーションを取れるほか、天気が良ければ外で仕事ができるように机も置いてある。


●環境や地域住民への配慮、デジタル化も推進


 執務席を歩いていると、天井が特徴的な作りであることに気付いた。これは、PC(プレストレストコンクリート)床板による現し天井で、床板がそのまま天井の役割を担っている。これにより、高い天井高と無柱空間による開放的な広さを実現した。また、PC床板を利用したことで「工期の短縮につながった」(六日市氏)という。


 この新本社は環境に配慮した設計を施しており、高断熱・高日射遮蔽、ライトシェルフを活用した自然エネルギーの利用、太陽光発電システムなどにより、「ZEB Ready」認証と「BELS」の6つ星を取得している。


 西大井がニコンゆかりの土地ということで、地元への配慮も忘れない。テラスを作った理由の一つに、六日市氏は「5階のテラス部分は、4階と同様に執務席を作ることができたのですが、ビル風が発生することが分かり、地域住民に配慮してやめることにしました」と話す。避難所機能も有しており、災害時には近隣住民など、社員の他に300人程度が避難できるように食品・毛布などの備蓄も多くしてある。


 デジタル化も推進した。紙はできるだけ削減し、個人ロッカーに入る程度に従業員に減らしてもらった。ほぼ全ての場所で無線LANが使用可能。配線もできる限りなくし、すっきりさせた。そのため、至るところに持ち運びできるポータブルバッテリーを設置した 。


 「デスクトップPCは全て廃止、固定電話も全てなくしました。外線も含めて全てTeamsで着信できるようにしています。また、従業員に好評だったのは、ワークステーションの全ての席にデュアルモニターを設置したことです。使い勝手はもちろん、モニターに接続するだけで、使用しながらPCが充電できるところも好評です」(ITソリューション本部 デジタル技術部長 川又一徳氏)


 遊び心も忘れない。エントランスの床に光学ガラスの端材を埋め込んだり、レンズキャップ型のマンホールを作ったり、天井の照明でNikonの文字を形作ったりと“らしさ”にも気を配った。


●10年後の働き方にも対応できる、フレキシブルな設計を


 オフィス移転の成果について、豊田氏は以下のように話す。


 「移転前はフリーアドレスに変えるということで、従業員の理解を得ることに苦労しました。役員に従業員への説明をお願いしたり、さまざまな移転に関わる情報提供を行ったりしましたね。紙を減らすための断捨離にも協力してもらいました。ただ、移転後は建物のインパクトもあってか、割と好意的に受け取ってもらえたと感じています。従業員は働く場所を自律的に選択できてきていますし、新しい環境にも早く慣れた印象を持ちました」(豊田氏)


 現在は、運用ルールも含めてモニタリングしながら改善をしている。改善点として、内海稔和氏(経理管理本部 総務部長 ※)は以下のように話す。


(※)取材当時の所属。


 「会議をクローズドな会議室でやる人が多いので、もっとフリースペースの活用を推奨していきたいです。あとは、せっかくのファミレス席なのに、どうしても独り占めして仕事をしている従業員が多い。複数人で使用してほしかったが、実際は1人で資料を拡げて仕事してしまっている。この辺りはハードとソフトの両面でルール作りに注力していきたいと考えています」(内海氏)


 また、ABWで課題となるのが「従業員が今どこにいるのか」ということ。そのため、同社では4月から、スマホで従業員の位置情報を把握できるシステムを採用した。


 オフィスの至る所に仕込んだビーコンにより、自分の場所がリアルタイムでアプリ上に表示される。プライバシーにも配慮し、トイレや個人ロッカーではシグナルが消えるようにした。当然、外出先のどこにいるかは分からないようにしている。スマホもこれまでは全従業員に配っていなかったが、このアプリ導入のために全員に支給した。


 「このデータを使えば、オフィス内の人流や混雑具合などが分かる。今後の運用方法やレイアウト変更も含めて、ハード・ソフト面で今後のオフィス運用に役立てていこうと考えています。また、アプリ上で従業員のアイコンが密集すると、空調の風量を変えたり、照明が明るくなったりするなどのIoT連携もできるようにしてあります」(川又氏)


 最後に、今後オフィス移転やリニューアルを考えている総務担当者に対して、六日市氏は以下のように語った。


 「今の働き方が決して正解ではなく、10〜20年後はまた変わっている可能性があります。いつでもその時代に合った働き方を体現できるオフィス設計にすることが重要ではないでしょうか。当オフィスでは、レイアウト変更はもちろん、会議室の新設のしやすさ、など可変性を意識したフレキシビリティな設計にしました」


 部署の垣根を越えたコラボレーションの創出で、どんな新製品・サービスが生まれるのか。ニコン一眼レフカメラを愛用する著者も楽しみだ。


●著者プロフィール


太田祐一(おおた ゆういち/ライター、記者)



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