おかしが好きだ。
行列して購入するような流行のスイーツ。値段を見ると躊躇してしまう高級な洋菓子。造形の美しさに惚れ惚れしてしまう和菓子。こういったスペシャルなものには、もちろんテンションが上がる。だが、日々の暮らしの中で小さな幸福を確実にもたらしてくれているのは、スーパーマーケットやドラッグストアに売っている珍しくもなんともない庶民的なお値段の大量生産品だったりする。いつでも当たり前のようにそこにある普通のおかしの魅力に、改めて気づかせてくれる一冊が刊行された。
ギンビスの「たべっ子どうぶつ」が4つ並んだこの本の表紙を見て、写真だと思った人は多いのではないだろうか。写真じゃないんですよ、イラストなんですよ。びっくり。著者の内田有美氏がイラストレーターだと知っていてすらも「本当に絵なの?」と疑ってしまったくらいだ。
描かれているのは、見慣れたロングセラーのおかしばかりである。明治の「きのこの山」、ブルボンの「ルマンド」、カルビーの「ポテトチップス」、ロッテの「コアラのマーチ」、やおきんの「うまい棒」......。常に戸棚に入っているもの、時々無性に食べたくなるもの、久々に思い出した懐かしいもの。どのおかしも、造形と質感が記憶と寸分違わずに表現されている。描かれている角度、生地のキメ、焼き色のグラデーション、胡麻や海苔の存在感、個包装のプラスティックの透明感。すべてが完璧以上で、それを口にした時の食感や香りや味わいまでもが自然に再現されていく。
私が一番好きなお菓子は、ブルボンの「ルマンド」である。ルマンドの良いところは、その繊細な食感とほどよい甘みに加え、個包装パッケージの紫と本体の柔らかいココア色の組み合わせの上品さだと思う。まずはその高級感漂う姿を愛でて、封を開けるときには薄く重なった生地が壊れないようにちょっとだけ気を使い、カケラをこぼさないように注意しながら、二口くらいでサクサクと食べる。一分にも満たないその時間の幸福が、パッケージから半分だけ出された状態で描かれたイラストに込められているようで、著者と時間を共有しているような不思議な気持ちになった。
イラストだけでも十分に私を幸福にさせてくれるのだが、この本の素晴らしいところはそれだけではない。掲載された58点のおかしに、丁寧な解説が加えられている。歴史や開発秘話、発売当時のCMのことなど、知らなかったことや懐かしい話が書かれており、それぞれの個性がより愛しくなってくるのだ。当たり前のことだけれど、どんなものだってそれを作る人たちがいる。完成するまでにはたくさんの人が関わって、いろいろな思いが寄せられる。購入する人だってさまざまな気持ちを抱く。似たようなものはあっても同じものはないのだ。それはおかしだけじゃなくて、文房具も洋服も家具も家電もなのだと思う。たくさんの個性に囲まれて、私は生活している。そんな日常の愛しさとありがたさに、この本は気づかせてくれる。
よく知っているおかしばかりなのだけれど一つだけ食べたことのないものがあった。ロッテの「ガーナリップル」というチョコレート菓子である。チョコレートクリームを絞り出して描いたようなゆるいハート型がほほえましい。「非常に薄いチョコレートで、パリッとした食感と繊細な口どけ」が人気なのだそうだ。これは好きになっちゃう気がするなあ。今後スーパーに行ったら探してみなくては。
素晴らしいおかしとの出会いや再会を、ぜひ皆さんにも楽しんでいただきたい。
(高頭佐和子)
『にっぽんのおかし: Simple Joys: Classic Japanese Snacks for Everyday Life』
著者:内田 有美
出版社:主婦と生活社
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