24歳の若さで夭折した漫画家はなぜ“伝説”と評されるのか? 高木りゅうぞうが遺した傑作短編「ツイステッド」を読む

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2025年12月02日 13:00  リアルサウンド

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『高木りゅうぞう作品集 ツイステッド』(復刊ドットコム)

 なんともいえない熱いものが込み上げてくる一冊が発売された。『高木りゅうぞう作品集 ツイステッド』(復刊ドットコム)のことだ。


【画像】連載開始から40年、上條淳士『To-y』の「黒」


 高木りゅうぞうは、1968年、愛知県生まれ。1991年の「ちばてつや賞」(講談社)準入選をはじめ、各漫画賞の常連となり、その将来を嘱望されつつも、1993年、渡航先のバリ島にて夭折した伝説の漫画家である(享年24歳)。


 表題作「ツイステッド」は、よしもとよしともが1996年、「COMIC CUE」(イーストプレス)でカバー(リメイク)したことで広く知られるようになった短編。というよりも、このよしもと版の「ツイステッド」で、「高木りゅうぞう」の名を知ったという漫画ファンも少なくないのではないだろうか(かくいう私も、よしもと版の「ツイステッド」を読んで感動し、慌てて国会図書館へ足を運んで本家の高木版も読み、こんな才能がいたのかと、あらためて驚かされた次第である)。


 約2年間という活動期間の短さから、商業誌に掲載された作品の数は3作と少なく(いずれも短編)、また、没後に関係者と一部読者に配布された私家版の作品集も存在することはするのだが、そちらも時おり古書市場で見かけることはあるものの、極めてレアな(かつ高価な)一冊になっていた。


 なお、今回の本は、遺された高木の全作品の原画を高解像度で新たにスキャンし直したものだそうだ。


■粗削りながら魅力的な絵と、心に残る細部の描写


 ちなみに、同書に収録されているのは、以下の全7作(収録順)。
 「笠井萌子の運転手」(1992年)
 「酔っぱらいの夜空に」(1991年)
 「プリオの気持ち」(1992年)
 「ツイステッド」(1992年)
 「不安なテーブル」(1992年)
 「昔のともだち」(1993年)
 「ジャズ イン “ラブリー”」(未完/未発表作品)


※以下、「ツイステッド」の内容に触れています。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)


 収録作の中で、とりわけ完成度が高いのは、やはり、表題作の「ツイステッド」である。


 あるとき、バイクを走らせていた「オレ」は、車道にぼんやりと立っていた少年を避けたために、事故死してしまう。しかし、気がつくとその「心」は、先ほど轢きかけた少年「ハルミ」の身体に宿っていた。


 一方、家庭内や小学校内での人間関係に悩んでいたハルミの心も消えたわけではなく、つまり、2人は1つの身体をしばらくの間、共有することになるのだった。そして、「オレ」は、ハルミに「走ることの気持ちよさ」――すなわち、“生きることの意味”を教え、静かに天に消えていく……。


 と、まあ、このように、物語のプロット自体は、よくある話――とまではいわないが、ファンタジーとしてはさほど目新しいものではない、ともいえる。しかし、この作品を何度も繰り返し読みたくなるのは(少なくとも私はそうだ)、主人公2人の何気ない会話や仕種など、1コマ1コマで描かれている細部の描写がクールでありながら、どこか人間味溢れるものだからだろう。


 また、これは他の収録作についてもいえることなのだが、高木りゅうぞうの漫画は、何よりも絵が素晴らしい。もちろん、新人ならではの粗削りな部分や、既存の「ヤンマガ」系の作家たち――たとえば、望月峯太郎(現・望月ミネタロウ)、すぎむらしんいち、小林じんこ、安達哲などの絵からの影響も見てとれるが、白黒のハイ・コントラストの絵を、ラフな描線と軽やかなテンポで見せていくスタイルは、高木ならではのものだろう。


 ちなみに、巻末に収録されているプロフィールによると、高木は漫画家になる前は、音楽や演劇の活動もしていたのだという。つまり、そうしたジャンル横断的な自由な感覚が、彼の絵には表れているのかもしれない(とりわけ、「ジャズ」が本来持っている、反骨精神やフリーな感覚は、彼の絵や漫画を読み解く上で、重要な手がかりの1つとなるだろう)。


■“あの頃”の空気が封印された一冊


 その他、個人的には、金持ちのお嬢様とその運転手の日常を描いた「笠井萌子の運転手」や、ジャズのライブハウスで働く青年と謎めいた初老の男性の交流を描いた「酔っぱらいの夜空に」が印象に残った。


 2作とも、特に何か大きな事件が起きるわけでもなく、淡々と物語は進んでいくのだが、最終的には、主人公たちの関係は、少しだけ変化している。その演出が巧い。


 いずれにせよ、本書には、狂乱のバブルが弾けつつあり、やがて混迷の世紀末に突入する前の――つまり、90年代初頭ならではの、明るさも暗さも封印されている。それは、当時20代だった漫画家・高木りゅうぞうにとっての“青春”の記録でもあり、この先、誰にも真似のできることのない(また、真似する必要もない)“あの頃”の幻影だといえよう。


 強いていえば、高木りゅうぞうが描く長編漫画も読んでみたかった、という気がしないでもない。だがそれは、詮なき願望というものだろう。たぶん、「ツイステッド」というわずか29ページの短編1つだけで、「高木りゅうぞう」の名は、この先もずっと日本の漫画史に残り続けるはずだ。


(文=島田一志)



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