
『新 都市動物たちの事件簿』(佐々木洋著)では、プロ・ナチュラリスト(プロの自然解説者)の著者が思わず人に教えたくなる“都会派動物たち”について解説します。
今回は本書から一部抜粋し、ツキノワグマが都心に現れるようになった複数の理由と、東京23区にも出没する未来について紹介します。
里山減少だけじゃない、クマの出没理由
地域によってはとても希少な動物であるツキノワグマが、今、なぜ、東京都心部に近い場所によく姿を見せるようになったのだろうか?まず、ハンターの高齢化や人数不足と、一時期個体数がだいぶ減ったため保護をするようになった結果として、多くの地域で増えているということが考えられる。日本のツキノワグマの数は、1960年代には約1万頭以下と推計されるが、2011年の環境省の生物多様性センターの報告書によると1万2297から1万9096頭だ。
数字に大きな幅があることからもわかるように、正確な生息数は現在のところ不明だが、むかしに比べると増えていることは間違いない。
|
|
|
|
しかし現代では里山という緩衝地帯がなくなる場合が多く、クマが多くすむ場所のすぐ隣に人間が多くすむことになったりして、出会いが増えてしまったのだ。
また、豊作と不作を繰り返すことの多いドングリなど、ツキノワグマの食べ物にもしばしば影響される。これらは、山で少ないときに町で多かったり、逆に山で多いときに、町で少ないこともあるというように地域差も生じる。このことがクマをあちこちに移動させる原因ともなるのだ。
番犬の不在がクマを呼ぶ?
私は、さらに、ここにもう1つの理由を加えたい。それはイヌを屋外で飼うことが減ったということである。かつては、庭で、放し飼いにされたり、長いリードにつながれたイヌをよく見かけた。そのため、郵便配達人が吠えられたり、セールスマンが怖い思いをしたりしたものだ。
|
|
|
|
人間よりも嗅覚がはるかに優れているイヌは、野生動物の接近を早い段階で吠えて知らせてくれる。また、そのイヌの行動が野生動物の脅威となり、その場所を避けるようになることも多い。
体力的に多くのイヌより優れていると思われるツキノワグマであっても、たいてい無用なトラブルは嫌う。ただ近ごろは、庭のイヌを襲うクマも現れており、予断を許さない状況にはなっている。
東京23区も他人事ではない
このツキノワグマが、東京23区内にやってくる可能性があると言ったら、信じられるであろうか?しかし、その日は意外に近いかもしれないのだ。ほとんどの野生哺乳類は、川沿いに大きく移動する。山と東京都心部をつなぐ多摩川や荒川なども生き物の「幹線道路」になっている。実際にニホンジカが板橋区や北区の河川敷に現れたり、イノシシが世田谷区で目撃されたりもしている。
|
|
|
|
「世田谷区の河川敷で土手を散歩中にツキノワグマを目撃」とか「大田区の河川敷でボールを追いかけて薮に入った少年がツキノワグマに出くわす」などというニュースがいつ流れてきてもおかしくないのだ。
もしそうなったら東京23区内で、クマ鈴をベルトやリュックサックにつけて歩く日がやってくるのかもしれない。
佐々木 洋(ささき・ひろし)プロフィール
プロ・ナチュラリスト。40年近くにわたり、自然解説活動を行っている。とくにホームグランドの東京都心部では、毎年200回ほど自然観察会を開催している。NHK『ダーウィンが来た!』などに出演。『どうぶつのないしょ話』(雷鳥社)、『となりの「ミステリー生物」ずかん』(時事通信社)など著書多数。NHK大河ドラマ生物考証者、Yahoo!ニュース エキスパートコメンテーター。(文:佐々木 洋)
