西松建設が「IOWNとローカル5G」で実現した、建設機械「超遠隔操作」の低遅延ネットワーク

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2025年12月03日 08:10  @IT

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図1 Tunnel RemOSの基本構成

 建設業界では人材不足の深刻化に対応した「省人化」「自動化」と、より安全な工事の実現のため、建設現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めている。本連載でも、キャリア5Gを使った建設機械の遠隔操作や光回線+Wi-Fiによる建設機械の自動運転を取り上げてきた。これらは既に実用化されている。


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 今回は西松建設(本社 東京、代表取締役社長 細川雅一氏)が開発している「IOWN+ローカル5G」による建設機械の長距離遠隔操作システムについて、同社 技術研究所 山本悟氏に話を伺った。


 IOWN(Innovative Optical and Wireless Network:アイオン)は、NTTが2030年代の実現を目指して研究開発を進めている次世代通信基盤構想で、APN(All-Photonics Network)はその中核だ。APNはNTT東日本、NTT西日本、NTTドコモビジネス(旧NTTコミュニケーションズ)が商用サービスを提供している。速度は10〜800Gbpsで、通信形態はPoint to Pointのみだ。以下の文中や図中で「IOWN」と表記しているのはAPNを指す。


●複数の無線方式を比較検討し、4.9GHz帯無線、小電力無線等で遠隔操作を実験


 西松建設は、古くは青函トンネル、近くはリニア新幹線のトンネルなど、トンネル工事の高度な技術と豊富な実績を持つ企業だ。その西松建設が山岳トンネル工事の無人化、自動化のために2020年から開発を進めているのが「Tunnel RemOS」(トンネル・リモス)だ。


 既にドリルジャンボ、ホイールローダ、バックフォーなど主要な建設機械の遠隔操作システムが完成しており、遠隔操作の実験が行われてきた。図1は、そのネットワーク構成だ。


 遠隔通信区間には無線通信を使い、無線機と遠隔操作室の間は遠隔操作専用通信線(光ケーブルやイーサネット)を使う。トンネル内の無線通信方式はWi-Fi、ローカル5Gなど数種類を比較検討し、制御信号送信には安定性の高い4.9GHz帯無線、映像送信には免許不要、低コストで必要な通信品質が得られる小電力無線を使用した。小電力無線は一対一の通信しかできないため、建設機械3台にアンテナを付けると、対向する側にも3台のアンテナが必要になるのが難点だった。


 遠隔操作専用通信線としてはインターネット経由のVPN(Virtual Private Network:仮想プライベートネットワーク)回線やLTE(Long Term Evolution)を使った試験も行った。無線区間、有線区間を含めて高精細カメラを搭載した複数の建設機械を同時に操作すると、通信回線の輻輳(ふくそう)や無線区間の制約により、映像伝送の遅延時間が大きくなり過ぎるなど、十分な通信品質が得られなかった。


 そこで、遠隔操作専用通信線にIOWNを、トンネル内の無線にローカル5Gを適用し、「低遅延」「高精細」「多数接続」(一対N)が可能なネットワークを構築することとした。


●「IOWN+ローカル5G」で長距離遠隔操作を実証


 実証実験は、NTT 中央研修センタ(東京都調布市)に設けた疑似環境を使って行われた。図2は、その構成だ。


 ローカル5Gとしては、5Gコアや基地局装置(CU〈Centralized Unit〉/DU〈Distributed Unit〉)など複数の機器を一体型の基地局に集約、小型化したNTT東日本の「ギガらく5Gセレクト」を使用した。IOWNで接続する距離は東京―栃木間を想定した200キロでシミュレートした。


 この構成で施工機械に取り付けたカメラと遠隔操作室のモニター間の映像、制御信号の遅延を測定したところ、約100ミリ秒と遠隔操作が十分に可能な速度を達成した。


 この結果を踏まえ、さらなる検証を行うため西松建設の実験施設である「N-フィールド」(栃木県那須塩原市)にローカル5G基地局を2025年8月1日に開局した。2025年度中にはN-フィールドとNTT 中央研修センタ内の遠隔操作室をIOWN(APN)で接続することで、実際の遠隔操作環境を構築し、「低遅延」「高精細」「多数接続」を備える建設重機の超遠隔操作技術の確立を目指す。


 1カ所の遠隔操作室から複数の山岳トンネル工事現場の建設重機遠隔操作・管理を可能とすることで、遠隔地への移動が困難な人たちにも建設重機オペレーションの就業機会が提供でき、慢性的な人手不足の緩和につながる。


 遠隔操作の次のステップとして、デジタルツインによる建設重機の自動運転の開発も進められている。空間情報や環境情報など現場のあらゆるデータを基にデジタルツインを構築し、バーチャル空間での最適な施工シミュレーションに基づいて建設重機の自動運転を目指すものだ。デジタルツインと現場の間では大量の情報を高速でやりとりする必要があるため、IOWNが威力を発揮する。


 最後に技術研究所 山本悟氏に遠隔操作システムの実用化を進める上で、IOWNに期待することを質問した。「普及が進むことでコストが下がることと、Point to Pointの通信形態だけでなくセンタから各拠点への接続が効率的にできるPoint to Multi Pointの通信形態が実現すること」の2点がその答えだった。


●遠隔操作におけるネットワークの選択


 冒頭に書いた通り、建設業界での建設機械の遠隔操作、自動運転へのニーズは強く、既にキャリア5Gを用いた建設機械の遠隔操作や、光回線+Wi-Fiによる建設機械の自動運転が実用化されている。


 遠隔操作/自動運転用の回線としてIOWNが選択肢に加わったことで、さらに高度な用途が増えることは間違いない。ただ、その普及が進むには料金の低廉化とマルチポイント通信による使い勝手の向上が望まれる。


【参考】NTT東日本のIOWN APNの料金は、「LAN型通信網サービス契約約款」の中に「第5種サービス」として提示されている。それによれば、単一のインタフェースを使うタイプ1の料金は10Gbpsで35キロごとに90万円/月(税別、以下同)、100Gbpsで35キロごとに180万円/月、400Gbpsで35キロごとに450万円/月となっている。200キロの距離で使うと料金は6倍となり、10Gbpsで540万円/月となる。


●筆者紹介


松田次博(まつだ つぐひろ)


情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。


IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。


東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。



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